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「もう言わないよ。ごめん、泣かせてしまって」
「そのセリフ、お忘れになりませんように。今後に期待しますわあ」
ぎゅっと、私に回された腕に力がこもった。くつくつと、笑いながら。
「悪い男に引っかかったな。でも、一度この手に入ったものを手放すほど、俺は気前がよくないから。お前の一生、全部、俺のものだ。せいぜい、後悔させないようにがんばるよ」
「それ、プロポーズですの?」
「まずい?」
「10年も待ったんですのよ? もっと感動的なお言葉を選んでいただけませんこと?」
憮然とした私に微笑んで、尾崎さんは私の髪をくしゃりとかきまわす。
「じゃあ、次に会う時までに考えておくよ。とびっきりのプロポーズを」
「また今みたいなセリフだったら、お受けしませんわよお?」
「いいさ」
ゆっくりと私の上に覆いかぶさって、じっとみつめる。
「そうしたら、何度でもプロポーズするよ。お前がOKしてくれるまで。何度でも、ね」
薄く目を閉じて口づけを受けながら、じゃあ、しばらくはOKするのをやめようと思った。だって、何度もしてくれるんでしょう? そんな素敵なチャンス、逃す手はないわよね。
さりげなく私の胸にのばされた尾崎さんの手をとめる。
「ん……もお、帰らなくちゃ……」
「いいよ。まだ」
「いけませんわあ」
今何時だろう。うちに門限はないけれど、あまり遅くなるとみんな心配するし。
すると、尾崎さんはしばらく考えてから、脱ぎ散らかしたスーツを拾ってポケットから携帯を取り出した。何を、と思ってみていると、ベッドに座ってどこかへ電話をかけ始める。
「あ、尾崎祐輔です」
ちらりと私を見る顔が、いたずらっぽく笑っている。
「今日はお嬢さんとご一緒させていただきまして……はい、はい。いえ、とんでもありません」
うち? 田中さんかな。
シルバーグレイの執事を思い浮かべる。
「それでですね、由加里さん、少し気分を悪くされまして……いえ、それほどでは。今、こちらのホテルに部屋をとって休まれています。はい。……ええ、車で動かすよりも横になったほうがいいと判断しましたので。夏休みですし、このまま、こちらのホテルにお泊りいただくように手配いたしました」
そう。いきなりでスィートがとれたのは、ここが尾崎系列のホテルだったから。
「もうお休みになるというので僕はこれで失礼しますが、ホテルのものによく申し付けておきます。明日、ゆっくりの時間でいいということですので、迎えの手配をお願いできますか? はい……いえ、大事な婚約者のことですから」
いけしゃあしゃあと言う尾崎さんを、じろりとにらむ。
「はい……はい、わかりました。では、二ノ宮様にもよろしくお伝え下さい。失礼いたします」
「…………狸」
携帯を放り出した尾崎さんは、平然と微笑んだ。
「褒め言葉と受け取っておくよ」