おしかけ猫のゆき
あたしと母さんは色々な街で人間や犬、乱暴なボス猫に追い立てられて、そのたびに安心してすごせる場所を探していた。お腹を空かせてさまよっている時、美味しそうな匂いにひかれてこの住宅街へとやって来た。
住宅街の中ほどの家の脇でとてもおいしそうな匂いのする箱をみつけた。
「そこの車の下に隠れておいで。」
母さんはあたしにそう言うとその箱に近づいて行った。
母さんはその箱のまわりを二度ゆっくりとまわった後、ヒョイとジャンプしたかとおもうと、手を振り上げた。箱のフタが少し動いたように見えた。もう一度ジャンプ、手を振り上げるとフタが反対側へ円を描くようにしてバタンと開いた。
あたしは嬉しくなって、母さんの近くへ駆け寄ろうとした。
その時、箱のすぐ横のあった家の扉が開き中から長い棒を持った人間が大声を出して母さんを棒で叩いた。
「隠れて!」
母さんはそう叫ぶと、私とは反対の方向へ駆けて行った。
人間はしばらくあたりを見て回り、箱のフタをシッカリと閉めてしまった。
あたしは車のしたでタイヤの陰に隠れるのが精一杯だった。心臓がバクバクして座る姿勢すらできず伏せていた。
落ち着いて動ける頃にはスッカリ日が落ちていた。それまで母さんが迎えに来ることはなかった。
ゆきは、かあさんを探しに行くことにきめ車のしたから出ていい匂いのする箱の向こう、家の裏側に向かった。もしかしたら母さんもすぐ近くで隠れているかもしれないと思ったからだ。
しかし、家の裏はブロック塀で囲まれた細い通路だけで隠れられそうな場所はなかった。その塀の向こうにはまた別の家があった。ゆきはこの塀を越えたいと何度か跳びついたが、塀の上にわずかに届かない。あきらめて道沿いを家の連なりをぐるりとまわったら母さんに会えるだろうと簡単に考え、人間の目につかないように気をつけて 歩きはじめた。
歩き始めると通り過ぎる家という家が美味しそうな匂いを流し出してきた。お腹を空かせたゆきは、何度も匂いに誘われ、家の脇に入り込み家の中から匂いが出てきている事にガッカリして、また道を進むということを繰り返した。
えんえんと歩き続けるうちにゆきはどちらから来たのか、そして母さんが逃げて行った方向をスッカリ見失っていた。
ゆきは小さい声で母さんを呼んだ。夜の住宅街の通路を犬に吠えられ逃げ出したり、急にライトに照らされてビックリしたりと一人さみしい思いをしながらさまよい続けた。
ゆきはふと目覚めた。いつの間にか住宅街の一軒の家の前で疲れて眠り込んでいたらしい、まずいことにまわりを少し小さい人間が取り囲んでいた。ゆきはあわてて逃げ出そうと考えたが、その隙間すら見つけられず、みを縮め威嚇するのが精一杯だった。
しばらくにらみ合っていると、私の前に深めの皿が出された。その中に焼き魚が入っていた。その匂いの美味しそうなことが空腹感をより強く感じさせられた。罠かもしれないと警戒しつつもついには皿に近づき、鼻を近づけて食べれるか確かめようとした。その時後ろから脇の下に手が入ってきた、と同時にヒョイと掴み上げられた。ゆきはやっぱり罠だったと、自分の軽率な行動を悔やんだ。
ゆきは下にフワフワしたものが敷かれた箱の中に入れられたが不思議なことにフタはされなかった。そして先ほどの魚の入った皿も目の前に置かれた。今度は捕まるまいと警戒しながら魚をペロリ。何日ぶりかの食事にもうまわりの事など一切目に入らない、必死で魚をむさぼった。
皿が新品かと見紛うほどに舐めまわすと、今度はその皿に水をくんでさしだされた。その水もみるみる飲み干すと空腹もおさまりゆきの警戒感はすっかり無くなっていた。
しばらくすると人間の一人、女の子かな?がゆきの入った箱を持ち上げ住宅街の色々な家に運んでは大人の人間に見せては次の家へと向かった。女の子と大人の人間とのやりとりを見ていてゆきはなんとなくだが女の子があたしの飼い主を探しているのではないかと見当をつけた。寒い中をお腹を空かせて歩くのはとても辛いことだったが、母さんのことが気がかりで喜んでばかりはいられなかった。
その日は結局ゆきを飼ってくれる人はいなかったようだ。ゆきはこの女の子があたしを飼ってくれればいいのにと思いながら女の子を見上げて甘えるようにミャーと鳴いてみた。女の子はあたしが空腹を訴えていると勘違いして、朝と同じ焼き魚と水を用意してくれた。
そしてゆきの入った箱を庭先へ置くと家に入って行った。
これからどうなるのか心配ではあるが、とりあえず魚をおいしく頂いた。今日一日ずっと箱の中にいたので少しも眠たくならないので今後のことについてゆきは考えてみた。
飼い猫になれると、朝晩の食事がいつももらえるので、今のように空腹で餌を探しまわる事は無くなるらしいが、なかなかなれなくて、チョット気まぐれに餌をもらえるのがせいぜいらしい。また大きくなるほど飼い猫になれにくくなると聞いたことがある。
わたしはまだまだ子猫だと思う…だから女の子に餌を貰えたのだろう。でも母さんと離れたくもない。
どうしようか、夜も更けてきた。だんだんと一人で居ることが寂しくなって母さんを探しに行こうとした。
ちょうどその時母さんの声、あたしを捜す母さんの声が聞こえた。
ゆきは箱を飛び出し、母さんと呼び返した。夜道をこちらにかけて来る母さんが目にはいった。
母さんに抱きつくと知らぬ間に涙がこぼれていた。
「無事だったんだね。ひもじい思いはしなかったかい?」
母さんにたずねられたので、ゆきは女の子が餌をくれたことや飼い主を探してくれていることを話した。
「ゆきはどうしたいんだい?」
たずねられたゆきは、
「餌に困らないのは魅力的だけど、母さんと離れたくないよ。」
とすなおに答えた。
すると、とんでもない言葉が母の口から出てきた。
「しょうじき母さんはゆきといると大変なんだよ。餌も二人分探さないといけないし、高い塀を超えることもできないあんたに合わせてじゃ行きたいところも限られてしまう。この家にでもうまくとりいって飼ってもらえばいいじゃないかい。」
ゆきはあまりにも驚いてすぐには言葉が出なかった。これまでどんなにひもじい時でも母さんはあたしの餌を優先的にとってくれた。どんな危険からも守ってくれた母さんの言葉と思えなかった。
「じゃあね。」
ぼうぜんとしているゆきに背を向け母さんは早足で去って行った。ゆきはただ母さんの後ろ姿を見送ることしかできなかった。
母さんの後ろ姿を見送ったままじっと動かなかったゆきが動き始めたのは空が明るくなりはじめた頃だった。あたしは母さんに捨てられた…こうなったらなんとしても飼い猫になってやる。
ゆきはゆきのために用意された箱の中に戻り女の子が餌を持ってくることを願いながら寝たふりをして待つことにした。
朝日が出きった頃に女の子が煮魚と水を持ってきた。この女の子が飼い猫への鍵を握っていると思うと、愛想よくミャーミャーと鳴いて女の子を見上げる。女の子もなんとなく嬉しそうに餌と水を置くと、しゃがみこんであたしの事を見ていた。どうしたら可愛く見えるのか人間の感覚はわからないが、あまりガツガツならないようにちょっとずつ食べてみた。あたしが食べ終わるのを見て餌の器をさげ、新しい水を用意して家の中に入っていった。その後女の子はお昼を過ぎるくらいまで帰ってこなかった。
女の子は帰ってくると、昨日と同じようにゆきの入った箱を抱えて次から次へと家をまわって飼い主をさがした。けれど中々飼い主は見つからなかった。
3日目のお昼時、ゆきはぼんやりと空を眺めていると、向かいの家のベランダの手すりに白い猫がすわっているのが目に入った。あそこは猫を飼っているんだよなぁ、と思いまだ可能性はあると自分に言い聞かせた。
しかし、ゆきを受け入れてくれる家は無かった。
6日目に女の子が帰ってきていつもとおりゆきの入った箱をかかえて歩き出した。けれどなぜか家をまわらず近くの公園にやってきた。とても嫌な予感がゆきの頭の中でいっぱいになる。女の子はベンチの横にゆきの入った箱をおき、箱に何か紙を貼るとゆきをじっと見つめ何か語りかけた。言葉の意味はゆきには理解できなかったが、女の子の流れ落ちる大粒の涙を見ればゆきは捨てられることがわかった。女の子はゆきを見つめながら後ずさって箱でゆきが見えなくなると駆け出して行った。
ゆきは母さんに捨てられ、女の子にも捨てられた。どうしたものかしばらく悩んだ。けれど頼るものなく一人でノラ猫するには少しゆきは経験が足りないと思った。ただどういった仕草をしたら人間が餌をくれるかはこの数日の経験でわかってきた。それを活かして明日から自分で家をまわってみることにした。
最初は女の子が探してくれていた住宅街の路地をゆっくり歩いてまわり、人を見かけたら
「私を飼ってくれませんか?」
と、ミャー、ミャー鳴き声を上げアプローチをした。
撫でてくれる人、嫌そうな顔をする人、気づかないふりをする人とみな様々な反応をするが、それだけだった。誰一人ゆきを抱き上げることさえしなかった。
ゆきは知らないうちにあの女の子の家の前に来ていた。ちょうど女の子がドアを開けて出てくるところだったが、ゆきの姿を見ると、悲しそうな顔をするとすぐに家の中に入っていった。
ゆきの気持ちも悲しくなった。涙がこぼれそうな顔を上げ、涙をこらえようとした歪んだ視界にこちらを見下ろす白い猫がいるのを見つけました。
ゆきは白い猫の家の前に知らず知らず近づいていき、白い猫に声をかけました。
「このお家で私を飼ってくれませんか?」
少し困った顔をして白い猫は返事をしました。
「それは私には決められないの、それにあと二匹もこのうちには猫がいるの、難しいんじゃない。」
返事を聞いてゆきは落ち込むどころか、三匹も四匹も一緒よね。と前向きに考えこの家の車の陰から家の様子をうかがうことにした。
しばらく待っていたが、いつの間にか眠り込んでいた。
目を覚ましたのは、隠れている車のエンジンがかかった音を聞いた時だった。
慌てて逃げようとして車のしたにある隙間に飛び込んでしまった。すぐに車が走り出したため、狭い中で引き返す事も出来なくなったので、狭い中を進むと少し広い落ちつけるばしょにでた。
しかしそこはエンジンの上振動が常に繰り返し、なんだか暑くなってきた。
ゆきは怖くなって必死で鳴き続けた。ようやく車は停車するがどうやって出たらいいのかわからない。出して欲しくて鳴き止むことはなかった。外からは色々な音が聞こえてくる。
そして、ゆきの上にある板が持ち上げられた。眩しさに一瞬目が眩むが、周りから多くの人から覗き込まれているのに恐怖を覚えて近くの窪みに飛び込んだ。
しかしそこは行き止まりで身動きが取れなくなった。
上からは人の手がゆきを捕まえようとゆきの頭上をかすめる。ゆきはますます怖くなってみを縮めることしかできなかった。
すると目の前に猫じゃらしがユラユラと垂らされた。怖いことすら忘れ手が勝手に猫じゃらしを追いかける。気がついた時には首の後ろを掴み上げられた。
困惑顔の女の人はゆきを買い物袋に入れて、軽く入り口を括られてしまった。
ゆきはこのままどこかへ捨てられるのではないかと自分の行動を後悔していた。
しばらく車は走ったあと、ゆきの入った袋が持ち上げられた。ゆきは袋の中で投げ捨てられても受け身が取れるようにと全身に気を張っていた。
しばらくすると、袋の口が開かれ抱き上げられた。
そこは見たことのない家の中で、周りに二匹の大きな猫がゆきを凝視していた。
オドオドしながらも二匹の猫に挨拶を交わすと、階段から何かが降りてきた。それはベランダでゆきと話をした白い猫だった。
ゆきはなんとかこの家に住むことができた。
その何日かすぎた夜のこと、白い猫にゆきはベランダのフチへ連れ出された。
「シッカリみてなさい」
白い猫はそう言うと家の前の道を見下ろしていた。
しばらくするとゆきの母さんが、ゆきがしばらく箱で飼われていた家の周囲をウロウロと何か探すような動きをしていた。
「あなたのお母さんは、ああしていつもあなたを見守ろうとしていたのよ。決して邪魔になって捨てられたんじゃない事だけは覚えておきなさい。」
そう言って室内へスタスタと室内へ入っていった。
ゆきは、まだ雪を探そうとしている母さんに向かってさけんだ。
「母さん!」
その声を聞いた母さんがこちらを見上げた。
「あたしね、このお家で飼ってもらえるようになったの。あたしは大丈夫だから…ありがとう、母さん、大好きだよ。」
了
素人の初めての作品です。