ファンシー姉さんとコンビニ強盗2
翌日、俺をちょっとした事件が待っていた。
学校に近づくにつれ、パトカーや警官が目に付いた。
俺も一度止められ、免許証の提示を求められる。スクーターをじろじろ見られているので、「学校はバイク通学OKなの?」とでも聞かれたらどうしようかと思ったが、すぐに免許を返されて行けと指示される。
警官の様子から感じたのは、何かを、または誰かを探しているようだ。
俺と柚子はいつもの駐車場にバイクを止め、高校へは正門から入る。驚くことに学校の正門にも警察官が立っている。直立不動のまま周りに視線を配っている彼らの横を通り過ぎたとき、前から大きな音を響かせて救急車が向かってきた。
俺達が道を開けると、あっという間に救急車は門を曲がってドップラー効果を残して消えた。
「・・・誰か怪我したのかなぁ」
柚子は心配顔だ。俺達はいつものように靴箱へ向かおうとするが、なぜか今日は生徒の流れが中庭に向かっている。それを逆行してくる見慣れたモンゴル風味の男を俺は見つけた。
おなじみのバカクラスメート、今井信也だ。
「おい、信也、何かあったのか?」
奴は俺を見ると嬉しそうに近づいてくる。なぜかこいつは俺から話しかけると妙に喜ぶ。かなりなつかれているようだ。
「直樹、飛び降りだってよ。それも、うちのクラスの芹沢だぜ」
芹沢は同じクラスの女子で、特に際立った外見の特徴は無く、やや地味なメガネをかけた女の子だ。大抵、俺達よりも大分早い時間に登校をし、予習をやったり読書をしたりしている。
「はぁ? ・・・芹沢が? で、どうなったんだよ」
「それが、落ちたところが中庭の茂みの中で、死んでは無い・・・ってぇ話なんだけど・・・」
「中庭の茂みに落ちた? それで、どこから飛び降りたんだ?」
「俺達の教室の窓が開いていたみたいで、そこからじゃないかってみんな言うんだけど・・・。ま、正確にはよくわからない。警察に聞いてみないと」
「俺達の教室・・・。二階から? しかし、それは・・・・」
「んでよ、今日の授業どうなるんだろな? 教室は使えないんだろうなぁ。現場検証だっけ?」
授業が無くなりそうと言うのは信也的には嬉しいだろうが、やはり同じクラスの子が怪我をしたのが気になってか不安げな表情を浮かべている。
「現場検証があったとして、まあ長くて一時間ってとこじゃないか? 少子化で空き教室もいくつもあることだし、まず授業あるだろうな」
「やっぱそうかぁ・・・」
俺と柚子は信也を加えて教室に向かった。そこにはやはり先生が何人か立っていて、別校舎の空き教室へ行けと指示される。
教室の中をのぞくと、窓際で鑑識と思われる姿をしている人と、スーツを着た大柄の男が立っていた。他にも何人か同じような服装をした人がいる。
俺は先生を介して教室前にいる警官に断り中に入った。そして、窓際の席の一列手前、いつもの自分の席へ向かう。
「ん? なんだい?」
大柄の男、刑事と思われる人が少し気の抜けた声を俺にかけてきた。歳は25歳くらいだろうか。身長は俺よりも結構高い。180cmをゆうに超えているだろう。
「いえ、机の中に入れているノートを取りに・・・。授業で使うんで」
男は笑顔で首を縦に振り、持っていけという仕草をする。そして、顔をすぐに鑑識風の男へ向けた。
「やっぱり自殺かなぁ」
「窓枠に右の足跡がありますね。何か悩みがあったんでしょう」
二人は小声だが、それほど隠す必要性が無いのか、俺にも聞こえる声で話していた。
「・・・自殺・・・・、じゃ、無いと思いますよ」
俺は必要なノートを全て取り出してカバンに入れると、刑事に向かって口を開いた。
「自殺じゃない? ・・・って?」
刑事は首を捻って俺を見たが、その顔は怪訝な表情を浮かべていると言う事は無い。
「その子、左利きですよ」
彼女はペンを握る手は右だが、以前読書をしているときに左手でページをめくっていたのを俺は覚えていた。
「左利き? ・・・それが自殺じゃないって言うのとどういう関係が・・・?」
何かの冗談なのかと思ったが、刑事はいたく真面目に言っているようだ。
すぐに隣の鑑識の人に胸を叩かれ、そして、窓枠に付いた足跡を指さされている。
「・・・・。あっ! そうか! 左利きなら・・・右の足跡はおかしいって・・・こと・・・だよね?」
鑑識の人は頭を掻きながらうなずく。
俺も苦笑いを浮かべながら更に付け加える。
「それに、自殺ならいくら馴染みの教室とはいえ、二階から飛び降りるのはおかしい。鍵がかかっている屋上とは言わなくても、三階からのほうが確実です。大体、俺達なら誰でも知っている中庭の植え込み。ここから飛び降りたらそこに落ちるに決まっている。死ぬ気ならもっと良い場所がいくらでもある。自殺とは考えにくいですね。もちろん、精神の病とかなら衝動的にとかもあるかもしれませんが・・・。彼女は地味な子でしたが、そんな風には見えませんでしたよ」
「きっ・・・貴重な証言だっ! ありがとう!」
刑事はやや大きめの手帳を取り出してそれに書き込んでいる。刑事としては良いかどうか分からないが、人間としては素直で好感が持てる人だ。
「ところで、学校へ来るまでに警察官やパトカーを良く見ましたけど、あれなんだったんですか? ・・・この飛び降りとは別件ですよね?」
「んー。もちろんこちらの捜査も大事だけど・・・、飛び降り自殺ならそれほど人員を割く事もないかなぁ。あれは近くでコンビニ強盗があったんだよ。ナイフで店員を切りつけた挙句、金を奪って逃げた。店員さんは重症でね、犯人も付近を逃亡中。まあ元々僕もその応援でこの付近にいたからこっちにすぐ来れたんだけどね」
「刃物を持った強盗・・・っすか。どこのコンビニですか?」
「30号線沿いの24マートだね」
そこはバイクでよく通るので知っている。確かそのコンビニの数キロ向こうには警察署があったはずだ。その存在を知っていた人間なら・・・心理的に逆方向、こっちの方向へ逃げてくる可能性が高い。
そんな事を考えていた俺に刑事が声をかける。
「君・・・授業いかなくていいの?」
「それより・・・、学校に大変なものが忍び込んでいるかもしれませんね・・・」
俺は刑事さんから、鑑識の人に視線を移して続ける。
「芹沢さんの右の靴。犯人が触って窓枠に足跡をつけたと思うんですけど、その靴って調べました? 指紋・・・とか」
「そっ・・・そうかっ! 下にそのままあるはずだ!」
慌ててその人は教室を飛び出していった。次に俺は刑事に視線を戻して言う。
「刑事さん、学校の中を探してくれません? その強盗犯が隠れているかも」
「まさか・・・。すぐに警官を配置して、この学校には特に近づけないようにしたはずだが・・・」
「学校なんて広いんですよ。それこそ警官で取り囲んだらともかく、校門を塞いだだけなら簡単に入り込めます。隠れることが出来そうな場所も沢山ありますしね・・・」
「ちょっ・・・ちょっと上司に聞いてくる! 職員室にいるはずだからっ!」
彼は近くのもう一人の刑事に目配せすると、教室を出て職員室がある方向へ走っていった。
(・・・とは言え、生徒達が登校してきている今の時間、強盗が校内にいたとしても動けないはずだ・・・)
俺はそう考えながら教室を出て、待たせていた柚子と信也を見る。教室の様子を外から見ていたのだろう、二人が俺に話しかけてきた。
「直樹、刑事さんと話していたけど、芹沢はやっぱりここから飛び降りたのか?」
「芹沢さんここから落ちたのかぁ。大丈夫かなぁ・・・」
俺は柚子と信也が向かおうとする逆の方向へ歩く。
「直クンどこいくの?」
「芹沢は突き落とされたんだ。特に仲良かったわけじゃないが、クラスメートの仇はとる」
「突き落とされたっ? マジかよ!」
すぐに柚子と信也は俺の後ろについてくる。
「犯人は今警察が探し回っているコンビニ強盗だと思う。そいつは早朝に学校に忍び込み、姿を見たからか、悲鳴を上げたからか、芹沢を窓から投げ落としたんだ。その際脱げた上履きを拾ってとっさに窓枠に足跡をつける。しかし、芹沢は左利きだった。犯人は当たり前のように右利きだと思い右足の跡をつけたのか、それともたまたま脱げたのが右の靴だったのかわからないが・・・墓穴を掘ったわけだ」
「でも直クン、その人どこへ行ったのかなぁ。怪しい人はすぐに先生に怒られるよぅ」
「そうだぜ! 担任の大山なんて、この間「お前らは俺が守る」とか言いながら刺又を振り回して意気込んで見せてたじゃないかよっ!」
「・・・・・」
腕組みをして歩く俺の後ろを、柚子と信也は目を輝かせて付いてくる。高校生はこんな非日常に憧れるから仕方の無いことだ。
「犯人は当然高校生を経験しているはずだ。どこの学校にも隠れるところが沢山あることは分かっている。しかし、生徒達が登校してくる時間も知っているはず。犯行を重ねてしまったこの校舎からはすぐに逃げたと思うが・・・。さて、その短い間にどこに隠れたか・・」
「北校舎じゃないか? あそこは空き教室が沢山あるぜっ!」
信也は、窓から見える北側にある校舎を指差してそう言う。
「いや・・・。俺達なら常識のように知っているそれも、外部の人は知らないはずだ。いつ使われるかもしれない教室に隠れることはないだろう・・・」
俺は頭を回転させる。空き教室を含め教室の可能性は無い。屋上は鍵がかかっている。体育館は教室と同じくいつ使用されるかわからないし、その運動用具入れも同じだ。外の運動用具倉庫にも普通鍵がかかっている。鍵の管理がずさんで、生徒の出入りが少ない場所・・・。
・・・一つあるな・・・。
「この校舎を出て、中庭を通り抜けた先にある・・・・、運動場と校舎の間にある建物・・・。運動部の部室。あそこの確立が一番高いな・・・。鍵を閉め忘れる奴が多いから、どこか閉め忘れたドアや窓から入って隠れている可能性が高い。普通放課後まで部員も来ないしな・・・」
「なるほどっ!」
信也は手を一つポンと叩いた。
「信也、職員室にいるらしい刑事を呼んできてくれ」
奴はすぐさま走り出し、先の階段を降りて職員室へ向かった。
「俺は部室の様子を見に行ってくる。柚子は危ないからクラスの奴らがいる臨時教室にでも戻っていてくれ」
しかし、柚子は俺の裾を引っ張っている手を離さない。
「柚子も行く。直クンだけだと危ないから」
「おいおい、俺は大丈夫だって・・」
俺はどうも押しに弱い上に、押すことも弱い。柚子に対しては特にそうだ。しぶしぶ俺は柚子を連れて校舎を出た。




