ファンシー姉さんとコンビニ強盗1
ある平日の晩、俺は母親の会社へ母が家に忘れていった書類を届けることがあった。当然電車ではなく、愛車の大型スクーターにまたがり、車と車の間をすり抜けてバイク便さながらの時間で任務を果たす。
両親は俺が頼んだわけではないが、柚子の保証人などを買って出てくれているし、交遊費のためにわざと気を利かせて小遣いを多めにくれている。そのおかげで俺はバイトをせずに柚子のそばにいてやれるから、このくらいのお使いなんてどんとこいってとこだ。
俺はその帰り道、ふと目に入った道路沿いの大型のペットショップの駐車場に入った。確か柚子のペット、インコのピンちゃんの餌が切れかけていたはずだ。
俺はバイクを止めると店の中へ入り、小鳥のコーナーを探そうと周りに視線を配る。すると、正面の犬のコーナーでプードルをガラス越しに見ながらそこにべったり張り付いている女性が目に入った。
「やーん、かわいいぃ! こっちこっち・・・こっち・・・」
その女の人は、自分のだと思われる携帯ストラップに付いた非常にファンシーなキャラクターを動かしながら犬に熱い視線を送っている。そんな女性に店員が笑顔で近づく。
「お久しぶりです」
「今日は早いでしょ! 毎日でも見に来たいんだけど・・・。ホント仕事が忙しくて・・・」
女性は友達同士のように店員と話をしている。どうやら常連みたいだ。
一人暮らしの女性で、犬や猫を飼う人は結構多いがそのタイプなのだろう。まあ、結婚していてもまったくおかしくないくらいの年齢の女性だが。
見た目、・・・30歳か、そのちょっと手前かもしれない。髪は肩にかかるくらいの真っ黒なストレート。高級そうなスーツを着こなしており、ちょっとしたキャリアウーマンといった感じか。
「ごめんねー。いつも見に来るだけで・・・。飼いたいんだけど・・・」
「お仕事がお仕事なんで・・・仕方ないですよ」
「もっと偉くなっていつも定時上がりできるようになったら、絶対すぐ買いに来るからっ!」
どうやら相当忙しい会社に勤めている人のようだ。確かに、犬なんて物を飼えば不規則な勤務の人には大変かもしれない。やっぱり小鳥程度がいいかな。餌を多めに与えていれば数日は大丈夫だし。
俺は視界に入っている範囲には小鳥の姿を見つけることが出来ず、とりあえず右回りで店内を回ることにした。
[ガシャンッ!]
俺の前方にあったゲージが揺れ動いた。見ると、俺に向かって強烈に尻尾を振っている茶色の小型犬がいる。つぶらな瞳で俺を見つめて、まさに「私を飼って!」という声が俺にも聞こえてきた気がする。
「・・・・」
しかし、そう言われても俺は犬を買う気がなく、学校に、ジムに、柚子にと追われて時間もないので、少し後ろ髪を引かれながら足早にその横を通り過ぎようとした。
「あー! ダメよ! 飼えなくても頭くらいは撫でてあげてっ!」
「えっ?」
俺に話しかけてきたのは店員じゃなく、先ほどのスーツの女性だった。
「無視しちゃかわいそうじゃない?」
「いや・・・無視っていうか・・・。まあ、そうですかね?」
俺はゲージの前にしゃがみ、柵の隙間から手を差し込んで犬の頭を撫でてやった。するとそいつは自分から手に頭を押し付けてくるかのように伸びをして、うれしそうに目を細めている。
「ほらね! すごい喜んでいる!」
両手をぱちぱちと叩き、今にも踊りだすんじゃないかと言う女性。彼女のほうが犬よりも喜んでいる気がするが・・・。
女性はまた携帯を取り出し、そのストラップを犬に見せ注意を引き付けてうれしそうにしている。このキャラクターは確か・・・名前は何て言ったか忘れたが、小中学生の女子に人気のキャラクターだ。歳よりも幼い感性を持つ柚子でさえ、「かわいい」と一言いっただけで興味をほとんど示さなかった。
「犬・・・、好きなんですね」
「そうっ! 大好きっ! っていうか、かわいいもの大好きっ!」
俺の言葉に彼女は過剰に反応する。かわいい物の定義が少し年相応じゃない気がするが・・・、もちろんそんな事は言ってはいけない。仕事も忙しいようでストレスもあるのだろう。
「みーみーを見てー。ほらっ! わっ! 見てくれたっ!」
・・・みーみーって何だ? この犬の名前? それとも携帯ストラップのキャラクター? いや、少し観察をしているとどうやらこの女性自身の事のようだ。自分を『下の名前』で呼ぶ女性はたまにいるが、愛称で呼ぶ人は初めて見たかもしれない。結構綺麗な人なんだが・・・、少し残念な気がした。
「すごく買いたいんだけど・・・。私仕事が忙しくて・・・。事件・・仕事が入っちゃうと何日も帰れない事があるし・・・」
「何日も・・・ですか。それじゃぁ・・犬もお腹減っちゃいますね」
「うん・・・。あなたは犬が嫌い?」
「いや、別に嫌いじゃないですよ。ただ、さっきは立ち止まっちゃうと・・・ちょっと情がうつるって言うか・・・飼いたくなってしまいそうで・・・。俺もちょっと構ってあげる時間が無いんで・・・」
「なんだっ! 犬好きじゃないっ! やっぱり君からは良い感じがしたんだよねっ! 私、仕事柄人を見る目あるつもりなんだ。君からはいい人って感じがする!」
女性はきらきらした目で俺を見ている。そう期待されても、俺は柚子をすでに飼っているも同然なので新たに犬を飼う余裕はない。
「君はよくここに来ているの? この時間に」
「いえ。今日はたまたま通りがかっただけです。ここには初めてきました」
「そっかぁ・・・」
彼女は何やら少し残念そうな顔をしている。どうやら俺を犬好き仲間と認定してくれたようだ。
「私、三上奈美っていうの。もし、またここを通りがかったら覗いてみて! って言ってもあまりいないかもしれないけど・・・。犬の話をしたいし・・・。私、仕事場では少し責任のあるポジションだから・・こんな話あまりできないの」
三上さんはうつむき加減でそう言う。とは言っても、俺はこのお店に来ることは年に一回も・・・、いや数年は来ないかもしれない。しかし、俺は笑顔を作り、社交辞令だが、
「わかりました」
と返す。
「俺は戸田直樹って言います。またよろしくです。・・・あっ、苗字と名前の文字を一文字ずつ取って、『みーみー』さんですか?」
俺がそういうと、三上さんは顔を赤らめた。
「あれ・・・。聞こえてた? ・・・あはっ。子供っぽくてごめんね」
「いえ、良いと思いますよ。携帯のキャラクターもかわいいし」
「そっ・・・そう?」
彼女はストラップを握り締めてうれしそうだ。
正直に言うより、この程度の言葉は許容されるだろう。嘘も方便だ。
「それじゃ、俺は小鳥の餌を飼わなきゃいけないんで・・」
そういいながら立ち上がり、俺はまた軽く笑いかけると三上さんに背を向ける。
「あっ・・・。ちょっと、君は・・・・、その・・・歳いくつ? にじゅう・・・25歳くらいかな?」
「えっ?」
大人っぽく見えると言われた事はあったが、・・・・俺は驚いて振り返った。
「そんな歳に見えます? もっと若いですよ!」
「や・・・やっぱそう? ちょっと・・希望がはいっちゃったかも・・・」
「希望? ・・・俺は17歳、高校二年生です」
「じゅ・・・じゅうだい? 本当に・・・? (・・・淫行、ダメ、絶対・・・)」
「はい?」
三上さんの言葉の最後のほうは小声でよく聞き取れなかった。
俺は彼女に軽く頭を下げると歩き出す。店の少し奥にハムスターなどの小動物コーナーがあり、その一角にインコ達もいた。
俺は餌をひとつ手に取り、支払いを済ませて出口に向かうと、今度は猫に張り付いている三上さんを見かけ、小さく笑うと店を出た。




