最終話 九卦島殺人事件 「結果」6
「・・・もう、その頃には警察に突き出すつもりはなかった。事件から半年。ろくな証拠もでやしないし、4人で口裏も十分合わせているだろうし。レコーダーに録音した会話も役に立たないことも分かっている。だからって諦めたわけじゃないわ。私の手で裁きを下すために計画を練り始めた。直樹君が言ったように、春にこの島に一度来ているの。ほとんど人にも会わなかったし、顔も隠していたから覚えている人はいないだろうけど・・・。最近は本当に便利よね。春ならマスクをして顔を隠していてもおかしいと感じる人はまったくいないんだから」
「花粉症の人多いっすからね・・・」
信也は苦笑いが混じった笑顔を向けている。
「後は綿密な計画を立て、いろいろ不測の事態に対応するために考えた。そして今に至るってわけ。・・・そうそう、確かに桑原君の時は直樹君が言うとおり、焦っちゃったの。見つけた振りして走り出したら、桑原君の死体、思っていたよりも遠くにあって・・・。やっぱり君なら見逃さなかったか・・・。・・・・ところで、いつ私が怪しいと思った? 陣内先輩のドアを叩きすぎちゃった時かな?」
「うーん・・・。そおっすねぇ・・」
俺は箕輪先輩に感じた違和感の、もっとも古いものを記憶の中から探した。
「確か・・・。この島に着いた時かなぁ。俺が「独特の雰囲気がある島ですね」って言ったとき、ろくに島も見ないでうなずいていた事ですかね。あの時、この島に以前着たことがあるのかなって、ちょっと思いましたね」
箕輪先輩はそれを聞くと、失敗したなという顔をする。
「そっかぁ・・。アリバイを聞かれたときや状況が変わったときの受け答えや反応、作戦は細かく考えていたけど・・・。事件とまったく関係ない瞬間の・・、島に降り立たった最初の自分の振る舞いまで考えて無かったわ・・。やっと舞台に到着した・・・なんて考えていたけど、そうよね、私が何百、何千とイメージの中で訪れていたこの島へは・・・初めてきたはずなんだった・・・。バカね・・・・」
微笑を浮かべながら黙り込んだ箕輪先輩。三上警視はゆっくりと歩いてその前に立ち、丁寧に手を掴む。
「自供と取っていいわね?」
箕輪先輩はこっくりとうなずいた。三上警視も同じようにうなずき、自分の腕時計をみる。
「殺人容疑で23時41分逮捕。・・・・自首してくれてありがとう」
「えっ?」
箕輪先輩は顔を上げた。俺達全員も『自首』という言葉に反応する。
「だって、友達同士で話し合った挙句、あなた自身で自分が犯人だって私に教えてくれたんでしょ? 警察が探し当てたわけじゃない。自首よ。・・・相変わらず警察が無能でごめんね。私もこれから頑張るし、私がもっと偉くなったときには厳しく警察全体を引き締めるわ!」
「奈美さん!」
柚子はそんな警視に後ろから抱きつく。その時俺は、柚子の瞳の色が元に戻っているのに気が付いた。みんなも気が付いていたかもしれないが、殺人事件を目の前にしてさほど大きな問題じゃないと口に出すものはいないようだ。
手錠をかけられた箕輪先輩の隣に大畑刑事が立つ。三上警視は、警察に電話をかける前にみんなに言う。
「本来ならしかるべき所に連れて行かなきゃいけないけど、この島にはそんな場所は無いからね。部屋にもベッドは一つしかないし・・・。悪いけど、彼女にはこのソファーで眠ってもらうわ。他の人は・・・宿泊客なんだからどこにいても結構。箕輪さんと話をしてもらうくらいも構わないわ」
そして、警視は背中を向けて受話器を取った。
「あの・・・。一ついいかな・・・」
光明さんは箕輪先輩の顔を見ながらそれほど大きくない声で話を始める。
「矢野君や・・・大野君、桑原君や陣内君は・・・。もちろん、ひき逃げをして自首しなかったのは非常に良くないとは思う。だけど・・・、まったくその死んでしまった子供の事をかわいそうに思ってなかったかと言うと・・・。そうでもなかったと思う。彼達にも変化があったんだ、それを僕は感じた。もちろん、それは自分が捕まることを恐れていただけだった・・・とも考えられるが・・・。一応、平気では無かった・・・と、言うことだけは・・・伝えておきたい」
光明さんは重元さんの顔を見る。彼女は少し視線を宙にやり、何かを考えるような仕草を見せてから声を出す。
「そうでしたか・・・。それで・・・。矢野さんはあるときから好きだった車の話を一切しなくなり、運転もしなくなった。たまに車でどこかの地域へ研究をしに行こうかとなったときに、怯えながら・・・嫌がっていましたね。陣内さんも・・・。美大に進まなかった事を後悔するほど絵を書くことが好きでしたけど・・・。あるときから一切書かなくなった・・・。書けなくなったって言っていました・・・」
「大野君もなんだ。彼は民俗学サークルと平行して、運動部はアメリカンフットボール部に所属していたんだけど・・・。鎖骨を折った挙句、集中できないという理由でやめたようなんだ。桑原君は・・・。来る前の船の中でもそうだったが、どんな乗り物でも酔うようになったそうだ。・・・・箕輪君、それだけの事と言って怒らないでくれよ。・・・彼らも・・・平気ではなかった。良心の呵責や、罪に怯えながら・・・いたと言うことだけを覚えておいてくれたらいい」
光明先輩と重元先輩は、話し終わると二人ともうつむいた。箕輪先輩は視線を下げながら聞いていたが、そのまま口を開く。
「だけど・・・。浩太君は突然殺され、何も悪いことをしていないのに生きる事を遮られた・・・。彼の悲しみに比べれば・・・」
「箕輪先輩、浩太君はそんなに悲しんだんですかね? 俺はその子の事を何も知らなくてすみませんけど・・・」
俺は箕輪先輩の話に口を挟んだ。
「それは・・・。悲しかったはずだわ。・・・何も言えなくなったけど・・・、絶対!」
箕輪先輩は顔を上げて、最後の言葉は力強く言った。
「そうなんですか。それじゃその子は・・・、彼は自分が傷つけられたからって・・・、先輩に復讐を頼むような子でもあったって事ですか?」
「そっ・・・・・・・。それは・・・」
先輩は口に手を当てると、また視線を下げた。
「偉そうな事言ってすみません。確かに、俺も柚子を殺されたらどうするかなんてわかりません。でも、少なくとも俺が殺されたときは・・・、柚子に復讐をしてもらいたくない。刑務所なんて入らず、何の曇りも無く人生を楽しいんで貰いたいと思います」
「・・・・・」
俺は柚子の頭を撫で、柚子は俺を優しげな目でじっと見る。
「箕輪先輩。もし、浩太君と立場が逆ならば・・・」
「私の事なんて気にしないで、大きくなって、かわいい彼女でも見つけて・・・、幸せに暮らして欲しい・・・。・・・・そう思ったわ」
箕輪先輩は寂しげな目で続ける。
「・・・そうね、浩太君ごめん・・・。自分が不幸な目に合い、更に周りの人がそれを復讐するのを見る。そんなことになったら・・・もっと残念よね・・・」
肩を落とした箕輪先輩に、隣の信也が明るく話しかける。
「俺・・・、待ってますよ。先輩が帰ってきたらみんなでパーティーをします。先輩が楽しんでいるところを浩太君に見せないとですよねっ!」
「何言っているの・・・。私が帰ってくるのなんて・・・」
箕輪先輩は悲しそうな目で、下唇を噛みながら口角をあげた。
「待つよ。楽しみにしている」
光明さんも笑顔でそう言うと、重元さんも珍しく笑顔を作って俺達の顔を見ながら話し出す。
「ええ、そのときまで民俗学サークル、ミス研はずっと存続ですね。私達の大学では絶えてしまっても、信也君や直樹君、柚子ちゃんがいる大谷大学で新しく作っていただきましょうか!」
「えぇっ! ・・・まいったなぁ。それじゃあ、直樹と柚子ちゃんは強制参加な!」
信也はおどけた顔で俺達を見た。
「・・・それより、お前が大学に入れるかどうか怪しいのに・・・よく言うぜ。エスカレーターから落ちかけているくせに」
それを聞き、信也は慌てて席を立ち、俺に向かって両手を合わせる。
「ちょっ・・・ちょっと、ちょっと! だから勉強教えてくれってっ!」
「まあ、大学では俺がサークル作るから、お前は一年後にでも二年後にでも入って来い。待っててやるから」
俺が柚子に向かって「なっ?」って言うと、柚子も「ねっ?」と返してくる。俺達の様子を見て信也は、
「俺も現役で入りたいんだって! 頼むよぉ、直樹ぃ・・・」
と言った後、口に指を突っ込んであうあうと懇願し続けている。
そんな信也の情けない様子を見て、箕輪先輩も心から楽しそうに笑っていた。
その晩、俺達は遅くまでみんなで楽しく話をしていた。
翌日、良く晴れた空を見上げながら、俺達は横浜へ向かう船の上にいた。
箕輪先輩とは大島で別れ、その大島署へ引渡し作業を終えた三上警視と大畑刑事も同じ船に乗っている。
長かったようで、実際は二泊三日の小旅行。しかし、その夏休み中のたった三日の出来事は、俺達にやり場の無い悲しみを残した。
信也は、俺の目の前で海を見つめたまま黙り込んでいる。九卦島から大島までの船の中では無駄に明るく箕輪先輩に話しかけていたこいつだが、船を乗り換えて先輩がいなくなったとたん、何もしゃべらなくなった。
俺は信也にかける言葉が見つからない。当時は知らなかったが、去年から信也に何度と無く聞かされていた憧れの人が彼女だった。バレンタインの日はチョコがもらえるかもと思って、夜の8時まで教室に残っていて、警備員につまみ出されたと言う逸話もこいつにはある。
「おい・・信也。あのさ・・・」
何も言葉は浮かばなかったが、とりあえず話しかけてみた。しかし、その時・・・・
「こぉらぁ! 直樹ぃー!」
突然後ろから声をかけられ、信也に伸ばしていた腕をとられて背中側にねじ上げられる。
「いっ! 痛てててて・・・。な・・・なんすかっ!」
背中越しに後ろを見ると、三上警視が鬼のような顔をして俺を見ている。
「きっ・・・きさまぁ・・・。一昨日の晩・・・、柚子ちゃんのベッドに入り込んだ挙句、朝まで一緒にいたらしいなぁ・・・」
「・・・・えっ? な・・・何の話ですか、それっ!」
俺は痛みでろくに頭が働かない。・・・昨日の晩・・・、一昨日の晩・・・、何したっけ・・・。
「ちょっと待ってくれよ・・・。柚子のベッドに・・・? 俺が? ・・・なんの・・、痛てぇっ!」
更に三上警視の手に力が加わった。一昨日・・・、一昨日・・・、初日の夜は・・・。
「あっ! 思い出したっ! 違うっ! それ違う! ・・・・いっ・・・」
しかし、もっと力が加わり、痛みで口が止まる。
「違わないっ! あんた・・・高校二年生でよくそんなことを・・・。子供のくせに・・・」
「ちっ・・・ちがっ・・・。あれは柚子から・・・」
「どうしてくれましょうかねぇ。とりあえず、私達と一緒に本庁に来てもらうのは確実! 罪状は・・・青少年保護条例違反・・・、いや、ここは強姦で・・・」
「待ってって! ちょっ・・・洒落になってねーよ、みーみー警視っ!」
「うるさい。私を差し置いて・・・。じゃなくて、17歳でそんなことをしたらどうなるか教えてあげるわ・・・。きっちりとねっ!」
「じゅ・・・17歳って全然早くねーよ! 大体っ! 一緒に寝ただけで何もしてないし・・・」
「よし。自白したわね。大畑っ! 手錠!」
大畑刑事はどうしたらいいものかというような顔をしながら、とりあえず手錠を取り出した。
「待ってっ! 待ってってぇ! 信也! 何とか言ってくれ! 説明してくれ!」
振り返った信也は、先ほどまでの暗い顔ではなく、生き生きとした表情をしている。
「えーとっすね。僕が扉を開けたとき、柚子ちゃんはベッドの上に押し倒され、直樹はパンツを脱ぐ瞬間でした!」
「そうそう・・・って、おいっ! てめぇ! 少し演出入ってんじゃねーかっ! ちっ・・・違う! みーみー警視っ! 誤解だっ! こいつは嘘を・・・ぐはっ!」
三上警視は俺を振り向かすと、みぞおちに正拳を叩き込んだ。
「大畑っ! もうこの不埒極まりない男を船から放り出しなさいっ!」
「い・・・いいんですかぁ?」
ゆったりした口調ながら、大畑刑事は俺を軽々と肩に担ぎ上げた。
「おっ! 直樹! 港が見えてきたぞっ! 運がよければ泳いでたどり着けるかも!」
信也は嬉しそうにうっすらと見えた陸地を指差す。
「ばっ・・・バカかっ! あんなもんまだ20kmは先だっ! 死ぬって!」
三上警視は、俺を担いでいる大畑刑事のお尻をガンガンと膝で蹴り上げて急かしている。
「柚子っー! お前が頼りだっ! この警視に何とか言ってくれぇぇぇ!」
「寝ているとき・・・・? あっ! そうだ! 直クンにちょっと痛いことされちゃった・・・」
柚子はコーラをごくごく飲みながら空気を読まずにそんなことを言った。
「ちがうっ! それは俺が寝ぼけて柚子の髪を引っ張ってしまっただけ・・」
「捨てろぉー! 大畑ぁ!」
三上警視は俺のズボンの裾を持って、海へ向かって投げ落とそうとする。・・・この力、本気だ・・・・。
「だめっ! 大畑刑事っ! 離しちゃだめっ!」
「捨てろぉ! 大畑ぁ! 首にするわよっ!」
このやり取りは港へ付くまで数十分間続いた・・・。
三十路を過ぎて男っ気がまったく無いくせに、すぐ彼氏がいると見栄を張る三上警視。
ぼんやりしているが、俺を長時間かついでいてもまったく平気なタフガイ大畑刑事。
女に惚れやすく、こいつの行きたがるところすぐ事件が起こるトラブルメーカーの信也。
そして、天然だが、俺の窮地には金色の瞳を輝かせて助けてくれる不思議な能力を持つ柚子。
あと、凡人だが、つまらないことにすぐ気が付いてしまういやらしい俺。
この5人は不思議な運命でめぐり合わされているらしく、次は箕輪先輩がボランティアをしていた児童福祉施設へ行ったときにまた顔を合わせることになる。
・・・その話はまた次回にでも・・・・。
おわり
お読みいただきありがとうございます。
本当にミステリーは話の綻びを潰す作業で大変でした。
もう二度と書かない、と思いつつも、
この作品に出てきている主要登場人物は全員好きなので、
いつか続編を書きたいとも思っています。
私は三上警視と信也が好きです^^




