九卦島殺人事件 「結果」3
箕輪先輩は最初より余裕の出てきた顔で俺を見ている。
「そんな都合よく出て行った矢野先輩の部屋の窓を私が外から割った? 先輩は突然フラット出て行ったんでしょ。気分が悪くなったって言っていた先輩がそんな行動をとるなんて私にわかるはずがないじゃない」
「矢野さんは非常に明るい方でした。それはこの島に来たときも、食事のときもそうでした。しかし、百物語の最中、急にそわそわと落ち着きが無くなった。そして、気分が悪くなったと途中で抜け出す。何かきっかけがあったと思う。気分が悪くなったと言った時は・・・重元さんの話の途中でしたが、もちろんその原因はその直前の話。・・・その前に話をしていたのは・・・、箕輪先輩あなたでしたよね」
「そう・・・だったかな・・・。順番まではよく覚えて・・」
箕輪先輩は俺から目を逸らす。
「確か話の内容はこうでした。長野県の××地方に伝わる神隠し伝説。××町で子供が消えた。数日後、とても子供が歩いていける距離に無い山中の崖下で子供は死体となって見つかる。とかでしたよね?」
「・・・ええ」
「この話っておかしいんですよね。俺はその時は気がつかなかったが、柚子に教えてもらいました。この話に出てくる××町。これは比較的最近行われた町や村の合併、これで新しく誕生した町の名前なんですよ。つまり、この話は伝説でもなんでもない。つい最近起こった事件についてですね」
「・・・・・」
箕輪先輩は顔を上げて俺の目を見た。
「どうしてこの話に矢野さんが反応したかは分からない。でも、今、警察に村の公衆電話の発進記録を調べてもらっています。それで何かわかるでしょうね。・・・子供が消え、離れた場所で見つかった。これを事件と考えると・・・、誘拐か・・・ひき逃げ。普通の大学生が誘拐に関係していると考えるのは難しい。誰でも起こしうる可能性がある事件といえば・・・交通事故。もしかして、矢野さんはこのひき逃げ事件に何かかかわっていたんじゃないですか? だから電話で誰かに、何かを確認しに行った。・・・例えば、事故を起こした車の修理は完璧か? ・・・とか?」
箕輪先輩は燃え上がるような瞳で俺を見ていた。頬が僅かに痙攣しているように見えるのは、歯を強く噛んでいるからだと思える。
「陣内さんが殺され、矢野さんの死体が見つかったとき、俺は大野さんの失踪が引っかかりました。どうして彼だけが何の痕跡も残さず消えたのか。トリックも、犯人のアリバイ作りなども無く突然・・・。それは、大野さんの体格にあります。彼は身長182cm、体重はたぶん80kgくらいだと思います。そしてがっしりとした体つき。この男性を襲って殺すのはかなりのリスクが伴います。そこにいるさらに大きな大畑刑事ならともかく、俺なら相当な武器を持ってないと逆にやられちゃいますね。女性ならなお更だ。それならどうやって殺せばいいか・・・。油断しているところを、非常に強力な武器を持って襲えばいい」
「非常に・・・強力な武器? って・・・、日本刀とか?」
信也は隣で刀を振るう真似をして俺に見せる。
「もっと一撃必殺な物がこの島にはある。矢野さんを捜索しているときに、大野さんにそれとなく声をかける。例えば「あっちで声がした」とか、「人の気配がしたから一緒に来てくれ」とか。女性が男性にそう言っても何の不思議も無い。そして、大野さんをある場所まで誘導して、あとは・・・ポンと背中を押すだけ」
「が・・・崖かっ!」
光明さんは青い顔をして顔を引きつらせる。
「・・・不審者を探しているときに、まさか仲間から突き落とされるなんて考える人はいませんよね。崖は一応、看板と簡単な鎖を張って警告してますが、その向こうに人がいるって言えば、乗り越えて来てくれます。残念ながらこの殺人については立証しようがありません。目撃者はいないし、足跡なんかもその後の雨で完全に消えています。死体も見つかるかどうか・・・」
俺はフーッと息を吐くと続ける。
「時間でいうと、大野さんを殺したのは矢野さんが公衆電話へ行っている間だと思います。公衆電話までは昼間なら歩いて往復30分以内。しかし、夜のあの暗さではとても無理です。俺達は一時間くらいかかりましたけど、まあ、どんなに急いでも45分以上かかるでしょうね。その間に大野さんを殺し、戻ってくる矢野さんを待つ。問題なく矢野さんをも殺した犯人は、何事もなかったように捜索を続け、みんなと一緒に屋敷へ帰ってきた・・・と、言うわけです」
「まさか・・・あの時そんなことが・・・?」
そのとき一緒に探していた重元さんは震えている。
「帰ってきて、みんなは俺を含めて部屋に閉じこもりました。しかし、犯人は屋敷が静まりかえった頃自分の部屋を抜け出して、陣内さんの部屋を訪ねた。別に用事がなくても事件のあった後だ、「心細い」なんて言えば簡単に部屋にいれてくれますよね。そこで陣内さんを殺した犯人は不思議な行動をとります。まず、ロビーの電話線を抜き、電話を壊れたように見かせかける。切らなかったのは、切れば誰かが細工したのが丸分かりになりますし、電話を使えなくするのは数時間だけで十分だったからです。そして、時を待つ。深夜2時まで待ったのは二つの理由。一つ目は、電話が使えなかったとしたら、まず雑貨屋まで行って公衆電話を使おうと考える。しかし、時刻は2時。この季節は5時や6時には明るくなるんで、それを待ってから村に下りようと普通考えると思います。これを狙っていた。朝方に公衆電話から警察にかけたとしても、一日一便しかない午前中の船の便に増員した警官が間に合わないかもしれない。間に合ったとしても、本来殺人事件に動員される警官の数よりぐっと少なくなる。と、考えたわけです。しかし、犯人にとって幸運なことに、天候が悪化、これにより犯人が弄した策以上に警官はこの島に拒まれたわけです」
箕輪先輩を見ると、俺を見ている彼女の口元が緩んだ気がした。
「もう一つの理由。深夜二時と言う最も起こされたくない時間にたたき起こされた俺達は、注意力が散漫、平常以下だったと思います。そのせいかどうか分かりませんが、陣内さんの部屋に置かれていた鍵が、その部屋の鍵だと疑いもしなかった。さっき言ったけど、鍵穴にいれて確かめようとも考えもしなかった。しかし、あまりにも頭が働いていなかったせいで、俺はお菓子の袋の下に僅かに見えている部屋の鍵に気がつかなかった。いや、他の誰も気がつかない様子だった。信也、あの時、鍵に気がついたのは誰だっけ?」
「・・・・それも・・・確か・・・」
信也はごくりとつばを飲み込んで、先ほどまで自分が座っていた場所の横にいる人の顔を見た。
「箕輪・・・先輩だ・・・」
彼女は信也と目を合わそうとしなかった。
「ああ、箕輪先輩は俺達をたくみに誘導、錯覚や思い込みを起こさせ、それが足りない時はそれとなく言葉で背中を押してくる。俺も惑わされず、最初矢野さんの部屋をくまなく調べていれば・・・、外からは入ってこられない状況に気がつき、それをきっかけに全ての殺人を防げていたかもしれないのに・・・。残念だ」
そのとき、館内に笑い声が響き渡った。
「何を言っているの! 一言二言で犯人にされちゃぁたまんないわよ! 直樹君の言うとおりだったとして、矢野さん殺しも、大野さん、陣内さんのそれも、私じゃなくても出来るじゃない! それこそ光明さんでも重元さんでもっ!」
箕輪先輩は立ち上がり、不適に笑っている。その表情の変化に、誰よりも信也が戸惑っている。
「開き直りましたね・・・。陣内さんの時は扉を不必要に激しくノックをして俺達を何とか起こそうとしたのはあなたでした。それよりも、桑原さんの時はどうですか? あれはあなたしかありえません」
「な・・・なにがよっ! だからあの時言ったでしょ! 男の人が逃げていったって! あなたも刑事さんも追いかけたじゃないっ!」
陣内さんは最上級生である光明さんや重元さんに訴えかけるように言う。
「ええ、追いかけました。しかし、姿を俺達は見たわけじゃない。何かの物音と、あなたの声につられてとっさに駆け出しただけだ。それに、その怪しい人はどうやってライトも持たずにあの林を逃げ切れたんでしょうか? 光明さんは分かると思いますが、とても暗くて走れるようなところじゃなかった」
「あ・・・あなた達が取り逃がした理由なんて私は知らないわよっ!」
「あと、・・・すぐ後ろを歩いている人間の顔もろくに見えないあの道で、箕輪先輩、よく逃げていく人が男だってわかりましたね? 俺はそばに歩いてきた光明さんのTシャツを見てもすぐに人間かどうかも分からなかったってのに・・・」
「くっ・・・。雰囲気よ! なんとなくそんな気がしたのっ! 殺人だから犯人は男だろう・・って! 言葉のあやだったのかもしれないわ!」
「もっとおかしな事があります。あなたはあの真っ暗な道で駆け出して桑原さんの死体を見つけた。光明さん、見えました?」
「いや・・・。彼女の後を追って数メートル走っても見えなかった。そして、箕輪君の背中が見えてきて、目を凝らしてみるとその下に誰かが寝転んでいるのがやっと見えたくらいだ」
光明さんがそう証言すると、箕輪先輩は焦燥の色を表し、唇をくっと噛んだ。
「・・・焦りましたね、箕輪先輩。死体はどうしても俺達に先に見つかる事は避けたかった。おそらく、何か死体に見つかってはいけない跡があったのか、物音をさせる仕掛けがそばにあったとか、そう言う理由でしょう? 桑原さんがあの時一人で出て行ったのは、たぶん・・・大野さんの名前を語ったか、使ったかして呼び出したんでしょうね。大野さんが呼んでいる。犯人に気がつかれないように誰にも黙って、一人で来てとかそんな感じに。ならあの分岐点近くで死んでいたのもうなずける。あのあたりで待ち合わせの目印になりそうなものは分かれ道くらいですしね。暗闇に乗じてあの近くに隠れていた桑原さんを殺す。もちろんまた道を戻ってくる俺達はそれを見つける。犯行に使った道具は辺りに隠しておいて、次の日それとなく回収して船の上から捨てれば見つかることは無い。完璧ですね。・・・しかし、あなたは一つイレギュラーによってミスを犯した」
「イレギュラー?」
箕輪先輩は何のことかわらかないようで、瞳が揺れ動いている。
「ええ、あなたは桑原さんを殺した後、すぐに俺達に合流して言いましたよね。「こけちゃって遅れたけど、ライトがあるから見失わなかった」・・・って」
「それが? ペンライトはその女刑事さんが持っていたじゃない?」
「その言葉、ものすごくおかしいんですよ。なぜなら、ペンライトは一時接触が悪くて点いてなかったんですよ。あなたが追いついたのとほぼ同時に・・・再び点いた。つまり、ペンライトの光を頼りに俺達の後を付いてきていたなら、途中消えていたことに気がついたはずだ。あなたはその間、前を見ずに一生懸命何をしていたんですか?」
「・・・・」
「あなたは桑原さんのことにかかり、俺達を見失った。しかし、騒がしい声と、ふと見えたペンライトの光に慌てて走り寄ってきて、つい・・・そう口走った。・・・ちがいますか?」
俺を見ている箕輪先輩の目は、初日に信也から紹介されたときの彼女のやさしい目とはまったく異なっていた。
「・・・・証拠は?」
彼女は再びソファーに深く座り、笑みを浮かべながらそう言った。
「明日になって調べれば、・・・桑原さんのそばから凶器と仕掛けが見つかると思います。・・・処分する暇は無かったはずなので」
「そんなのが証拠になるの? 私の指紋が残っていればともかく、誰が使ったかわからないじゃない!」
「し・・・しかし、桑原さんの血痕が残っていれば・・・」
「知らないわよ。あなた達が見失った男が使ったんじゃない?」
・・・俺は表情を変えないまま箕輪先輩を見る。ここで弱みを見せるわけにはいかない。確実に彼女を追い詰めているはずだ。
しかし・・・。謎は・・・「ほぼ解けた」が、まだ分からないことがある。どうして人を殺すのに吸血鬼のような演出をしたかだ。あれは少しでも吸血鬼がやったように見せかけるためなのか? いや、そんな化け物はみんな存在しないことは分かっている。そのために手間をかけてわざわざ細工をするだろうか? ・・・
それに、まだ箕輪先輩がやったという決定的な証拠も見つかっていない。
「どうしたの? まさか証拠を用意してなかったの? 名探偵には程遠いわね」
箕輪先輩は俺をみてクスクスと手を口に当てながら笑っている。
・・・落ち着け。何かあるはずだ。まだ見落としている何かが・・・。・・・・くそっ・・・。ここまで来て・・・。もしかして・・・、何も証拠を残していないのか? 完璧な犯罪をなしとげたってのか?
状況証拠で限りなく黒に近いグレーだとしても、完全に黒じゃなければ捕まえることは出来ない。
「・・・・」
「何もないのね? なら、私はお風呂にもはいっちゃったし、このまま寝かせてもらうわよ。明日は帰らないといけないし。別にあなたが私を疑ったことを問題とかにする気もないわ。高校生が漫画や映画の真似事をしただけだしね」
箕輪先輩は組んでいた足を崩し、立ち上がった。
「直クン・・・困ってる・・・」
柚子は俺にそっと近づき、しがみつくように服を掴んだ。俺は唇を噛み、目をつぶった。
・・・、ここまでか・・・・。




