九卦島殺人事件 「連続」3
三上警視は鍵についているキーホルダーに糸を通す。そして、その穴よりも大きくストッパーになる物を取り付けた。今回は裁縫用の糸が巻いてあった型紙を使うようだ。
「これをこうして・・・・」
糸をカーテンレールに掛けてそれを入り口まで引っ張っていく。窓から入り口の扉まで糸が往復する形だ。
「ちょっと中で見てなさい。私は鍵を今閉めたところから始めるわね。鍵を閉めて、この糸を輪っかに結ぶ・・・」
三上警視は部屋の外に出て行った。すぐに糸が動き出し、部屋の扉の下の隙間から鍵が現れた。それはゆっくりと床を這い、ある程度部屋の中へ入ると、空中に持ち上がる。
三上警視はドアの隙間から部屋を覗き、慎重に操作をしている。鍵が丁度テーブルの真上に来たとき、糸と共に下に落ちる。三上警視が手元で糸を切ったようだ。輪になっていた糸を片方切ったため、それは一本の糸となり、三上警視は簡単にするするとドアの向こうで回収していく。
「どうっ? 上手くいったでしょっ!」
33歳独身の警視は上気した顔でドアを開けると、嬉しそうに俺に言ってくる。
「確かに完璧です。これなら、密室は崩れる。大野さんはもちろん、俺にさえ犯行は可能だ。・・・この部屋の状況ではね・・・」
「な・・・何よっ! 何か文句あるのっ!」
警視は不満そうな顔になった。
「このトリックはもちろん俺も考えました。しかし、実際には鍵の上に口を開いたお菓子の袋が乗っていたんですよ。この、『口を開いた』ってところが結構重要だと思うんですよね。そして、鍵はほとんど完全に袋の下に隠れていて、俺はぱっと見、箕輪先輩に教えてもらうまではまったく気がつきませんでした」
「そ・・・そう言えばそうだったわね! 別にお菓子の袋の下に鍵をねじ込むなんて大した作業じゃないわよ! ちょっと待っていなさい!」
三上警視は急いで出て行くと、息を切らせながらお菓子を一袋持ってきた。今日、雑貨屋で大量に買った物の一つだろう。
「口が開いたお菓子ねっ!」
警視は袋を開いた。しかし、その手は止まり、じっと袋の裏側をみつめている。
「・・・・?」
俺は彼女の背中越しにそれを見た。袋に印刷されている応募券二枚分を送ると、かなりファンシーなマスコットキャラクターのぬいぐるみが抽選で当たるようだ。三上警視は俺の視線に気がつき、あたふたしながらお菓子の袋をテーブルの上に置いた。
「げ・・・原材料に遺伝子組み換えの物は使ってないようねっ! わ・・・私、それを確かめずにはいられなくてっ!」
目を泳がせながら先ほどと同じように鍵に糸を通し部屋の外へ出て行った。
「いくわよー」
彼女はまた、慎重に糸を操作している。カーテンレールの角度から、お菓子の袋より鍵は上に上がっていく。警視は糸をたるませてテーブルの高さにあわせ、何とか袋の下に入れようとする。だが、糸の角度、お菓子の袋の位置からして、袋に鍵がぶつかるだけで到底入るとは思えない。
ドアが開き、三上警視が入ってきた。
「ちょっと最初の位置が良くなかったわ。これをこうして・・・」
警視は糸を最初からお菓子の下へ通した。すぐに出て行き、糸を操作する。
鍵はドアの下をくぐり、テーブルに向かう。しかし、糸が袋を持ち上げて中身がテーブルの上にこぼれた。
「三上警視ぃー。現場のお菓子はまったくこぼれた気配ありませんでしたよおー」
俺がそう言うと、口を真一文字に閉じた警視が入って来てこぼれたお菓子を袋に戻す。そして無言ですぐにまた出て行った。
丁寧に糸を操作する警視。今度はお菓子の袋は持ち上がらなかったが、袋の下に鍵を入れるのに手間取る。鍵に押されて袋はテーブルの上から落ちた。
俺が何も言わずとも、下唇を噛んだ警視は戻ってきて、袋を元に戻して出て行く。
俺はベッドに寝転んだ。やはりこの密室を鍵のかかったドア側から破るのは難しい。それよりも、まず、犯人はどこからこの部屋に入ってきたかが問題なんだ。
この部屋は一方通行。窓が開いていて出て行くのは簡単なように見えたが、どうやってこの部屋に入って来たかが難しい。窓は開いていたが、最初から開いていたわけじゃない。矢野さんの時のようにガラスが割れていたわけじゃないので、外から開けるのは不可能。なら、ドアからだが、あんな事件があった後に陣内さんは知らない人相手にドアを開けるはずが無い。
では仲間だと仮定する。三上警視が言うように招き入れられた犯人は陣内さんを殺す。そして鍵をかける。警視が考えた方法では密室の謎を破れない。
と、なると窓を開けて出て行くことになるのだが・・・。この部屋はロープなどを結びつける場所がまったくない。カーテンレールはすぐに捻じ曲がりそうだし、テーブルは軽い物なのでその足に結び付けるのは無理だ。何よりテーブルの上に乗っていたお菓子や鍵が落ちてしまう。ベッドは足の無い箱型タイプだし・・・。
「あーもうっ! 出来ないっ! できないわよぅ!」
三上警視はどかどかと足音を響かせて部屋に入ってきた。俺はテーブルに目を向けると中身がこぼれたお菓子と鍵が乗っている。
「とにかくっ! きっとこの方法よっ! 私は今初めてやったから出来ないだけで、犯人は練習していたのよ! 絶対そうよっ!」
三上警視は俺に顔を寄せて、うるうるとした目を向けてくる。俺にうなずいて欲しいんだろうけど・・・それはちょっと難しい。
「警視、たとえ練習したとしても、本番でこれを一発で成功させるのは無理ですよ。三上警視みたいに何度も失敗して部屋を出入りしていたら、きっと誰かに気づかれる」
「やっぱそうかな・・・。私間違ってたかな・・・」
警視は肩を落としている。なんか・・・少女っぽい部分の『地』が少し見えてしまっているような・・・。
「それにですね、三上警視の方法で密室が出来たとしても、大野さんには不可能なんですよ。矢野さんの事件があってから、俺は柚子と屋敷をくまなく調べました。全ての鍵は閉まっていたし、怪しい人は隠れてなかった。唯一空いていたのは矢野さんの部屋の割れた窓だったけど、ロビーには信也がいたのでその部屋から屋敷に入るのは無理です。先輩達が帰ってきて、すぐにその窓を塞ぎに行きましたし。大野さんはまだ帰ってきてなかったけど、玄関の扉は用心のため鍵をかけました。大野さんはチャイムを鳴らして入ってこない限り、館の中にいるわけがないんですよ」
「・・・でもっ! 大野さんは力持ちだから・・・矢野さんのベッドを外から押して動かして、中に入ってきたかもしれないわよぅ。彼なら一人でベッドを動かして元通りにする事だって出来るかもしれないからっ!」
三上警視は必死のあまり、言葉遣いも少女っぽくなっている。『力持ち』って・・・。
「え・・・ええ。いや、それは多分無理です。そもそも、矢野さんをさらうこと自体、人間にはまず無理だと思いますよ」
「な・・・なんでよっ! 彼なら矢野さんを抱えて1mの窓枠を飛び越えて外に出ることだって可能のはずよ!」
「あの部屋も・・・一方通行なんですよ。中からより外からのほうが・・・。まあ実際行って見てみましょうか」
今度は俺が前に立って歩くと、三上警視は頬を膨らませながらついてくる。ロビーに下り、矢野さんの扉の前を通って玄関のドアへ俺は向かった。
「なに? 部屋に入らないの?」
「外から見たほうが分かりやすいんで」
俺達は扉を開けて外へ出て、館に沿って歩き、矢野さんの部屋の外へ来た。
「どうです? 中に入れます?」
「う・・・。これは・・・」
中から見れば窓枠は1mの高さで誰でも出入り出来そうに見えたが、外から見ると、窓枠の高さは1.5mほどになり、三上警視だと背伸びしても中が覗けないほどだ。
「でもっ! 大野さんは身長が180cm以上あったらしいし!」
「じゃあ、ちょっと待っていてもらえますか?」
俺は三上警視を残して屋敷に入り、中にいる大畑刑事に声をかけて一緒に戻ってきた。
「お待たせしましたぁ」
「こっ・・・こらっ! こんなところに一人残していくんじゃないわよっ! 怖いじゃないっ!」
三上警視は両手のこぶしを上下させてぷりぷりと怒っている。それを見て、俺と大畑刑事は顔を見合わせて笑いを噛み殺す。
「大畑刑事。身長おいくつですか? この窓から中に入れそうですか?」
彼は窓枠より頭一つ大きい。しかし、部屋の中を覗き込むと首を振った。
「背は185cmだけど・・・、これは無理ですね・・・」
「どうしてよ! 大畑の身長なら手をかけてよじ登れるでしょっ!」
「普通ならできますけど・・・。ここはガラスが散らばっているので・・・」
「あっ!」
三上警視は手を口に当てて驚いた後、ぴょんぴょんと跳ねて窓枠の上にも落ちている破片を見る。
「でも・・・厚手の手袋を用意したら・・・?」
「警視、そんな用意周到な犯人が窓を割って中に入ったりしませんって」
「うう・・・」
俺に言われると、三上警視はこちらでもまたがっくりと肩を落とした。
「万が一、手袋を用意していたスポーツ選手並に身体能力が高い人がいたとしても、ガラスを割ってよじ登っている間に部屋の中にいる矢野さんは十分逃げ出す時間がありますよね」
「それじゃ・・・最初から窓が開いていて中に入り、矢野さんを持ったまま窓ガラスを割って出て行ったとかは・・・?」
「蚊のいるこの時期、窓を開けっぱなしにする人なんていません。出て行くとき窓を割る意味もわからないし・・」
俺は目をつぶりながら首を横に振って言った。
「じゃああなたの意見はどうなのよっ!」
三上警視は頬をパンパンに膨らまして俺を下から見上げる。
「さぁ? 俺は刑事でも探偵でもない、ただの高校生ですからね」
目線を三上警視に合わせてニッコリ笑うと、彼女は顔を赤くしてのけぞった。
俺達が屋敷の中に戻ると、食堂にいたみんなはロビーに出てきていた。何やら心配顔で話し合っていたが、三上警視達を見るとすぐに箕輪先輩が駆け寄ってきた。
「あ・・・あのっ! く・・・桑原先輩が出て行っちゃって・・・」
「ええっ?」
話を聞くと、食事の後、また部屋へすぐに帰った桑原さんだったが、先ほど俺達が外に出ている間に、不明瞭に言葉を濁したような理由を言って外に出て行ったとのことだった。
「止める間もなくて・・・」
箕輪先輩は後悔の色を浮かばせている。
「私のめぼしもはずれちゃったみたいだし、それに・・・島を完全に調べたわけじゃないのに・・・。大畑! あなたはここに残って柚子ちゃんを見ていなさい! 何かあったら承知しないわよっ!」
三上警視はそう言うと、なぜか俺の腕を抱えて玄関扉に向かっていく。
「えっ・・・ちょっと・・・」
俺は何かの冗談かと思って腕を引き抜こうとするが、彼女の手は俺の腕と手首をがっちり掴んで放さない。
「暇でしょ。来なさい! 私は刑事だけど、その前に女なのよ。女を一人で行かす気?」
「でも・・三上警視の歳ならだいじょう・・ぶっ!」
言い終わらないうちに、俺のみぞおちに警視の肘がめりこんだ。
「し・・・信也・・・また柚子頼むわ・・・」
信也は俺にかかわりたく無いようで、腹を押さえた俺に向かって、絶叫コースターに乗っているかのごとく首をガクガクと動かしている。
「僕も行くよ! 部員の事だし!」
「私も行きます!」
光明さんと箕輪先輩もついてきた。




