九卦島殺人事件 「消失」6
「どうしますぅ? 今度は大野探しに行きますかぁ?」
桑原さんはロビーを振り返り、光明さんに声をかけてきた。
「・・・いや。大野君は意地になってまだ探しているのかも。ひょっとしたら・・・村のほうまで行ってしまったかもしれない。彼は自分で戻ってくるのを待とうか。とにかく、先に矢野君の部屋の窓を塞いでしまおう。桑原君も手伝ってくれ」
桑原さんはため息をつきながら首を縦に振ると、扉を閉め、俺たちと一緒に矢野さんの部屋へ向かった。
矢野さんのベッドを男4人がかりで窓に立てかける。これでも大野さんくらいの体格のいい人や、ましてや化け物相手にはあまり効果は無いかもしれないが、しないよりはましな気がした。
俺達がロビーへ出ると、箕輪先輩を初めとする一階の部屋にいた女性は自分の荷物を持ってソファーのそばにいた。桑原さんもすぐに自分の部屋へ荷物を取りに向かった。
光明さんは一階左側、右側の部屋の扉を何度か見て、視線を上にあげて二階の部屋の扉を少しの間眺めてから言った。
「それじゃ、そのまま上にあがろうか。つまり、二階左側の空き部屋、高校生達の部屋の隣には僕と重元君がはいる。二階の右側は5室まるまる空き部屋だから、一階右側にいた二年生、一年生はそこを適当に使ってくれ。・・・大野君と矢野君の部屋と荷物は・・・・。うーん、そのままにしておこうか。帰ってきたら移動の話をしよう」
「大野先輩はともかく、矢野先輩・・・みつかるんでしょうか・・・?」
大学生では一番下となる箕輪先輩が不安そうな顔でそう言った後、口を真一文字に結ぶ。
「もちろんだ。警察が来ればすぐに見つかるよ」
光明先輩は明るい笑顔でそう言うと、自分の部屋へ荷物を取りに行く。俺が時計を見ると、21時を指していた。
「俺たちもいったん、部屋に戻るか」
二階へあがる先輩達に続いて俺は柚子と信也とで自分たちの部屋へ向かう。船旅、海水浴に続いてこの騒ぎ。体と精神に疲労をきたして、俺はどっと疲れが押し寄せてきた。
俺達の目の前の空き部屋に重元先輩が入った。「カチャ」と中から鍵を閉めた音が響く。俺達も自分の部屋へ入るとそれぞれ鍵を閉めた。
俺はそのままの服でベッドに転がる。しかし、ふと窓が気になってすぐに立ち上がり、鍵を確かめてみると、しっかりとねじが差し込まれていて頑丈にロックされている。
窓の外は真っ暗でよく見えないが、窓越しに聞こえてくる風の音からすると、かなり強い風が吹いているようだ。低気圧でも来ているのだろうか。天気予報を調べるにも携帯は圏外。ロビーにはテレビがあったが、見に行くのも・・・もう面倒だ。見たところで明日の天気が変わるわけでもない。それにどうせこんなところで映るのはNHK一局だろうし、・・・いや、愉快な番組をやっていたとしても見る気はわかないか。
俺は手足を大の字に伸ばしてうとうとし始めた。ベッドはセミダブル。俺の実家のシングルベッドと違っていい夢を見れそうだ・・・。
[コンコン]
・・・・・・ノックが聞こえた気がした。俺は上体を起こす。顔をしかめながらドアに向かった。
「誰?」
一応鍵を開ける前に声をかけた。街中のホテルなら外を覗く穴があるのだが、もちろんこの屋敷の扉には無い。
「・・・柚子」
聞きなれた声が返ってきたので扉を開ける。すると柚子はカバンを持って俺の部屋の前に立っていた。
「荷物なんて持って・・・? どうしたんだ?」
「一人で眠るの・・・怖い・・・」
「あ・・・そうか。・・・まあとりあえず入れよ」
俺は柚子を中に招き入れた。もちろん、この状況で柚子を部屋に一人にするのは気にかかっていた。しかし、俺達ももう高校二年生。同じ部屋で一晩明かすというのはどうだろうかと考えてしまった。むろん俺は何かをする気なんて毛頭無い。しかし、『旅行効果』という物を俺は軽く考えていないのだ。
「一緒に寝ていい?」
俺の返事を聞く前に、すでに部屋着に着替えている柚子はベッドにもぐりこんでいく。確かに、中学生になるまではよく隣で寝ていた。しかし、ここ何年かは同じ布団やベッドで寝たことは無いし、高校に入り柚子が一人暮らしをしてからは、寝顔すらも見たことがない。
「おう。もちろんいいぞ」
俺はそう言いながら柚子に背を向け、生唾を飲み込むところを見られないようにした。もう一度言うが、別におかしなことを考えているわけではない。りょ・・旅行効果で少し緊張しているだけだ。
「ちょっと着替えるな」
俺は自分のカバンを開け、部屋着を取り出す。Tシャツを脱ぎ、そのままジーンズも脱いだ。柚子の前で着替えることは良くやっていることだ。テーブルに置いた着替えのハーフパンツを手に取る。
[ガチャ]
何かの音がし、部屋の空気が動くのを感じた。後ろに人の気配を感じる。
「おーい、直樹。俺一人で寝るの怖いから一緒に寝てくれないかぁ・・・・・・あれっ?」
扉を開けたのは信也だった。奴はベッドに入って顔だけ出している柚子と、今まさに服を脱いでパンツ一枚になったばかりの俺を交互に見ている。
「・・・あっ・・・。先客あり? こりゃまた失礼しましたぁ・・・」
信也は部屋に顔を向けたまま下がって廊下に出、ドアから首だけを出している状態でまだニヤニヤとしている。
「まっ・・・待て! 信也! これは違うっ! いや、違わないが、お前が考えている事と違う! だっ・・・大体お前っ! なに男のくせに一人だと怖いとか言ってんだよっ! あっ! ちょっと待てって!」
「めんごっ!」
「まてぇ! 信也ぁ!」
あいつはドアを閉めた。そしてその後に跳ねるような足音が聞こえる。しまった・・・。柚子に緊張してしまったからか、鍵を閉め忘れていた・・・。これで・・・俺の二学期は楽しいものとなってしまうこと間違い無しだぜ・・・。
「ううう・・・。あいつにノックという文化を叩き込んでおけばよかった・・・」
うな垂れながら鍵を閉める。だが、おかげで少し緊張がほぐれた俺だった。ベッドに入ると、柚子は体をもぞもぞと動かして俺に近寄ってくる。
「もうちょっと近づいていい?」
「お・・・おう」
そう言いながらも俺は体を動かして逆側の端に寄る。また柚子が寄ってくる。俺は端に寄る。柚子が寄ってくる。端に寄る。寄ってくる。寄る。
[ドサッ]
俺はしこたま床に肩を打ちつけ立ち上がった。
「だ・・・大丈夫? ごめんね直クン・・・」
「平気だ」
俺は柚子をまたいで反対側に寝転んだ。今度も柚子から遠ざかったが、いつの間にか壁と柚子に挟まれて動けなくなった。柚子は俺の腕を抱くようにして寝息を立て始める。俺は柚子の柔らかい体を感じながら、
「南無阿弥陀仏・・・南無阿弥陀仏・・・南無阿弥陀仏・・・」
と、お経を読みながら、羊の代わりにお地蔵さんが柵を飛び越えている場面を想像しながら眠りについた。




