俺と柚子2
そんな柚子と俺は10年ほどの付き合いになるだろうか。初めて会った時は覚えていない、それくらいの歳だった。
俺達が今通っている高校は、私立『大谷大学付属高校』。一般的には歴史のある名門校と言われている。
しかし、高校一年にして大学入試センター試験過去問で東大の足切りをクリアしてしまう俺には少し物足りない学校だ。柚子にもう少し集中力が備わっていれば、勉強に関して退屈のしない学校に俺達は通ったのだろうが・・・。
まあ、勉強なんてどこでも、どんな学校でも出来る。俺にとって重要なのは、柚子と同じ学校に行くと言うことだ。
・・・どうしてかって?
[カンカンカン]
ベタな足音を響かせながら俺は柚子が住むアパートの金属の階段を上る。二階の、一応角部屋と言える部屋の扉を開けて俺と柚子は中に入った。
「アイス美味しかったぁ。また来週が楽しみー」
「時間が無いから、邪魔だから座ってろ」
意味もなく俺の周りをウロウロとする柚子を座らせて、俺は台所に立つ。
「もう6時だよー。柚子が自分でご飯作るから直くんはジムに行ってきてー」
「ドリアはお湯を入れるだけでは作れないんだぞ」
俺は手早く野菜を切ると、さっとピラフを作り上げる。並行して作っていたホワイトソースをかけてオーブンに放り込んだ。所要時間20分。
「オーブンが終わるまで絶対触るなよ! 焼けても皿は熱いんだから素手で触るなよ! ・・・ああ、もう!」
俺はそばにあったチラシの裏に『熱い! 危険!』と書いてオーブンの扉に貼り付けた。
「そこまでしなくても分かるよぅ」
「そんなこと言ってこの前もやけどしてただろう!」
「あは! あればれてたの?」
「ばれている!」
俺はカバンを掴むとポケットの中のバイクのキーを確かめる。
「絶対一人で外出するなよ! コンビニ行くときも俺の携帯に連絡しろよ! すぐ来るから!」
「はぁーい」
手を上げて返事をする柚子の頭を軽く撫でると、俺は玄関を飛び出す。もちろん、柚子の家の扉にしっかりと鍵をかけるのも忘れない。
俺は階段を二回に分けて飛び降りると、スクーターにまたがってジムに向かった。
「遅くなってすみませーん」
ボクシングジムに着き、俺は着替えるとすぐに基礎練習を始めた。それが終わると鏡に向かって激しくシャドーをする。なんせ時間が無い。この後、勉強もしなければいけないんだから。
「相変わらず筋がいいな。スパーではこの前プロテスト合格した奴を倒したし。・・・どうだ? 本気でプロ目指さないか?」
20歳後半の先輩が話しかけて来た。俺は毎度の事ながら愛想笑いでそれを返す。
「直樹君は他のジムにも通ってるんですよ。そっちでも高評価って知り合いが言ってましたよ」
もう少し若い別の先輩が話しに加わってきた。俺はシャドーをしながらも「そんなことはない」と思いながら首を横に振った。
「何? 他のジム? ・・・こんな逸材とられるわけにはいかんな」
「でもですね、直樹君は俺みたいなバカじゃなくて、勉強もものすごく出来るんですよ。それこそ医者とかになれるくらいに。それに・・・かわいい彼女もいるしね。まだそんなの決められないですよ、きっと」
その人もシャドーを隣で始めながら、鏡の俺に向かって笑いかけてくる。
「彼女じゃないっすよ!」
俺はシャドーを一旦止めてまで両手を横に振ってそう言ったが、二人の先輩はニヤニヤしながら俺を見ている。
「それで? その子はかわいいのか?」
「かわいいですよー。先輩も今度見せてもらったらいいんですよ。目が大きくて、鼻が小さくすっきり。唇は少しだけ厚めの・・・萌えアイドル顔? みたいな感じでしたよ」
「そうか。今度、連れて来いよ!」
「見たら、違う意味でいろいろビックリしますよ、きっと・・・」
俺は乾いた笑顔を二人に見せているところ、そばに置いた携帯が鳴っているのに気がついた。
「ちょっとすみません、・・・もしもし?」
携帯の向こうからは柚子の声が聞こえる。
〈なんかねー。煙がモクモク出てきたからコンビニに消火器買いに行ってくるぅー〉
「はぁ? 煙? ちょっと待て! どこから出ているんだ? とにかく逃げろ! それにコンビニに消火器は売ってない! アパートの外で待ってろ! すぐ行くから!」
俺は携帯を切ると、すばやく周りに置いておいた自分の荷物を掴んだ。
「わかんないけど・・・、火事かもしれないんで! 今日はこれで帰ります! おつかれしたー!」
俺は慌しくジムを飛び出し、荷物を手早くスクーターにつめ、5月だと言うのに半袖のままバイクにまたがった。
「さみー! 待ってろ柚子ー!」
バイクの音が遠のいていくジムの中で二人の先輩は首を捻っていた。
「直樹君、この前は地震かもって言って帰ってなかったか?」
「その前は津波かもって言って帰っていましたよ」




