九卦島殺人事件 「消失」3
「大野さんが・・・何か割ったのかな?」
俺と柚子は部屋の扉を開けた。ロビーは二階までの吹き抜けとなっているので、廊下にでれば大体の様子が分かる。
俺と同じように驚いたのだろう、ロビーを挟んだ階下の部屋の扉が開き、頭を出している桑原さんの茶色のパーマが目に付いた。
「何の音?」
柚子の部屋の隣が俺の部屋。その隣の部屋の扉が開き、信也が顔を出して言った。
「なんか・・・割れたよな?」
「・・・だよな。多分」
信也は両手一杯にお菓子を持ちながら、俺と同じく下を見下ろす。俺は柵につかまり真下を覗き込むようにすると、一階の扉が開いたような音がし、三年の重元さんが屋敷の天井を見上げながらロビーを歩いていくのが見えた。
「重元さーん。何の音ですかぁ?」
俺が声をかけると、彼女は真上を見上げる。
「わかりませーん。でも、近くで何かが割れる音がしたから・・・シャンデリアかと思って・・・」
「近く・・・?」
俺は少し遠くに聞こえた気がしたが・・・。重元さんは近くだという。なら、1階で何かあったのだろうと思うが、それにしては向かいの1階の2年生達が桑原さんしか顔を出さないのはおかしい。と、すると、俺達側の1階で何かが割れたと言うことだ。
「下に行ってみようぜ。・・・お菓子はとりあえず置いていけ」
信也だけではなく、柚子もしぶしぶと部屋のベッドにスナック菓子を置いた。
俺達が一階へと降りると、ざわつきを感じ取ったのか、二年生も全員部屋から出てきた。近くで音がしたと言った重元さんの横には光明さんも立っている。
「あれっ? ・・・矢野さんは?」
俺が聞くと、光明さんと重元さんは顔を見合わせた。音が一番大きく聞こえたと思われる一階左側の三室、光明さん、重元さん、矢野さんのうち、矢野さんの姿が見えない。
「ん? ・・・どうかした?」
大野さんの野太い声が聞こえた。俺が振り返ると、食堂から大野さんが出てきたところだった。手には数本の大型ペットボトルと紙コップがある。
「いやぁ・・・。おかしな音が聞こえたもんで・・・。大野さんは何か聞こえませんでした?」
大野さんは俺に向かって首をかしげている。
「冷蔵庫開けたりしていたからなぁ・・・。よくわからん」
「・・・・光明さん、矢野さんを、一応呼んでみませんか? 部屋に入ってから数分しかたってませんが・・・寝ていたら申し訳ないんですけど・・・」
光明さんは俺の言葉にうなずくと、矢野さんの部屋のドアを強めに叩きながら言った。
「・・・・矢野君! 何か音が聞こえなかったか! ・・・矢野君!」
しかし、中からの返事は無かった。
「いくら疲れていても・・・。こんな短い時間で深い眠りにつくかな・・・?」
箕輪先輩が、俺の後ろから不思議そうな声を出した。俺はドアの下に目を向ける。やはり古いタイプの西洋屋敷だけあって、床との間に隙間があるようだ。
俺はしゃがんでその隙間に手を突っ込む。何か、わずかにひんやりとした空気の流れを感じた。
「光明さん・・・。窓が開いている気配がします。・・・中に矢野さん・・・いるんですかね? 割れたのは・・・窓ガラス・・・かも」
「な・・・なんだって?」
光明さんの顔色が変わる。そして、すぐにドアのノブに手をかけるとガチャガチャとまわした。
「鍵がかかってる・・・」
「マスターキーは?」
「いや・・・。ここは元々ホテルじゃないので、そう言うものはないらしい。各々に渡した鍵以外、スペアキーは村の人が管理している」
「こ・・・・こじ開けようぜ! いいでしょ? 光明先輩!」
大野さんが飲み物をソファー横のテーブルに置いてきて、袖をまくってたくましい二の腕を見せた。
「・・・わかった。やってくれ」
その返事を聞くと、大野さんはドアに体当たりをした。しかし、古い建物だというのに作りはしっかりしているらしく、頑強なドアに大野さんは跳ね返された。
「くそっ・・・。お前らも手伝ってくれ!」
今度は俺と信也も加わる。扉は内開き。開くことを祈って大野さんと一緒にぶつかった。
[バタンッ]
扉は開いた。すぐに光明さんが入り、大野さん、俺達と続いた。
「こっ・・・・これは・・・・」
光明さんは部屋の真ん中当たりで立ち止まって周りを見回している。俺はついてきた柚子を手で止めた。窓際にはガラスの破片が散らばっているからだ。
壊れて開かれた窓枠は風で揺れていた。部屋のどこにも矢野さんの姿は無い。
「窓は・・・外から割られていますね・・・」
俺はガラスを出来るだけ踏まないようにして、窓の外を覗いた。外にはほとんどガラス片は落ちていなかった。
「だ・・・誰か入ってきた・・・とか・・・」
「ど・・・泥棒?」
みんな口々に騒ぎ出した。俺は部屋の様子を確認すると、矢野さんのカバンのチャックはしっかりと締まり、荒らされた様子も無くベッドの横に置いてあった。その他には、割れた窓以外変わった事は無いようだ。
「俺達が音を聞いてからドアを開けるまで5分もなかったはずだ。その間にカバンを開けて中を物色、元通りに詰めなおしてまた閉めて逃げ出すと言う事は考えにくい・・・」
俺が矢野さんのカバンを指差すと、みんなはそれを見てうなずいた。
「じゃ・・・じゃあ、なんか結構風が強くなってきているみたいだから・・・風で窓が壊れた・・・とか?」
信也の言うとおり、割れた窓からは強い風が吹き込んでくる。
「それより無くなっている物が一つある。矢野さんだ。彼女が部屋に入るところを俺は見た」
みんなも気分が悪くなった矢野さんが心配だったからか、全員がその姿を見たようだった。
「さ・・・さらわれた?」
「まさか・・・・」
そこで重元さんが呟いた。
「・・・・・吸血鬼」
「・・・・・・っ!」
全員の顔色が変わる。箕輪先輩や陣内さんは窓から一歩遠ざかった。