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金眼の探偵  作者: 音哉
16/34

九卦島殺人事件 「消失」2

明治初期、この島に移り住んできた者がいたらしい。


その人が何者だったかは定かではないが、背丈は高く、肌が白かった。

髪こそ黒色だったが、その風貌は日本人離れしていたという。


本土から連れてきた人間や、村人を金で雇い、ここにこの屋敷を作った。

男は一人で暮らし、召使のような者もいなかった。

村人は男がたまにテラスに出てきては飲んでいる、血のように赤い酒をひどく気味悪がった。


しばらくすると、島に事件が起こり始める。村の若い女が、一人、また一人と失踪しはじめたのだ。


島の住人は全てが顔見知りで、船を使って出て行けば見つからないはずがない。


・・・そして、消えた村人の何人かは浜辺に流れ着いた。

溺れ死んだ様子はなかったが、外傷があった。

それは、とてつもない力による骨折や裂傷。その他にも得体の知れない傷跡があったと言う。


そこで住人は館の男に目が向いた。男は大柄なので娘一人をさらうことなど容易い。

そして、館は広く、地下倉庫などもある。

男が女をさらって来て、殺しているのではないか。

そして、海に捨てたが海流の関係で戻ってきた死体があった。


村人はそう考え、男に詰め寄る。

だが、館内の捜索について男は拒んだ。


あるとき、島の人の不安や疑念は爆発し、館に押し寄せて男を捕らえた。

捜索するも、行方不明になった女どころか、怪しいものは一つも見当たらなかったということだ。


しかし、何も無いと言うのが更におかしかったという。

それは、男がいつも飲んでいた赤い酒すらもみつからないのだ。

そして、食料も一切館からは見つからない。

男は毎日何を食べ、何を飲んでいたのか・・・。


「化け物」。村人の一人がそうつぶやいたとたん、男の首に刃物が突きつけられる。

しかし、男はそこで大笑いを始め、自分を掴んでいる村人を次々と投げ飛ばした。体に鎌や包丁、くわや鋤で傷を負いながらも男は逃げた。


そして、館から300m先にある切り立った崖まで行くと、振り返って村人に言ったと言う。


「この恨み、必ず返す。これからもこの島では女が消え続けるだろう」と。


そして、迫る村人の前で男は背中から羽を出し、崖の上から闇の空へ消えたという。


     ※     ※     ※     ※


「・・・・・・・・完全に尾ひれついてるよな」

 

大野さんは少しぎこちないが、いつものように豪快に笑い出す。それにつられてか、話を聞き終わっても神妙な顔をしたままだった皆も、白い歯を見せ始めた。


「まあ、実際この館があるのと、そこに男が住んでいた事は、おそらく事実なんだろうが・・・」


 話をした光明さんはそこで肩をすくめる。


「羽が生えて飛んで逃げたところなんて完全に眉唾ものよね」


 その正面の矢野さんも口に手を当てて小さく笑った。


「行方不明になった女の人は殺されてたのだろう・・・ってのもどうだかね。死体も発見された訳じゃないし。辺ぴな島を嫌がって、抜け出したとかだと俺は思うね。そのうちの何人かは事故で島に流れ着いた。大体、気味の悪い赤い酒って、ただのワインでしょうが!」


「違いない!」


 桑原さんと大野さんは顔を見合わせて笑っているが、どうしてか虚勢を張っているようにも見える。


「直樹君はどう思う?」


 光明さんはそう言うと、何やら期待をこめたまなざしを送ってくる。


しかし、どうかと言われても・・・。


「どうもこうも無いですね。さっき光明さんが言ったとおり、確実なのはこの館しか情報が無いわけで・・・。住んでたのが外国人なのか日本人なのかもわからないし、ホントに男だったと言う証拠も無い。行方不明、もしくは殺人事件があったかもわからない。・・・まあ、俺が気になるのは、それに近い話が本当にあったとしたら、今もその男の隠しワインセラーに残っている100年物のワインですかね?」


「おいおい、高校生なのに酒に興味あるのかよ!」


「いやぁ。高く売れるかなって・・・ね」


 大野さんへ俺がそう答えると、また彼は大声で笑い出した。光明さんは何やら小さく何度か頷きながら言う。


「いやいや・・・。直樹君はいい事を言ったね。うん、機会があればそのワインセラーも探してみよう。もちろん勝手に持ち出して売ったりはしないが、島の人に話せば飲ませてもらえるかもしれない。おっと、もしそうだとしても、飲めるのは2年生以上、二十歳を過ぎた人だけだからね。俺ももう3年生だ。部員に飲酒を勧めたとかで退学になんてなりたくないのでよろしくな!」


「あはは! わかってますよ! 今回酒持ち込んだ奴いたら素直に出しとけよ!」


 大野さんは部員へ自首を促す。みんなは首を振って「大野が一番怪しい」と口々に言っている。


しかし、俺は何か気になった。皆、先ほどと同じような笑顔だが、少し部屋の空気が変わった気がした。


それとなく全員の顔を俺は一人ひとり見たが、特に気がつく点はない。・・・気のせいだったのだろうか。


「それじゃ、食事も終わったみたいだし、食器を片付けてここでこのまま百物語だ」


 部長の声に合わせて、みんなはそれぞれ自分の食器を持って厨房へ下げる。今日は島のおばさん達はもう帰ってしまったようだが、明日また洗い物をしたり、食事を作ってくれたりするのだろう。


 5分も掛かる事無く、全員食堂の元の席に座った。時計を見ると、時間は丁度食事を始めてから一時間後の19時となっており、光明さんのタイムスケジュールの正確さに驚かされる。変な間が空く事無く、ごく自然に進行を進めている。部長としては適任、能力のある人だと俺は感心をした。

 

テーブルに全員の顔があるのを無言で確かめるような仕草の後、光明さんはゆっくりと口を開く。


「それでは・・・。いつものように挙手で行こうか。一番目に話したい人・・・いるかな? あ、もちろん高校生の諸君は除外だ。だが、良い話があればしてくれてもいいんだよ」


 俺達三人は胸の前でぶんぶんと手を振った。大体俺は話を用意してくるどころか、今日、ミス研の集まりだと聞いたばかりだ。彼らを満足させる話を急に出してこられるほど俺は引き出しが多くは無い。


「ふふふ・・・。いい話を持っていても、一番目はなかなか話しにくいもんだ。場の雰囲気が馴染んでからのほうがいいよね。それじゃ、僕から話そうかな・・・」



 光明さんはこの夏休みを利用して一人で調べてきた、新潟、佐渡島に伝わる伝説を自分の解釈と、実際見つけた根拠を並べて謎めかしく話し出した。少し、わざと面白くするためか、怖がらせるためか、誇張した表現や突飛な発想を織り交ぜて話を進める。

 

次に話を始めたのは三年の重元さんだ。彼女も、想像や推測で補完しながら話をする。伝説だから不完全なのは当たり前だ。彼女も上級生というだけあって、話のコツを掴んでいる。時折、メガネを光らせるように下から見上げたり、細身の体を震わしたり、長めの黒髪を利用したりと、おとなしく感じた彼女の第一印象とは違うものだった。女優肌とでも言うのだろう。


 俺は単純な怪談話とは違い、その土地の文化に根源を持つような話に非常に興味を持った。先輩達の解釈の角度はさまざまだが、そう言う可能性も否定できない。段々と、自分でもそこへ行って調べてみて、解釈を付け加えたいような衝動に捉えられてくる。


 そんな俺だったので、今度は部屋の空気が変わり始めた瞬間に気がつかなかった。今、話は陣内さんがしているのだが、どうも先輩達の様子がおかしい。そわそわと視線を動かしている。


俺は、その空気の中心に矢野さんがいることに気がついた。先輩達の視線は、テーブルの俺や柚子が座っている側の一番右端にいる矢野さんをチラチラ見ているようだった。


俺は、少し前かがみになって矢野さんの様子を目の端で見てみた。明るく良く喋る彼女は、どうしてかうつむいて落ち着きが無い感じだ。そして、その緊張がピークに達したかと思う時に、話の途中だと言うのに矢野さんは立ち上がった。


「ご・・・ごめん・・・、明菜。ちょっと・・・私気分が・・・」


「は・・・はい」


 矢野さんは、今話をしている陣内さんに断って食堂を出て行こうとする。顔は真っ青だ。


「はは・・・。今日は移動があったし、昼間あれだけ遊んだから疲れたかな。それじゃ、陣内君には悪いが、いったん場所を変えよう。ロビーのソファーへ行こうか。矢野君も落ち着いたら来てくれ」


「う・・・うん」


 静まってしまいそうになった場だったが、光明さんが絶妙のタイミングで移動を口に出す。これで話し手の陣内さんも、聞き手の俺たちも百物語の続きをやりやすい。


「あっ! じゃあお菓子もって来ていいっすか?」


 信也が遠慮なく聞く。しかし、俺も何かを口にしたい気分になっていた。時計を見ると、19時45分だった。


「もちろんいいよ。それじゃ、飲み物も用意しようかな」


 腰を上げた光明さんに続き、大野さんが慌てたように椅子から立ち上がった。


「あっ! 光明さん、俺が取ってきますよ! ペットボトルとコップ。まかせてください」


「じゃあ、大野君頼むよ。ありがとう」


「あ、そんな、じゃあ俺が」


 年下である俺が飲み物を取りに行く事を申し出ると、大野さんは「いいって」と言いながら笑顔で俺の肩をバシバシと叩くと厨房へ消えた。


俺たちは食堂の扉を開けて出る。目の前はすぐロビーだ。ロビーからは各自の部屋の扉が全て見渡せる構造になっている。つまり、全部屋のドアはロビーに面して取り付けてあるのだ。


ソファーはロビー中央。俺ももちろんお菓子を取りに部屋へ戻る。気分が悪くなった矢野さんは真っ先に部屋へと消え、俺と柚子、信也が二階への階段を上がっている間に一階の部屋の先輩達は自分の部屋へ入った。


一階は丁度俺たちの真下に三人の三年達の部屋がそれぞれある。そして、ロビーを挟んで反対側、館の入り口から見ると右側の一階は三人の二年生と、一年生である箕輪先輩の部屋だ。その上の二階は全て空き部屋となっている。


ひとりで暮らす屋敷としては、あまりにも広すぎる館だ。


「柚子、なかなか民俗学ってのも面白いな。まあ・・・先輩達が話し上手ってとこもあるかもだけど」


 俺は柚子の部屋へ一緒に入る。昼間買ったお菓子は全てこちらに置いている。スナック菓子やコーラを主食にしても生きていけそうな柚子が、晩おなかを減らした時にすぐに食べられるようにだ。


「うん、一つだけ変わった話があったよね!」

「一つだけ・・・?」


 俺には全て珍しい話に聞こえた。奇妙な儀式やら伝説やら・・・。ひょっとして柚子は・・・。


「お前、知っている話ばかりだったって事か?」


「ううん。違うよ。全然知らない話ばかりだった。でも一つだけ仲間はずれの話があったんだよ」


「仲間・・・はずれ・・・? ・・・それは・・」


[ガシャーン]


「ぴゃぁ!」


 突然の風変わりな音に驚いた柚子は俺に抱き付いてきた。なんだ今のは・・・。それほど遠くない場所で何かが割れたような・・・。


皿・・・・ではない。ガラスのような・・・。



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