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金眼の探偵  作者: 音哉
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九卦島殺人事件 「消失」1


 午後4時。水温は冷たかったが、ゴミも無く、打ち上げられたような海草もない綺麗な海を堪能した俺達はホテルへ帰ってきた。


俺は朝のオレンジアイスの恨みを忘れる事無く、信也の背中に日焼け止めクリームで書いた『バカ』の文字がくっきり現れてくる2・3日後が非常に楽しみであった。


 少し早く帰ってきていた部長の光明さんがすでに部屋の割り当てを終わらしており、俺達は紙に書かれた部屋へ向かう。


俺と柚子、そして信也は二階左側の3つ並んだ部屋をそれぞれ使う。普通のホテルのように部屋ごとの風呂は無く、一階の二つの風呂場を男女分かれて使うこととなった。


風呂は屋敷を入り口から見て右側と左側にあり、人もそれほど多くは無いので、大した混雑も無く、俺は信也と共に入った。風呂から出ると大体午後6時になっており、ホテルのどこからかいい匂いが漂ってきていた。


「昼、大したもの食べなかったから腹ペコだよなぁ」


「お前のおかげで、その大した物も俺は食べ損ねるところだったけどな・・・」


「すまんすまん」と謝る信也に俺は笑顔で「もういいんだよ」と伝える。なんせ3日後にはお前の背中にすばらしいアートが現れるんだからな。


 先輩方にこの後は晩御飯だと聞いていたので、俺達はまっすぐ一階にある食堂に向かい、その扉を開けた。中には王族だか貴族だかが食事をする風景に良く現れる長方形のテーブルがあった。先輩方も今来たところのようで、まさに椅子に座ろうとしている。


「席は自由だから」


 そう言って角の席に座る光明先輩。それに続き、『ある席』に向かおうとする信也の肩を俺はがっちりと掴んだ。


「バカかお前。その正面の席は王様の席だ。一番偉い人、日本で言うなら上座ってやつだ。先輩方を差し置いて本気か?」


「でもなんか俺あそこがいい」


 と、口では言いながらもさすがに信也も下手(しもて)に回る。俺は先輩達が集まってきて大体座ったのを確認し、上座から一番遠いであろう席に座った。信也も向かいの同じような位置に座る。柚子も食堂に来ると俺の隣に腰掛けた。


 俺達の前に次々と料理が運ばれてくる。配膳をしてくれるのは知らないおばさん達。おそらく、料理を作ってくれたのもこの人たちで、島の住人なのであろう。島の人は昼間見たおばあさんしか知らなかったので、人懐っこそうなおばさん達の笑顔を見ると正直ほっとした。ここでやっと、あの村は廃墟では無かったと確信できる。


 このホテルと言うか、館は、貸しコテージのような物らしい。厨房を勝手に使って料理を自分たちで作っても構わないが、事前に別料金を払って予約をしていれば、このように島の料理を振舞ってくれると言うことだ。


洋館に、近海物の和風魚料理などとは違和感がおおいにあるが、かなりお年を召したこの方達に洋食を作れというのは無理があるだろう。それに、やはり海のそばなのだから、刺身や新鮮な魚料理の方が俺個人としてもうれしい。これで二泊三日、込みこみで一万円と言うのは非常にリーズナブルだ。


 配膳が終了する前には全員席に着いた。さすが大学生。俺たち高校生ならこのくらいの人数でも必ず遅れてくる奴がいる。特に、今回は俺と一緒に風呂に入ったから良かったが、信也のヤローはもちろんそういう部類のボス格だ。


「まあ、とにかく冷めないうちにいただこう」


 光明さんの後に、みんな「いただきます」と続く。俺は和食には詳しく無いが、海草をゴマであえたものや、風変わりな味噌汁はかなり美味しいと思った。島のそばで取れたのだろう白身魚の刺身は、生ものはそれほど好きでは無い俺も気に入った。スーパーのとはまるで鮮度が違う。このくらいの魚を用意してくれたら、俺も寿司屋で肩身の狭い思いをしなくてもすむのだが・・・。


「直クン、おいしいね!」

 

好きなものから食べてしまうタイプの柚子はすでに刺身を平らげてしまったようだ。俺はそれを見て、自分の皿から刺身を足してあげる。柚子は頬を赤らめながら俺に礼を言ってくる。


「なんだよ。直樹、それ嫌いなのか? じゃあ俺がもらって・・いぎゃぁ!」


 かなり幅のあるテーブルだというのに、向かいの席から身を乗り出して俺の皿に手を伸ばしてきた信也の手を、箸でぶっすりと刺してやった。フォークならもっと良かったのに。つくづく運のいい奴だ。


 手の甲に「フーフー」と息を吹きかけている信也を俺は笑った。そして、周りを見回す。


さすがに王様の席に座る人はいなかったらしく、その王へ向かって左側の席に光明さんが座っている。確かそこは一番えらい人の次に地位のある人が座る場所だったはずで、部長の彼が座るのは妥当である。


その向かい、三位の席に座ったのが三年の矢野留美さんだ。昼間のとは違うが、やはりキャミソール一枚で、おそらくその自慢であろう胸を強調している。


その斜め前、光明さんの隣に座っているのが三年の重元綾香さん。あまり口数が多いタイプではないらしく、これまでほとんど話が出来なかった。黒髪を後ろで束ねて、メガネをかけているという文学タイプだ。外見で、一番ミス研らしいのはこの人だろう。


その向かい、もうここまで来ると順位など考えている人はいないだろうけど、座っているのは二年の 桑原俊之さん。なんて言うか、スカしたいうか、チャらチャラしたと言うか、俺の苦手な人種だ。おそらく柚子もこの人は嫌いなタイプだろう。茶髪のパーマにピアス。そして、瞳の奥で何かをたくらんでそうな男だ。まあ偏見だが。


次に座っているのが二年の大野仁さん。短髪でガタイも良く、どうみてもスポーツマン。昼間の約束どおり、風呂に入る前に蚊取り線香をたっぷりと俺に渡しに来てくれた、かなり気さくで社交的な人だ。


その正面に座るのが二年の陣内朋菜さん。船に乗ったとき、俺達が一番最初に話をした人だ。色白で細く、この館で不意に出会えば信也なら失神してしまうかもしれない儚げな女性だ。しかし、見た目はそうでも明るく社交的な人である。


先輩達の最後尾、王様に向かって左側、光明先輩側の一番端の下座に座っているのが一年の箕輪日向先輩。その横に座っている信也のハイテンションからもお分かりの通り、俺達の学校を今年の春卒業した信也お気に入りだった先輩だ。髪の毛は長いが、暗い印象は微塵も無く、活発な様子の美人だと俺も思う。


その二人の向かいには俺と柚子が座っている。総勢10人。大学生7人と高校生3人だ。もちろん、この旅行の間中は俺達も大学生と言うことで宿泊料金等の割引を受ける事になっている。まあ民俗学の研究のための島のご好意割引と言うことで、俺達もそれに協力すれば問題ないだろう。



「それでは・・・。楽しい食事中だと思うが・・・・この島の『いわく』について話をしようか・・・」


 食事が始まって10分ほど経った頃だろうか。部長の光明さんが周りを見ながら・・・、いや、高校生の俺達三人を見ながら、静かな落ち着いた口調で言った。他の先輩達は、「食事中に悪趣味」と言わんばかりに、ニヤニヤしている。


「大学生の諸君も漠然としか聞いてないだろ? ・・・この島で過去にあったことを細かく話をするので・・・」


「ちびるなよ! ・・・って部長はおっしゃってる!」


 その大野さんの言葉にみんなだけじゃなく、光明さんも笑っている。


「まあこれは・・・前座みたいな物だからね。本命は後に行う、民俗学風『百物語』の方だから、まあ軽く聞いてくれれば・・・」


 そこで光明さんは目を光らせた。どうも『前座』で終わらす気は無いようだ。


「昔・・・この島で、人が連続して殺される事があったらしい。明治の初めの頃の話らしいんだが」


「・・・連続殺人?」


 隣の重元さんがメガネを上げながら尋ねると、光明さんはゆっくりと首を捻りながら言った。


「連続・・・さつ・・じん・・・では無い」


「どうして? 人が死んだんでしょ?」


 正面にいる矢野さんが不思議そうな顔をしている。


「確かに人が何人も死んだ。だが、『殺人』って言葉はおかしいと思う」


「人が殺されて死んだのに・・・殺人じゃない? ・・・って・・・? なんすかそれ?」


 桑原さんが箸を止め、左手でパーマがかかっている前髪をかきあげながら眉をひそめている。


「殺人の定義は、殺されたのが『人』だと言うとき、それと、もう一つあるのがわかるかい?」


「えー・・・」


 全員が食事を一時中断して考え込んでいる。しかし、その中で俺は柚子の皿に刺身を一切れまた乗せてあげる。柚子は頭を左右に振りながら美味しそうにそれを食べる。抱きしめて髪をぐしゃぐしゃと撫でてみたいなと考えている俺に、光明さんは話しかけてきた。


「おやっ? ・・・ひょっとして直樹君は分かったのかな?」


「えっ? ・・・あっ、殺人の方ですか。殺したのも『人』だって時ですよね?」


「おっ・・・。その通り!」


 光明さん一人が拍手をする。その周りで先輩方は首を捻っている。


「直樹君の言うとおりだ。殺人とは、人が人を殺したときに使う言葉。例えば、熊が人を襲って殺してしまった時は・・・殺人とは言わないよね?」


「あー・・・・」


 みんな納得して首を縦に振っている。信也はひときわ遅れてから首を折れんばかりに振り始めた。


「あっ・・・その犯人が・・・。もしかして・・・・」


 矢野さんがそう言うと、先輩達は目を合わせて頷いている。なるほど。ここで先ほど矢野さんが言いかけたドラキュラの登場ってわけか。


・・・ん、いや、待てよ。


「きゅう・・・けつ鬼?」


 俺がその言葉を口に出すと、先輩方は俺を見た。


「そ・・・そう。あれ? 誰か教えたのかな? ・・・まあいいや。その伝説がこの島の今の名前の元になったそうだ」


そうか、情報は最初から目の前にあったのか。この島の名前は『九卦島』と書いて『くけじま』。しかし、『きゅうけじま』と、吸血鬼を思わすような名前にも読める。

 

光明さんの話はこうだった。

 

     ※     ※     ※     ※



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