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金眼の探偵  作者: 音哉
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九卦島殺人事件 「到着」2



 テストも終わり、終業式も終え、信也に対する先生からの呼び出し補習も終わった7月末、俺と柚子は横浜のとある港にカバンを抱えて立っていた。


「暑いな・・・」

「暑いね・・・」


 上から日差しは凄まじい勢いで照りつけてくる。そして、下からはフライパンの上を思わすような熱気が放出されてくる。

屋根も無いここを待ち合わせ場所に指定した信也に、俺はものの3分で殺意を覚えた。


「ちょっと入れてくれ」

 

俺は外聞など気にせず、柚子の日傘に頭を突っ込む。上からの殺人的な太陽光をカットしただけでもかなり涼しく感じた。


「顔赤いな。カフェにでも入ろうか」


 柚子の顔は赤く火照っているように見えた。俺は周りを見回すと、カフェのような店は見当たらなかったが、アイスクリームと書かれた張り紙を見せる売店が見えた。俺は柚子の手を引き、売店に向かう。


その途中、腕時計を見ると時間は午前8時。この時間にしてこの暑さとは・・・今年も猛暑間違いなしって事か・・・。いや、それにしても、信也だ。俺はかなり時間に正確だ。柚子も天然に見えて時間はしっかりと守る、・・・大きなトラブルを起こさない限りだが。


ところが、あの信也と言う男はおそらくコンピューターをもってしても何時来るのか予想が付かない男だ。おまけにたまに早く来ると、鬼の首を取ったように俺が遅いと騒ぎたてるからたちが悪い。・・・俺は一度も遅れてきたことは無いと言うのに。


「おばちゃん、みかんアイスと・・・・柚子は?・・・、ぶどうアイスくださいな」


 柚子が指差している味を確認すると、俺は二つのアイスを年配の店員に注文した。みかん、ぶどう、りんごと、かなり絞られた種類と昭和を感じさせる張り紙だったが、出てきたアイスは美味しそうだった。


「おいしいー。直クンこれすっごく美味しいよ!」


 一口かじって幸せそうに目を細める柚子を見ながらお金を支払い、俺も自分のアイスに目を向ける。しかし、俺が瞬きをした短い時間の間に俺のオレンジ色のアイスは消え、コーンだけとなっていた。


「いててててて・・・・・」


 歯軋りをしながら俺は声のする方へ視線を下ろすと、左右のこめかみを押さえてうずくまるモンゴル風味の日本人がいた。


「てめえ・・・信也・・・」

「ゴチっ!」


 信也は顔を上げ、敬礼をする。俺は弁髪を掴み、振り回した挙句、すぐそこに見える海に叩き込んでやろうかと思ったが、残念ながら信也は弁髪ではなく掴めそうもない短髪だった。運のいい奴だ。


「お前、この暑い中、俺たちを待たせて殺す気かよ?」


「メンゴって! 俺にもいろいろ用意が。ほら! あちらっ!」


 信也がサッと手を広げた向こうに、俺達に向かって手を振るグループがいた。手にはやや大きめのカバンを持ち、これから旅行にでも行こうかというスタイルだ。


「え? お前の知り合いって・・・あの人達?」


 俺と柚子は信也の紹介で格安のツアーへ行けるということで、夏休みの今日、船に乗るためにここに来た。


信也の予定していた旅行へ便乗させてもらうという事らしく、知り合いも来るとは聞いていたのだが・・・。


「あれって・・・大学生じゃないか?」


 どうも手を振っている人達は同世代と言うより、若干上に見える。


「そう、あの髪の長い女の人が去年卒業したクラブの部長でさ、他の人は部長が大学へ行って入ったサークルの人達。安く旅行にいけるってのは、大学の割引。そういう、つてを使わせてもらうからってわけよ!」


「ふーん・・・。じゃあ俺達も旅行中は大学生って事になるわけだな?」


「その通り! 直樹はさすが察しがいいな! ・・・『あっち』方面も察しよく頼むぜ! なんせ綺麗なお姉さま方がいらっしゃるからなっ!」


 信也は俺に向かっていやらしい笑いをすると、大学生の方々へ向かって両手を振って歩いていく。


「ま、何だっていっか。俺達も行こうぜ、柚子」


 やや人見知りをする柚子の背中をポンと叩くと、俺達も信也の後を付いていく。



 出向した港が小さく霞んで消えていく。俺と柚子は想像していたものより小型だったフェリーの後部から海を眺めていた。


船旅は2時間ほどあるとの事なので、俺達は軽い顔合わせの後、それぞれ船の好きな位置から海を眺めている。本格的な自己紹介のような物はどうせ宿についてからになるのだ。


「あれほど暑かったのに、海の上に来るとそれほどでも無いよね」


 俺と柚子が話しかけられて振り返ると、長い髪を風になびかせて立つ、色白で細い女の人が立っていた。


「あ、どうも。・・・えっと、陣内さんでしたね。2年生の」


「もう名前覚えてくれたんだ?」


「いや・・・まあ、お綺麗な人なんで・・・」


「あは! ありがとう」


 陣内さんは俺のあからさまな社交辞令に白い歯を見せて笑顔を返した。それが分からない柚子は爪を立てて陣内さんからは見えないように俺の背中を猫のようにカリカリと引っかいてくる。


「直樹君と、そちらは柚子ちゃんね。よろしくね」


「そちらこそ覚えてくれているじゃないですか」


「だって、信也君は前から日向(ひなた)から聞いていたし、今回私が覚えるのは二人だけだからね。それに、柚子ちゃんって名前かわいいからすぐに覚えちゃった」


 陣内さんに見つめられると、柚子は顔を赤らめてもじもじと俺の後ろに隠れてしまう。


「あ、すみません。柚子は人見知りするから。そのうち慣れると思いますんで。日向さんって信也の先輩の箕輪さんでしたよね」


「そう、箕輪日向。今年うちのサークルに入った期待の新人なんだから」


 陣内さんが振り返ると、その先に顔を赤らめながら箕輪先輩と話をしている信也がいた。この距離でも奴の声が上ずっているのが聞こえて来る気がする。


「あいつは去年、綺麗って評判の箕輪先輩がいるってだけで文学部に入ったらしいですから・・・。その時の先輩後輩ってさっき聞きました。あ! これ言っちゃダメだったんだ!」


「あは、そうだったんだ。・・・でも直樹君、わざと言ったでしょ?」


「わかります?」


「わかるよ!」


 俺と陣内さんは声を合わせて笑う。柚子はいつの間にか引っかくのを止めて俺の背中に噛み付いていた。


「あ、ごめんね、彼氏取っちゃって。柚子ちゃんもしばらく仲良くしようね?」


 陣内さんは俺の後ろを覗き込むようにして言った。柚子は俺の背中から顔を離してぎこちなく笑顔を見せているようだ。


「彼氏じゃないですよ、一応。・・・幼なじみってだけで・・・」


 毎度の事ながら俺が訂正すると、


「えっ! そうなの? 柚子ちゃん」


 陣内さんは大げさに驚いた振りをしながら柚子に言った。柚子は何やら口をもがもがとしながら小さく首を縦に振る。


「それじゃあ、私が旅行中に直樹君と仲良くなっちゃおうかな?」


「な・・・直クンは・・・まだ高校生だから・・・早いと思いますです・・・」


 途切れ途切れで話す柚子を陣内さんは妹を見るような目で見ている。


「高校生は早くないよ。十分だと思うよ、柚子ちゃん」


 陣内さんは優しく笑うと、「また後でね」と言って歩いていった。


「・・・いい人そうだな?」

「・・・敵ダ」


 柚子は何やら陣内さんの後姿を見ながらウーウーとうなっている。


柚子は国語の問題は得意なんだが、皮肉や社交辞令みたいな裏に隠された気持ちや思いやりについては鈍感なんだよな・・・。

 

その後、俺達はまた今回のメンバーの人から話しかけられたり、逆に話しかけてみたりして全員と軽く話を終えた頃に、船は港へ到着した。



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