俺と柚子1
2011年6月作の小説です。
その人は金色の瞳を輝かせて俺を見ていた。
しかし、俺はそれが気味悪いなんて少しも思わない。
心の奥底まで届くかのような金の光。
それは、日光のようにいつも暖かであった。
「直樹・・・、直樹!」
「・・・・ん?」
隣の席の信也が俺の顔を見ながら自分の机をシャーペンで叩いている。
何のアピールだ? マリンバでも演奏している気分になっているのか?
俺の視線に気がついた信也は黒板を指差した。
「戸田・・・。戸田直樹!」
ああ・・、そうだった。今はこの間の中間テストを返却している時間だった。
・・・俺としたことが奴の顔がモンゴル系だからって、先入観で民族楽器を演奏しているモンゴリアン信也を想像してしまっていた。・・・まあわざとだけど。
俺はゆっくりと腰を上げて答案を配っている教師の元へ歩く。先生はそんな俺を見ても不快な顔をするわけでもなく、そして俺が答案を受け取ると表情を緩めた。
「今回は残念だったな。次回はミスなく頑張ってくれよ」
俺は愛想笑いを返すと、席に戻りテストを四つ折にしながら座る。さらに八つ折、十六折にして先生が見ていないのを見計らって後ろのゴミ箱に投げ捨てた。
「また捨てるのかよ? なあ、これもらって俺の名前に書き直しても良いか?」
「好きにしろよ。どうせ通知表見せるときに親にばれるぞ」
「そのときは、その時! ・・・あれ?」
信也は五㎝四方に折りたたまれた紙を拾い上げて丁寧に広げると、少し驚いた顔をして俺の顔を見た。
「珍しいな・・・。98点?」
「ケアレスミスだ」
「直樹も人間って事だな」
信也は何やら嬉しそうに笑うと、俺の名前を消しゴムで消してそこに自分の名前を書きこんでいる。
そんな信也から視線を移し、窓際に座っている少女を俺はいつものように眺める。その子は、今返却されたテスト、その試験が行われている時のように外にいる雀の数を丁寧に数えている。指差しながら数えていると思ったら、首をかしげてまた数えなおす。その動作をなぜか延々と繰り返している。
俺もあのときのようにそれに見入ってしまい、一人で笑っていた。
「君代。・・・君代柚子!」
もちろんその少女は自分の名前が呼ばれても鳥の数をまた数えなおしている。そして、ここからが俺と違う。後ろの席の女子に背中を叩かれても、気がつきもせずにまだ外を見ながら小首をかしげているのだ。
俺が声を出して教えてあげるには席が遠すぎる。携帯にメールでも送ってやろうと思ったが、さすに慣れた教師も少女の席の横まで歩いてきて、苦笑いと共にその机に答案を置いた。
その時になりようやく先生に気がついた少女は、肩で切りそろえられた黒髪をなびかせて振り返り、その大きな瞳を向けた。
「・・・もうちょっと頑張ってくれよ」
そう言った教師の表情は、本当に勉強が苦手な子に向けられる物ではなく、やれば出来るのにどうしてやらないんだ、と言うような顔に見えた。
少女は答案を見て「あっ」と口を開けたかと思うと、俺の顔を見て照れ笑いを浮かべた。
[キーンコーンカーンコーン]
匠の仕事か、授業が終わるチャイムと同時に全ての生徒にテストを返却すると、先生は教室から出て行った。
俺は机の上にあるものを乱雑にカバンに詰めると、その目の大きな少女の下へ行く。
「柚子、帰るぞ」
少女は目を嬉しそうに輝かせて俺を見上げた。答案をしまおうとしているのを、俺は手をその上に置くことで制してそれを見る。
「答案の半分が埋まっていて、点は50点。間違いは無し。ある意味満点だな」
「だって全部直クンが教えてくれた問題だもん」
「しかし、テストを半分やっただけで飽きて止めるんじゃねーぞ」
「飽きたんじゃないよぅ。・・・どうして半分しか書かなかったのかなぁ・・・」
「お前が雀を数えていたからだ」
少女は不思議そうな顔をしてじっと俺の顔を見上げている。
俺はいつものように少女の教科書や筆箱を彼女のカバンに詰めた。
「行くぞ。今日はSEVEN DAYSのアイスを食べに行く日だ」
カバンを二つ持った俺は教室の扉へ向かって二歩、三歩歩いたところで振り返る。
少女は足を止めて教室の床の模様をまるで初めて見るかのように眺めている。俺は少女の手を引くと廊下に向かって歩く。
そんな様子を見ていた何人かの生徒は、呆れたような顔、微笑ましく見ている顔、ひやかすような顔、実にさまざまだ。・・・いつもの事だが。
柚子は天然100%だが、先ほどのテストからもわかるようにかなり優秀だ。成績はおそらく俺に次いでクラス2番目・・・くらいの能力がある。
・・・残念ながら集中力の無さでなかなか力を発揮出来ないでいるが。
しかし、口下手で人見知りも激しく、なかなか友達が出来なくもある。それに加え、常識を逸するほどの天然ぶりも相まって、・・・あまり親しい女子がいない。
身長は155cmで女子としては少し小さく痩せ型・・・と、まあ、スタイルも悪くは無く、顔もかわいいと思うのだが・・・、いつも少しおどおどした様子から、男子からもあまり受けが良くない。
俺達は高等部から大学部に入り、その駐車場に内緒で止めてある大型スクーターにまたがる。
「柚子、だからスカートはお尻の下に挟むんだよ。じゃなきゃパンツ丸見えになるだろ?」
一生懸命座りなおす少女の頭にヘルメットをかぶせた。
「帰るぞ。しっかり捕まれよ。しっかりとだ!」
俺はバイクのエンジンをかけた。少女は力いっぱい俺にしがみつき、俺はその体のぬくもりを感じながらアクセルを回した。
「アイス! アイスぅ!」
「チョコクッキーだろ?」
「うん!」
「ほら! 手が緩んでいる!」
バイクは門を抜け、道路を街に向け走った。