08.5 知ろうとしないと見えないもの
8と9の幕間で、篠原愛美視点の話です。
私は篠原愛美。高校一年生。
高校入学したてて気になる人ができた。蒼井隼人くん――顔もいいけど、明るくて誰とも気軽に話ができて、たまたま好きなアーティストが同じだったことから、他の子より少しだけ話をするのが多くなるようになった。
同じ中学出身の友だち、恵理は私の気持ちに気づいたのか、協力してくれた。恵理はさっぱりとした性格で、男友達も多い。だから私を引っ張って、蒼井くんたちに話しかけてくれた。すごく嬉しかった。
でも、普通に話をするというそんな些細なことでも嬉しくなる気持ちは、ずっと休学していた相沢花梨が出てきたことで終わった。
はじめて見たとき、あ、嫌だなって思った。だって彼女はかわいいというより綺麗といえる顔立ちに、高校一年生とは思えない落ち着きを持っていて、教室にいるだけでも存在感があった。
賑やかに話をして人を惹きつける蒼井くんとは別の存在感。一人でも大丈夫なしっかりとした“自分”というものを持っている人。
無口な相沢さんを蒼井くんは心配して、よく声をかけていた。「花梨ちゃん」って。
そのたびに嫌な気持ちになって、気づくと嫌味を言ったりしていた。しまった、と思っても、口に出した言葉は消えず、きっと相沢さんを傷つけていたと思う。
でも相沢さんは一瞬表情を変えた後、すぐに気にしてないような風で嫌味を流してしまう。それが余裕に感じさせて、また相沢さんに対して理不尽な気持ちを抱く。
それが元の世界での日常で、はっきりいって私は相沢さんが苦手だった。
***
相沢さんが出ていった後、蒼井くんと恵理がブツブツと文句を言っていた。
私はといえば、面と向かってケンカを売ってくる相沢さんに何も言えず、ただ黙って成り行きを見ているだけだった。
私は、相沢さんの考えていることは理解できないと思ってた。
でも理解できる一面を、今日少しだけ知った気がした。一日けが人の治療をしていた私には、彼女の心配もなんとなく理解してしまった。
複雑な心境のまま夕食を終えて、恵理と一緒に部屋に戻った。
恵理と私は仲がいいから相部屋になった。蒼井くんと大野くんも相部屋。相沢さんだけが一人の部屋。私たちの関係がギクシャクしていることからの配慮から――らしい。
最初は安心したけど、知らない世界でただ一人で過ごす世界は、相沢さんにどういう気持ちにさせるんだろう。一人でいるのなら、私たちとの関係も改善なんかされないのに……複雑な気持ちで窓の外を見ていると、恵理がベッドにぼすんと座って。
「まったくムカつくよね。そう思わない? 愛美」
「相沢さんのこと?」
「そうよ、相沢さん! 自分が中途半端だからって、蒼井にケンカ売ってばかり。愛美だってあの子のこと、嫌ってたよね。ムカつかなかった?」
ベッドに寝転がって仰向けになりながら大声で文句を言う恵理。
そりゃ私だってここに来るまで、相沢さんに嫌味言った。蒼井くんが構うから。焼いて、馬鹿みたいに。
でも、ここにきて、蒼井くんが声をかけてたのは、ただ単にクラスに馴染めない相沢さんに対して気遣っているだけだって分かった。ここに来てからは、相沢さんのことを「花梨ちゃん」と名前で呼ばないで、「相沢」と呼んでいる。
蒼井くんにしたら、前は馴染めない相沢さんに気軽に話をすることで、仲良くしようとしていたんだ。そしてこっちではみんなと同じように苗字で呼んで、仲間として接してる。
それにケンカを売るような言い方をする相沢さんには、女の子に対して接するような態度じゃなかったし。
相沢さんのほうはどう思っているのかよく分からないけど、本当に嫌だったら私たちから離れると思う。一人でもいられる人だもの。
でも険悪な雰囲気を作っても一緒にいるってのは、本当に心配しているからじゃないのかな――そう思ったら、私は相沢さんに対して、前のような文句とか嫌味を言う気にはなれなかった。
できれば多少の協調性は持ってほしいとは思うけど。
「聞いてる? 愛美」
「聞いてるよ、恵理。私は――」
「分かってるって、愛美はあの子のこと嫌ってたもんね。でもあれだけ言われれば、口を挟めるスキってもんがないわ。蒼井くんは頑張って文句言ったけどさ」
あー、明日が楽しみ。きっと蒼井にコテンパにされるよ、と恵理は笑う。
「恵理……私は、別に怒ってないよ」
「……え?」
「相沢さんの言うことも一理あると思うから」
「なに言ってんの?」
とたんに気に入らなさそうな顔をする恵理。
そうだよね。ここへ来るまで、私のほうが相沢さんのことを嫌ってて、恵理のほうが宥めるほうだった。
なのに、あんな台詞を聞いたのに、怒ってないという私に、恵理が変に思ってもおかしくはないと思う。
「あのね、私、今日一日救護室にいたじゃない?」
「そりゃ知ってるよ」
「うん、そのときね……怪我するってホントに怖いなって思ったんだ。怪我っていっても、消毒して絆創膏貼ってればいいって怪我じゃないよ?」
もっと大きな怪我だよ、と念押しして。
「ここじゃ、身を守るために剣とかで稽古してるみたいなんだけど、弱いといじめじゃないけど、的にされるんだって」
「……は?」
恵理の顔が少し歪んだ。
でも、救護室で同じように手当てをしている人と話をしながらしてたから、ある程度私なりに入った情報ってものがある。
聞いて怖いと思ったのが、魔王が現れたことを恐れて力をつけなきゃって思うものの、すぐにそれが身につくわけじゃない。だから弱い人を相手にして勝って、強くなったって思い込もうとしている人が多いんだって。
だから救護室に来る人は自然と決まる。弱い人は何度も来る。たまに戻りたくないと騒ぐ人もいるって、苦い顔をしながら救護室にいたおじさんが教えてくれた。
そのことを恵理にも説明したら、恵理の表情はさっきより複雑になった。
「だから、相沢さんの言うこと全部に共感はできないけど、怪我をしたくないから自分ができる範囲であれこれ考えているんじゃないかなって思ったの。剣の稽古とかしなくていいなら、他にすることといったらやっぱり情報収集じゃないのかなって」
ここまで言うと、恵理はしかめっ面をしながらも反論はしなかった。
「相沢さん……たぶん、転ばぬ先の杖って感じなんじゃないのかな? やる気になっている蒼井くんにしたら鬱陶しいって思うんだろうけど」
怪我が治って出てきた相沢さんを見たとき、同じ高校一年生なのに、どうして大人びて見えるんだろうって思った。
それは怪我の痛みに耐えて、そして大変なリハビリをして――そんな経験をしたんだと思う。その経験が、相沢さんを一人でいられる強さにしているのかもしれない。
それに相沢さんが言ったように、この世界のためにがんばる必要なんてどこにもない。でも、そんなこと、私だったら言えない。反感を買ったら怖いから。役に立たないと思っても、ケンカを売るようなことをしたら、どんな扱いされるか分からないもの。
でも相沢さんはそれをした。
したのに、みんなと離れないで別の方向から情報を集めたりしているのは、みんなが気にしないことまで考えて、何かあったときにすぐに対処できるようにしようとしているから……? そう思うと、相沢さんってすごいって思った。
「どうかなあ。どちらにしろ、それならもう少しやり方ってのを考えて欲しいよ」
恵理は稽古中のやり取りも見ているせいか、相沢さんはやる気なしと思っているみたい。代わりに――
「蒼井くんはやる気になったよね」
「そりゃ、あれだけ言われればなるって」
相沢さんに対して反感を持って怒っている恵理。その気持ちが分からないわけじゃない。
でも、相沢さんの気持ちが理解できるわけじゃないけど、救護室に一日いて、怪我をするってことを知って少しだけ見方が変わったのは確か。
「とりあえず問題は明日だよね」
「まあ、蒼井が勝つでしょ。そうすれば相沢さんも考えを改めるんじゃない」
「そうかな」
「そうあってほしいねー。私は相沢さんのことよく知らないけど、相当性格悪いんじゃない? ホント、相沢さん一人のせいですごく険悪だし。でも蒼井に負けたら言うこと聞くしかないんじゃない?」
知らないなら、少しは知ろうとする気持ちも必要だよ、と言いかけてやめた。そういった気持ちは、自分から気づかないと意味ないから。
できるならみんなと仲良くやっていきたいんだけどな――と思う中に、相沢さんも入っていることに気づいた。
ここに来て、少しだけ相沢さんの見方が変わっていたんだ。
今まで影の薄かった愛美一人称の話です。
主人公の花梨以外では、彼女の一人称が少しずつ入る予定。