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08 不協和音

 夕食にはギリギリ間に合った。一番ビリだったけど、ずっと書庫にいて時間を忘れたということで通したら、それ以上言われなかった。

 夕食は召喚された五人にディリアさんの六人で食べる。そのときにこの世界の話を少しずつ聞くのだ。あまり人が多いと疲れるだろうという配慮から。

 けど、今日はその席にレーレンとヴァイスさんがいた。

 レーレンは私を見ると軽い笑みを浮かべる。人懐こそうな彼の笑みは、人の心に入りやすいだろう。異性として意識するというより、警戒心が薄れるんだよね。

 席に座ると、ディリアさんが口を開いた。


「明後日出立の旅に同行してくれる、ヴァイスさんと道案内のレーレンさんです。ヴァイスさんのことは皆さんもご存知ですよね?」


 そりゃそうでしょ。剣の手ほどきされてるんだから。説明しているディリアさんに蒼井くんたちは素直に頷いた。

 レーレンのことは知らないのか、「はじめまして」と挨拶している。


「ヴァイスさんはハヤト様たちの指南と、魔王討伐の手伝いのため、レーレンさんはあちこち旅をする商人なので、道案内にと頼みました。それと、私を入れて八人での旅になります」


 うん、はっきり言う。しょぼい。

 魔族でさえ手を焼くのに、魔王討伐だよ。それなのにたった八人。しかも、そのうち半分は戦力にならない後方支援。これでどうやって魔王のいる居城まで行くというのか。

 大群率いてってのも嫌だけど、これはこれでどうかと思う。

 とにかくこの人数で、なるべく死人が出ないように気をつけなければならないわけだ。

 そうなるとやっぱり情報なんだろうな。とりあえず魔族相手は最低限にとどめて、被害の少ないところを通って魔王の居城に行くのが一番手っ取り早いでしょ。

 この世界は人と魔族の二種族で成り立っているんだから、魔族全滅が目的じゃないのだから。


「ディリアさん、今のところの魔族による被害状況と、魔王が現れてからの魔族の固体数や強さの変化はどうなってるんですか?」


 魔王がどれだけ魔族に影響を及ぼしているのか。また、その魔族がどれほどの被害を人に与えているのか。とりあえずその二点の確認を取る。

 が、またもや蒼井くん、「仲間が増えたってのに喜ぶんじゃなくて、またそんな心配かよ」とぼやく。しっかり聞こえてるから。

 顔が引きつりそうになるけど、無視してディリアさんに催促。


「あの、そこまで細かいことは……」

「どうして? 切迫していたからあの召喚の陣で勇者を呼び出したんだよね? 書庫で昔の勇者についての文献を見たけど、二年に一度勇者を選んで、それで魔族討伐してたんでしょう? わ…蒼井くんが召喚される前にいた勇者は? 今、どこで何をしているの?」


 矢継ぎ早に尋ねると、ディリアさんはおろおろした。

 ディリアさんが知らないはずがないんだ。魔族の被害状況はともかく、この世界で選ばれた勇者については。

 でもこのうろたえ具合から、選ばれた勇者は魔王を討ちに行っていないようだった。


「相沢、お前、巻き込まれた腹いせにってディリアさんをいじめるなよ!」


 あー出たよ、蒼井くんお得意の正義感。

 悪いことじゃないんだけどね。正しいことは正しい、悪いことは悪いってちゃんと言えるのは、とてもいいことだと思う。それに誰にでも声をかけることができるのは、見習いたいと思うし、最初に学校に来たときは、隣の席だからというだけで話しかけてくれて嬉しかったよ。

 でも正義感や優しさだけで、すべて通るわけじゃない世界じゃないよ、ここは。少しいただけで分かる。元の世界の平凡といえる日常とはまったく違う世界なんだ。

 そして一番大変なことを押し付けられようとしているんだよ、蒼井くんは。

 そういうのをやめて、あえて挑発するようなことを言う。


「蒼井くんのいじめるの定義が分からないけど、私は別にいじめているとは思ってない。正しい情報の把握は必要なこと。それを聞くのに一番適しているのはディリアさんしかいない。できないなら他の人を呼んで説明して」


 蒼井くんが睨んでいるのをさらりとかわして、もう一度ディリアさんに向きなおした。ディリアさんからは返答に窮しているといった感じが見える。

 どうやら、あの本の著者が懸念した通りになったんだろう。長い間不在だった魔王。それが突如現れて、冷静に対応する前にとにかく強いものをといって、まず召喚の陣が使われた。この世界で、魔王に立ち向かう勇者を選ぶ前に。


 ディリアさん以外のこの世界の人――レーレンは苦笑しているし、ヴァイスさんは顔を顰めている。その様子を見れば、だいたい予想通りなんだろう。

 なら、誰を呼んでもあいまいな答えしか返ってこない。ふう、と深いため息を吐いた。嫌な予想ほどよく当たる――とはよく言ったものだ。当たってほしくなどないのに。

 呆れてものが言えないでいると、蒼井くんと堤さんがキレた。


「相沢! お前、いつもいつも…っ」

「本当ね。私、相沢さんと一緒に行きたくないな。いつも人のこと探って……はっきり言って不愉快」


 別に痛くも痒くもないけどね、怪我を負うことや死ぬことに比べたら。

 クラスでは馴染めなくておとなしく思われていたけど、言われたら言い返す。私はこういう性格なのだ。黙って見過ごすほど大人じゃない。


「別に堤さんに嫌われても結構。一緒にいたくないは私も同じ。それより――」


 あっさりかわされたのが気に入らないのか、堤さんが睨みつける。が、それも無視して蒼井くんのほうを向く。勇者としてもう少ししっかりしてもらわなければ困るんだから。


「問題は蒼井くんだよ。勇者としての自覚あるの?」

「な…?」

「勇者として、どんなことを望まれているのか本当に分かっているの?」

「そ…そりゃ、魔王を倒すことだろう! んなこたぁ、分かってる! それまでの間、仲良くやろうってこっちが手を出してるのに、ケンカ売ってる相沢のほうが問題だろ!?」


 蒼井くん、マジギレしたよ……。

 手を出してる――その一言で、自分は相手より上にいると思っていることに気づかないんだろうか。そしてそれが一方的なものだということも。

 そんな心情は出さずに。


「私はただ情報収集してるだけ。あるとないとだったらあるほうが絶対いいから。そもそもディリアさん自体の説明がなさ過ぎる。突然現れたから魔王を倒すために勇者を、ってのは聞いてる。でも、勇者に魔王を倒して欲しいなら、それなりの協力が必要でしょう? それをないがしろにしてるのに、おろおろしているディリアさんを見てもかわいそうなんて思わないよ」


 嫌われるなら徹底的に――ってことで、思い切り鬱憤を吐き出した。

 そう…嫌われてしまうほうがいい。時と場合によっては、自分の身を守るために、この中の誰かが代わりに傷つくことがあるかもしれないのだから。下手な罪悪感なんて感じなくなるほど、相手のほうから嫌って、自分も嫌いだと思えるようなものが欲しかった。

 裏切られるという行為には、何度あっても心が傷つくことには変わりない。でも、傷の深さは相手への気持ちで変わるから。


「だいたいね――」


 返答に窮しているみんなに向かって、さらに辛らつな言葉を重ねる。


「書庫で『勇者』とは二年に一度の大会で優勝したものに与えられる称号みたいなものらしいけど、蒼井くんにはそれに見合う力がある?」

「カリン、言いすぎ……」


 私の性格と力を多少なりとも知っているレーレンが、それ以上はヤバイといった雰囲気で止めに入る。

 でも私はやめる気はない。


「こういうとヴァイスさんに失礼だけど、ヴァイスさんは隊長だよ? この国の隊をまとめる何人かいる隊長の一人。この国で一番強いわけじゃない。その人に稽古をつけてもらっている状態で、どれだけのことができると思ってる?」


 言葉というのは、ある意味凶器だ。それをふるって蒼井くんを傷つけている。


「ディリアさんだって、旅についていくっていったけど、なにができる? 確かに後方支援ならできるだろうけど、でも前線に立つのは蒼井くんなんだよ。みんなを護れる自信……ある?」


 しん……と、室内が静まり返った。そして暗い雰囲気に包まれる。

 あ、暗いといえば、闇をまとったこととか、第三の目のこととか誰も気づかなかったっけ。

 思ったより隠すのは簡単なのかな? などと思っていると。


「なら、相沢。俺と勝負しろよ。俺のこと信じられないなら、戦ってみれば分かるだろ?」


 はい? どうしてそんな話になるわけ?


「いや、カリンの持った剣は試合には向かないものだからやめておいたほうがいい。勇者が旅に出る前に怪我をした、なんて噂にはしたくないからな」


 きょとんとしているとヴァイスさんが蒼井くんにやめるようにと説得していた。

 けど、なんとなくその言い方が蒼井くんのほうが怪我をする前提っぽくて、それが余計に蒼井くんを刺激した。


「そんなこと分からねぇだろ! 相沢だって俺の実力をしりゃ少しは黙るだろっ!」

「なら、明日の稽古中に互いの力を確認する――ということでどうですか? 私も、少しそういったものが必要だと思います」


 蒼井くんはやる気満々みたいだし。含みのある内容をこちらを向いて話すディリアさんもいるし。


「別にいいよ、好きにすれば」


 投げやりに答えて、私は席を立った。食事は中途半端に残っているけど、これ以上彼らと顔を合わせていたくなかった。

 立ち上がった私に誰も何も言なかったため、そのまま一人部屋から出た。


 そしてため息をつく。自分の蒔いた種とはいえ、出るのはため息だけだ。

 本当に嫌なら静観していればいい。適当なところにいて、適当に力を使って。でも、それができるほど、私はまだ達観できてないんだ。

傍観者でいたいけど、傍観者になりきれないという状態。

次は幕間で別の人一人称の予定です。


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