73 力を溜めて
私はみんなの中で前の魔王に一番近い所に居たため、クリスタルに叩きつけれた。水晶の硬度を考えれば、人の体が当たったくらいで砕けるものではないけど、ここのクリスタルは違うのだろうか? クリスタルが砕け飛び散り、破片で小さな傷がいくつもできた。
周りを見れば、みんなも壁や床に当たって体勢が崩れている。何とか立ち上がろうとしているけど、痛みのせいか動きが鈍い。
そんな状態を見過ごす魔王ではなく、さらなる攻撃を仕掛けようと右手を上げた。
それを防ぐために、砕け散ったクリスタルを核にして清浄な空気の塊を魔王の右手に投げつける。魔王の右手にあった瘴気は霧散し、魔王の表情が忌々しいとばかりに歪んだ。
「助かった。相沢!」
「早く体勢整えて。すぐに攻撃来るよ!」
実際、攻撃を打ち消しただけで、魔王にダメージは与えていない。
この清浄な空間の中、多少力は落ちているのだろうけど、魔王と呼ばれるだけはある。まだ、このまま押せば斃せると断言できるほどではない。
先が見えないのは辛いけど、押せるだけ押して相手の力を削らなければ何も進まないのだ。
「みんな、傷の手当は任せて」
篠原さんが祈るように手を合わせると、ふわりと風が舞い始め、清浄な空気とともに肌を撫で傷を癒していく。
「サンキュ!」
「助かった」
「ここ、清浄な空気のおかげで、直接手を翳さなくても軽めの傷なら癒せるみたい。私にはこれくらいしかできないけど、頑張るからっ!」
「じゃあ、私は愛美を守るよ」
ここで篠原さんは癒しメイン、そして篠原さんを堤さんが護ることになった。
傷を負ったまま戦うのは不利になるため、蒼井くんは「任せる」と承諾。
レーレンはディリアさんの護りに入る。護られているディリアさんはこの部屋にあるクリスタルを使い、清浄な空気をさらに増やすようにしたらしい。私たちが戦いやすい環境を整えることに専念し始める。
今まで蒼井くん、大野くん、私と三人で戦っていたけど、ヴァイスさんが加わってくれた。「俺も少しは戦わないとな」とヴァイスさんは言った。
「さて、仕切り直しと行こうぜ」
「だな」
「とにかく攻撃あるのみ、だね」
私はそう言いながら砕けたクリスタルを広い、もう一度リートの力で魔王にクリスタルを投げ放つ。クリスタルの欠片は致命傷を与えないものの、魔王に小さな傷をいくつか負わせることができた。
傷により動きが一瞬止まったのを見て、蒼井くんと大野くんが風と水の力を剣にまとわせ放つ。特に大野くんの水は清浄な空気の中にある湿度――水分からできているため、たとえて言うなら吸血鬼に聖水をかけたような感じで、当たった部分が蒸気を発しながら皮膚が溶けていく。かなり効果があったようだ。
「大野、お前かなりエグイ攻撃してねーか?」
「いや、こんなに効くとは思わなかったよ」
「私は小さな傷だけだったのに」
ただし、クリスタルでできた傷はなかなか再生しないらしい。浄化の力を持つクリスタルは魔王にとってかなり有効的みたいだ。
できればもう少し大きなクリスタルを使って攻撃したいところだけど、クリスタルを砕く時間がもったいない。
あ、そうだ。力でこれだけ大きくなったんだから、同じように力を籠めれば、それなりに大きくなるかもしれない。
砕くのと力を籠めるのとどちらのほうが時間がかかるかわからないけど、すぐにできそうな力を籠めるほうを選ぶ。クリスタルを握りしめ、そこに自分の力を流すようにイメージし始める。
「それにしてもよ」
蒼井くんが実にうんざりした表情で呟いたので、大野くんとヴァイスさんと三人で首をかしげた。
「いや、ここ……全然安全地帯じゃなかったな……と」
「あー……」
「俺には安全地帯という考えがないからよくわからないが?」
「確かに。多少攻撃は効果出てるみたいだけど……安全地帯じゃないな。全然休まらない――って、相沢さん何やってるの?」
「クリスタルに力籠めてる。少し時間がかかるから、悪いけど三人で攻撃して」
話をしている間も、魔王の腕は元に戻っていっているため、悠長に話をしている時間はなかった。
蒼井くんが「分かった」と答え、魔王に向かって構える。二人も同じように構えなおし、まだ完全に回復していない魔王に、蒼井くんとヴァイスさんは攻撃を繰り出していた。
大野くんは先ほどの攻撃をするために手のひらに水分を溜め、二人の攻撃の後に水球を投げつける。
「小賢しいっ!」
さすがに先ほどの攻撃は嫌だったのか、大野くんの投げた水球は瘴気を纏った手によって軌道を逸らされ壁にぶつかった。
前までは攻撃を受けても大して気にしてなかったけど、避けることを考えるようになってきたのは、再生力が落ちたのか、清浄な空気がそれほど苦手なのか――どちらかは不明だけど、浄化による攻撃は効果的なんだろう。
その様子を見ながら、クリスタルに力を籠める。パキリパキリと音を立てながら、クリスタルは大きくなっていく。
「相沢、まだかよ!?」
「もう少し待って!」
蒼井くんがまだかという表情で私を見て声をかけるけど、どうせ攻撃するなら大きいクリスタルのほうがいいため、ある程度の大きさになるまで力を籠めなくては。
でも、力を籠めるのもかなり大変。今の状態で攻撃三回くらいはできるだけの力を込めたけど、クリスタルはやっとペティナイフくらいのサイズだ。
できれば、もう少し大きくしたい。それに、大野くんの攻撃のように逃げられないように、投げつけるのではなく直接近くに行って斬りつける必要があった。せっかく溜めた力を無駄にしたくない。
あともう少し……そう思いながら、クリスタルが大きくなるのを待った。