71 最上階にて
階段をひたすら上り続けたのは一体何分くらいだったのか。
正直、息が切れてどうしようもない。最初は軽口を叩いていたのに、いつの間にかみんな必死に階段を上ることだけに集中している。
とはいっても、途中不意にやってくる魔王を退けなければならないので、周囲への警戒も怠ってはいけない。
まあ、魔王が魔族を城の中の魔族を全滅させてくれたおかげで、魔王以外の邪魔者はいないんだけど。
ただ、その魔王が厄介なんだよね……。
腕を切ってもすぐに再生。これは蒼井くんが実証済み。そういや袈裟懸けに斬りつけても、すぐに元に戻っていたっけ。魔王の再生能力半端ない。
魔王の力が尽きるまでこっちが攻撃を仕掛けたとして、一体いつまで続ければ終わりが来るのか全く見えない。
そういえば、前の魔王もクリスタルに封印されながらも、すぐに意識を失うことはなかったっなぁ……。
思わず、遠い目になった所に、雰囲気をぶち壊すように床に大きな穴が空いた。魔王は何度も再戦のために下からダイナミックに床に穴を空けて向かってくる。
ああ、もうっ、邪魔するの何回目よ!? ほんっと鬱陶しい。
今度はグリューエンの力を借りて丸焼きに。
……どうせすぐに戻ってくるんだろうけど。
でも、魔王の様子から、城の下のほうで戦っていたら、魔王の再生能力より私たちの力が尽きていたと思う。
やはり最上階を目指して、クリスタルで浄化されていると思われる場所で戦うほうが、私たちにとってはプラスになるし、魔王にとっては多少なりともダメージを与えられるはずだ。
ひたすら階段を駆け上り、時々下から来る魔王を一撃で黙らせてまた走る――ってのを続けていると、終わりが見なくて怖い。
まあ、私は塔の最上階には行ったことがあるから、エンドレスってことはないけど、変化のない状態だとみんな不安になってくるよね。
そう思いながら残り八階分くらい階段を上がったら、階段の続きがなく目の前には重厚な扉が見えた。
「これ……が、最上階、か?」
「はぁっ、うん、そう。この奥、に、前の……魔王が、いる」
「そう……か……」
みんな息を整えながらも、緊張するのが分かった。
だけど、このままここに居ると、また魔王が襲ってくる可能性が高いので、私はまだ整わない息のまま扉に近づいていく。
「お、おいっ!?」
蒼井くんが慌てて止めようと声を掛けるけど、「大丈夫」の一言で扉に手を掛けた。
この扉は、この世界の人たちが確認に来るだろうと思って力による封印は行っていない。扉に手を当てて力を入れると、ゆっくりだけど扉が動いていくのが分かる。
「大丈夫なのですか?」
「この先は封印した魔王が居る広間になっているの。扉自体は封印していないけど、クリスタルの力で部屋の中は清浄な空気になっていると思う」
「そうですか」
「ただ、魔王よりも奥のほうに少し開いている所があるんだけど、そこは返還のための陣があるから、そこに魔王を近づけさせないように気をつけて欲しいの」
もう一度返還陣を描けと言われても、細部についてはもう覚えてないから、あれが使えないと城まで戻らないとならなくなるんだよね。
戻ったら戻ったで色々ありそうだし。
考え事を止めて扉を押す手に力を込める。厚みがある扉は長年使っていないのも含め、開けるのに大変だった。
「ごめん、扉押すの手伝って」
「ああ」
私が頼むと蒼井くんと大野くんが率先して扉を押し始める。さすがに三人で押すと早く、人が入り込めるくらいまで開いた。
「中、入るよ」
扉を全開にする必要もないので、入れる分だけ開けて中に潜り込む。
中は窓がないので暗闇だった。
けど、今までとは全然違う空気に驚く。自分で言っておいてなんだけど、こんなに空気が綺麗だとは思わなかった。
「シュトラール、部屋を明るくして」
シュトラールとは私が付けた光の精霊の名前。
それに呼応するかのように、あちこちが仄かに明るさを帯び、部屋の中全体が見えるようになった。
「おいっ、あれ!?」
蒼井くんが目ざとく前の魔王を見つける。
部屋の中央より少し奥に天井まで届くクリスタルの塊の中に、目を瞑って穏やかそうな表情をしていて、とても前の魔王だとは思えない。
「相沢、この中のが前の魔王なんだよな?」
「うん、そうだよ」
「そうか……」
「どうしたの?」
「なんてーか……下に居る魔王と全然雰囲気違うっていうか……、ホントに魔王なのか? って思うような表情してるよな」
「確かにそう思うわ」
蒼井くんが戸惑いながら感想を口にしていると、同じように信じられないといった表情で同意する堤さん。ディリアさんたちもみんな同じような表情をしている。
確かに、クリスタルの中に居るのが魔王です、って言っても信じないよなぁ。今の魔王のイメージが強烈なのもあるけど、前の魔王は身なりも顔立ちも綺麗で、表情は穏やか。
でも――
「それでも、彼が前の魔王なの」
私はゆっくりとした歩みで近づき、クリスタルに触れた。
――パキリ、パキリ
クリスタルが魔王の力を吸い取って増殖していく。
元は私の腕に嵌まっていたお守り用の水晶だったのが、今はもう、魔王の膝を覆う位に大きくなっていた。
今もパキパキと音を立ててクリスタルが魔王の体をゆっくり覆っていく。
『ねぇ、あなたはそうしていたら、いつまで体が持つの?』
封印されて、魔王として存在出来るのはいつまでなのか――それは初めての試みで魔王も私も分からないけれど。
『分からないが、私の力が尽きるまでだろう。ああ、遺体についてはどうなるか分からないな。本来なら朽ち果てるはずだが、私はクリスタルの中だから』
『そう。クリスタルの中で、あなたはどうなるのかしらね?』
『それは分からない。ただ言えることは、この世界をこれ以上脅かすことなくなるのだから、心穏やかになれるだろう』
『…………そう』
最後まで、前の魔王はこの世界を崩壊させない方法を最善としていた。
人々が出した歪みであり、魔王には責任はないのに。
「ねぇ、あなたは今でもそう思っていてくれているのかな?」
もしそうなら、あなたには悪いけど、ここを新しい魔王との戦いの場にさせて頂戴。
あなたの眠りは妨げないように気をつけるから。