70 再度城の中へ
再度魔王が居る城の前に立った私たちは、ディリアさんが周囲の空気を浄化するのを待っていた。
さすがにここの空気は瘴気が漂っていて、少し風が吹くだけで浄化した空気が流されてしまう。
私も手伝おうかと言ったけど、その後の攻撃があるから力を温存しておくように言われた。
『カリン、精霊は清浄な空気の中からしか生まれることが出来ない。だから、精霊たちは魔王の存在を厭うてはいる。まあ、実体を持たない精霊はあまり役に立つことはないがね』
昔、リートが言った言葉が頭に浮かぶ。
リートは精霊たちは自身で魔王を魔族を何とかすることが出来ないけど、私たちに力を貸してくれることは出来る。
世界が歪みきって滅ぶことを望んではいないから。
大丈夫、大丈夫……だからきっと精霊たちも力を貸してくれる――何度も心の中で唱えて、ディリアさんが周囲を浄化するのを待った。
周囲はほぼ正常な状態に戻っている。ここに更に浄化の力を加えて、魔族にもダメージを与えるほどの濃い清浄な空気を作り出す。
もう一度ディリアさんを見ると、頬に汗が伝うのが見えた。表情も苦しそうだけど、それでも浄化するのを止めない。この初手が大事だと分かっているから。
しばらくディリアさんは浄化に集中し、城の扉の前の空気を清浄なものへと換えた。
「ディリアさん、そろそろいいと思います」
「ですが、まだ頑張れます!」
「いいえ、この後最上階まで走らなければならないので、力を使い切っては駄目です」
「――わかりました。それでは、後はお願いします」
答えたディリアさんを下がらせて、青井くんと二人で清浄な空気の前に立つ。
更にその前には堤さんとレーレンが扉の取っ手に手をかけていた。
「行くよ!」
堤さんが合図の声を上げ、同時に扉が開かれていく。
前に恐る恐る開けた時より早く開く扉は、魔王からの攻撃より早くこちらが攻撃を仕掛けなくてはならないから。
「蒼井くん、リートから借りた力を全開に!」
「ああ! 行くぞ!」
「うん!」
人が二人並んで入れるくらいまで開けたところで、蒼井くんと私が風の力を使って清浄な空気を押し出す。
それは、魔王の攻撃を押し返し、魔王ごと中央の柱へとぶつかった。
そのまま畳みかけるように魔王にもう一度剣を振るう。受け身を取れなかった魔王は袈裟懸けに剣を受け、濁った黄土色の体液が飛び散った。
「このっ……!」
怪我をしていない右手を上げ、力を使おうとする魔王に対し、蒼井くんが「させない!」と上げた魔王の右腕を切り落とす。
あっさり右腕をやったと思うのも束の間、不気味な笑い声を上げながら右腕を生やした。
「げっ、爬虫類かよ!?」
「魔王だから何でもアリなんじゃない。それより行こう!」
目的地は最上階。
きっと、そこにはクリスタルで封印された先の魔王が居る。先の魔王の力は、同じブレスレットに使っていたクリスタルにも影響を与えるほどだから、きっと最上階はまともな場所に違いない。
城の中は塔のようになっていて、上に行く階段は壁伝いに螺旋を描くように上へと向かっている。その階段に向かって走り、そのまま走って上る。
天井は高めだが、何階分かのフロアを駆け上がって行くが、そこでも魔物に出くわすことがなかった。
「ほんっと……あの、魔王……片っ端、から……やったな……」
「ほんと、です、ね……楽、が、できると、言えば楽、なんでしょうが……」
「だけどっ、入り口、から、ラスボスって、斬新、すぎ、だよっ!」
「……って、か、空気……気持ち、わるっ……」
息を切らしながらも何か喋っていないと不安になるのか、切れ切れに会話を続ける。
ぐるぐると階段を走って上っていると、感覚が可笑しくなって目が回りそう。
……なんて、思っていたのに、魔王はどこまでも規格外で、そして戦える相手を放っておいてくれなかった。
おそらく城の半分くらいまで上に上った頃、下から轟音と共に床から天井に向かって一気に穴が開いた。穴の周りから細かい石がバラバラと落ちてくる。
「げっ!」
「マジかよ!?」
と、蒼井くん達が口元を引きつらせながら呟く。
うん、私も叫びたいけど、びっくりし過ぎて声を上げる暇もなかったよ。
ホント、この魔王って前の魔王と全然違う。
更に違いを見せつけるかのように、穴の開いたところから、ジャンプするようにして私たちがいる階まで一気に上がってきた。
「チョロチョロ逃げ回ってないで相手をしろーー!!」
叫び声と共に黒い靄のようなものが魔王の手から放たれる。
あ、あれ、触ったら絶対ヤバい。
「リート!!」
リートの力を借りて黒い靄と一緒に魔王を吹き飛ばす。
みんな一瞬呆気に取られていたけど、すぐに気を取り直して「さっさと上行くぞ!」という蒼井くんの叫び声と共に、階段を急いで駆け上った。
おそらく、今回もあまりダメージを与えられていない。
だから次も同じような感じで魔王が襲ってくるに違いない。
なるべくそうならないよう――というのは無理だけど、最上階までなるべく回数を少なくするために、私たちは急いで階段を駆け上るしかなかった。