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67 さすがに、アレはない

 この世界の魔王の唯一の特徴は、闇に近い濃い紫色の瞳。

 そして、城の入口に立って嬉しそう――といっても歪んでいるけど――な顔をしている魔族は、近くで見たとき、濃い紫色の瞳だった。


「はは……、なんて規格外なのばかり……」


 思わず声が漏れる。

 本当に。

 本っ当に、規格外な魔王ばかりに会ってる気がする。

 もっとこう……普通に『魔王』をやってるようなヤツはいないんだろうか?

 日本でもゲームはあまりやったことがなかったけど、この世界の中途半端で使いづらい力も――いっそ魔法とかで呪文があったほうが楽じゃないの? ――真面目な魔王も狂戦士(バーサーカー)のような魔王も!

 魔王だけじゃない。この世界も、一癖も二癖もあって、物語のように簡単にいかない。


「こ、んの……、ふざけんなっ!」


 立ち上がって力を込める。

 けど、力を込めようとする意識が、さっきの攻撃で受けた背中の痛みに負けそうになる。中途半端な力では駄目。もっと力を溜めて……、魔王はまだ蒼井くんの攻撃を受け止めている。

 ……本当に、嬉しそうに。


 リートやエルデたちが言ったことがよくわかったよ!

 確かに『好戦的』と言えるけど、そんな可愛いもんじゃないよね!?


 力を溜め込むのが終わったので勢いに乗って飛び出した。

 背中全体に痛みは感じるものの、走り出すと意外と大丈夫そうだったため、痛みを無視して突進する。


「蒼井くん!」


 私の声を聞いて、蒼井くんはすぐさま魔王から距離をとった。

 そこに突っ込んでいき、剣を袈裟切りに振るう。

 両手で剣を握って力を込めているのに、魔王は余裕の顔で剣を左手で掴んだ。


「楽しいなぁ、楽しいなぁ! 力ある者よ!」

「この……っ」

「もっと見せてみろ! 楽しませろ!」


 うわー、完全に戦闘狂だ、他に喩えが見つからない。

 とにかくこのまま魔王と始めるにはいきなりすぎて不利なので、一度撤退したほうがいい。

 私は両手で握っていた剣から左手を放した。

 左手にも力を込めてあるので、拳を握り脇をきゅっと締めて引く。


「あんたを、楽しませる気は、ないっ!」


 そう叫びながら、左腕を前に突き出しながら握っていた掌を開く。掌打のような形だけど、実際は風を叩きつけるような感じだ。

 左手には注意を払っていなかったのか、魔王は城の奥のほうへと吹き飛び、壁か柱か――どこかに当たったのか、奥のほうで鈍い音がした。

 奥まで押し込んだのを耳で確認した後、すぐさま扉に手をかける。

 もう片方の扉の近くにいた大野くんに声をかける。


「大野くん、扉! 扉閉めて!」

「あ、ああ!」


 開けた時と同じように二人で扉を閉めた。

 重い扉を体当たりで押して、なんとか閉め終わるとその場にへたり込む。


「はー……疲れた」

「……さっきのヤツなんだたんだよ……」


 扉を背にして座り込みながら脱力していると、大野くんがぼやいた。

 途中で退いた蒼井くんも戻ってきて、「なんか最初っからスゲーのが出てきてないか?」と扉に目をやる。

 ディリアさんたちも慌てて上がってくるのが見えた。


「みなさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫? 怪我してない?」

「相沢が背中打ってる。診てやってくれ」

「うん、見てた。すぐ治療するね」


 と、篠原さんと蒼井くんの短いやり取りの後、堤さんが騒いだ。


「ちょっと! さっきのヤツ、なんなのよーっ!?」


 というその言葉に、みんなも異口同音を口にした。

 ああ、やっぱりそう思うよね――と、心の底から同感していたので、つい愚痴がこぼれる。


「あー……そりゃ、魔王の城を開けたら、いきなり魔王(ラスボス)ってないよねー」


 と、その言葉に、みんなの顔が一斉に私のほうを向く。

 同じ挙動にうわっと引いていると、「どういうことですか?」「おい、あれが魔王だって言うのか!?」「城の扉を開けたらラスボスってどういうこと」「なんかわかったの?」 と、かしましい。

 そんな中、篠原さんが一歩前に出て「それより、相沢さん、背中見せて。あと、左手大丈夫?」と、私の手をとる。


「大丈夫だよ。直接触ってないから。掌の前に風の塊を作って押しだしただけ」


 そう言いながら、掌を振って見せる。

 直接魔族に触れると瘴気によって穢れるため、もし触ってしまった場合、すぐに浄化しなければならない。

 だけど、私は直接触ってないので瘴気による穢れはなかった。

 篠原さんはほっとした表情で、「そう、良かった」と呟いた。

 ただ、背中が痛いのでそっちはお願いと言うと、「ここで?」と言われて、まだ魔王の城の前だと気付いた。


「……とりあえず、場所、変えないか?」

「そうだな、ここはちょっと……」


 蒼井くんと大野くんの言葉にみんなで同意して、そそくさと移動を始める。

 とはいえ、森の中もあまり安全ではないので、城と森の間のないもない場所になった。一応、堤さんとレーレンで座り込んでいる周辺に防御結界のようなものを張っている。

 森から魔族が出てこないのを確認してから、篠原さんが「背中見せて」と言う。

 私も痛いままは嫌なので素直にうなずくと、堤さんが「男の人はあっち向いてて」と、治療中に背中を見られないようにしてくれたため、上着を脱いで背中を晒した。

 篠原さんが治療を始めてくれたのか、すぐに痛みが薄れていき、しばらくすると完全に痛みがなくなった。


「ありがと。もう大丈夫みたい」

「本当? まだ痛み残ってない?」

「ないよ。篠原さん、治療が早くなったよね」

「うん。頑張ったから」


 などとやり取りしながら上着を着なおす。

 ちゃんと服を着たのを見たのか、堤さんが「もういいよ」と言うと、蒼井くんが落ち着かない様子で「なあ、聞いていいか?」と尋ねてくる。


「ん?」

「いや、さっきの話なんだけど」

「あー……さっきの魔族――魔王のこと?」

「ホンっトに魔王なのか?」

「うん。間違いないと思う」


 前の召喚で魔王に聞いたこと。

 なぜか魔王は瞳の色が紫色らしい。

 といっても、人間にも紫色の瞳を持つ者がいないわけじゃない。

 が、その色と違って、魔王の紫は紫水晶(アメジスト)というより、紫色に黒色を混ぜたような、濁った濃い紫色をしている。

 そう、濃すぎて黒と間違えそうになるほど……。

 偶然だけど、さっきは扉を開けていたため、弱いけど日差しが差し込んでいて、魔王の顔がよく見えたのだった。


「飛び上がった時、近くで見たから間違いないよ」


 あの目を思い出して、口元が歪む。

 アレ(・・)は怖い。前の魔王とは違う。話が通じる相手じゃない。


「えーと……、魔王だってのはわかったけど、どうしてあんな入口にいたのかな?」


 こういうとき、あまり口を挟まないレーレンが不思議そうな声で尋ねる。


「あー……、それは、城の中の魔族を心の赴くまま殺しちゃったみたいね……」


 そういえば、もうひとつ気付いたのが、城の中は瘴気がやたら濃かった。

 奥のほうは物音ひとつしなかったし、魔族がひしめくような気配もなかった。

 きっと魔族は殺され、瘴気のみが残ったんだ。

 それは何故か……


『今の魔王は好戦的』


 うん。リートとエルデの言うことは間違っていなかった。

 自分を守るはずの魔族をも殺して、勇者が来るのを入口で待っているくらいって……


 どんだけ戦闘狂なの!?


 大声でツッコミを入れたい。

 いや、入れてもみんな同意してくれるだろう。

 そう思うものの、言葉を選びながら説明した。

 リートたちがくれた情報や、以前から知っている情報から導き出した答えを。


 アレは魔族であろうと殺してしまうくらい、戦闘と言うか殺すのが好きだということ。

 いや、『もっと楽しませろ』というようなことを言っていたから、やっぱり戦闘狂なのか。

 どちらにしろ、『勇者』を待っていて、()る気満々だということ。


「うげ……」

「確かに『魔王』だからなー、あーでも……」

「さすがに、アレはないなー」

「だよねー」


 口々に呟いているみんなの顔が、心底嫌そうな表情になったのは仕方ないと思う。


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