66 扉を開けたその先に
お、お久しぶりです…(汗
「それって、私たち以外にもここへ来た人が居るってこと?」
堤さんが気になって尋ねた。
その問いに答えられずに頭を左右に振る。
「わからない。今まで通ってきた道を見る限り、他に誰かが来たとは考えられない。でも……」
何だろう、この違和感。説明している間にも何か引っかかって落ち着かない。
魔族がほとんど居ない城の周囲。けれど、瘴気だけは今までより濃くて――
「お城の中にたくさんの魔族がいたら嫌だな……」
ボソリと呟くと、みんなすぐさま反応する。
「ちょ、待て待て!」
「いきなり爆弾落とさないで!」
「なにマジな顔でさらっと言ってんの!?」
「カリンの発言はいつも心臓に悪い!!」
「今までになく一番驚いたよっ!」
口々に騒ぐみんなに、なるべくけろっとした表情を装って答える。
「え? だって周りにいないなら城の中にいる可能性だってあるかなー、って思わない? 嫌だけどね」
魔族の数が減っているならともかく、そうじゃないなら一ヶ所に集まっている可能性だってある。
で、じゃあどこに? となると、魔王がいる城の中が妥当かなと思うんだけど。勝手にいなくなってくれているのが一番助かるんだけど、真実味がないものね――などと話せば、みんな揃って顔をしかめた。
うん、そうなるよね。
とりあえず、私の予想を変えるような考えが出てこなかったので、城にはたくさんの魔族がいるという前提で緊張しながら少しずつ近づくことにした。
蒼井くん、大野くん、私はすでに剣を抜き身のまま持って、堤さん、ディリアさんとレーレンは防御に、篠原さんは癒やしの力を使えるので中央に、ヴァイスさんは後衛として後ろ――森の中に注意を向けている。
緊張のせいか歩く速度がいつもより遅くなる。
城の周りに何もないのは見晴らしが良くていいけど、その分、城から、森から急に出てきそうな怖さもある。
……どちらにしろ、魔王の城の近くで安心なんてできないのだから仕方ない。早く終わりにして帰りたいと強く思う。
大して暑くもないのに、緊張から体が汗ばんでくる。
この緊張が続いたら、心臓が持たない――と思う頃になって、城の入り口にたどり着いた。
中は、静かだった。
もちろん厚い扉越しなので中の音がしっかり聞こえるわけではない。
でも、たくさんの魔族がいたらもう少し何かしらの”音”が聞こえそう何だけど。
扉が急に開いて魔族が飛び出して来ることもない。
「な、なあ。相沢の言ったこと……ハズレ……じゃ、ねぇのか?」
「だ、だよな。考えすぎだったんじゃぁ……?」
前にいる蒼井くんと大野くんが希望的観測を口にする。
けど、それは私も同じで。
「うん。そうだね。なんか静かみたいだし……」
とあっさり同意した。
魔族なんていない方がいいに決まってるじゃんっ!
「どうする? もう少し様子見るか?」
「でも、もたもたしてて森の中から魔族が出てきたら嫌じゃない?」
「そうだね。一気に扉を開けてみる?」
前衛三人で冷や汗をたらしながら訊ね合う。
嫌なことは少しでも早く済ませたい。
でも、そう思うには命を賭けるような事をしなければならないから、どうしても慎重になる。
城の中を窺おうにも、一階には窓がない。目の前の扉しかないのだ。もっと近づいて聞き耳を立ててみたいけど、木の扉ではいくら重厚な造りをしてても怖すぎた。
「ねえ、これ両開きだし、大野くんと私で開けようか?」
「なっ!?」
「そうだね、一番先に迎え撃つのは、『勇者』の蒼井に任せるか」
「おいっ!」
「ほら、頑張って『勇者』様!」
と、蒼井くんの肩を二人で叩く。
頼まれると嫌と言えない蒼井くんは、がっくりと肩を落としながら頷いた。
まあ、蒼井くんが危険なのは変わりないけど、大野くんと私だって扉に一番近いんだから危ないんだよね。
誰かがやらなきゃ始まらないから、こうなったんだけど。(いや、私が誘導した?)
「……はぁ。ディリアさん達はうしろに下がってて」
蒼井くんはこのままでは埒があかないと思ったのか、やる気になって他のみんなを下がらせる。
「二人を信用するからなっ!」
「うん」
「任せて」
蒼井くんは剣に風を纏わせ始める。
大野くんと私はそっと扉に近づいた。そして、扉の取っ手を掴む。
小声で「同時に開けるよ」「うん。一、二、三で引っ張ろう」と扉を開けるタイミングを計る。
そして。
「――いち、にの、さん!」
声を出してカウントして、『さん』で思い切りドアを引っ張る。
思ってた以上に重くて、人ひとりが通れるくらいの幅しか開かな――
ザッ!!
突然内側から圧力がかかってなかなか開かなかった扉に押される。大野くんも私も、扉に押されて倒れそうになるのを、持っている取っ手を掴んでなんとか堪える。
それよりも、城の中から出てきたものは、蒼井くんに一直線に向かっていて――それでも蒼井くんは風の力を使ってなんとか凌いでいた。
次いで、後ろからディリアさんと堤さんが援護を始めた。
それを見て私も取っ手から片手だけ放して剣を握る手に力を込める。
いきなりの攻撃で遅れをとったけど、今、蒼井くんを攻撃しているのはかなり手強い魔族――加勢が必要だ。でも、扉が邪魔をしているのと魔族の攻撃が止まないため攻撃できる範囲が狭い。
それなら……と、風の力を借りて思い切りジャンプする。
攻め込める場所は頭上と足下――風が使えて体が軽い私が上から攻撃して、大野くんには足下を狙ってもらう。ジャンプした事で大野くんの顔が見えた。
大野くんも分かったのか、屈み込んだためすぐに見えなくなる。
私は十分な高さまで跳びながら剣を持つ手を上げ、振り下ろそうとしたその時、攻撃している魔族がこちらを見た。
「……っ!」
私を見上げる目に息が止まる。
その魔族は、とても整った顔立ちをしていた。
なのに、身に纏っている衣服は薄汚れ、茶色い染みがあちこちについていて、見た目と格好がそぐわない。
……何より、狂気に満ちた鋭い目は、黒一色に思える程濃い紫……
驚いて魔族を凝視してしまっていると、剣を振り下ろすタイミングを逃してしまう。
魔族は蒼井くんに向けていた攻撃を、私の方に向けた。
ヤバイと直感で分かる。
剣に纏わせていた風を使って相手の攻撃を少しでも逸らそうとするけど、威力があるため完全に逸らすことはできず、斜め後ろの方向に飛ばされる。
受け身を取る間もなく、背中から地面にたたき付けられて、痛みに息が止まる。「ぅうっ……」思わずうめき声が漏れた。
遠くで皆の心配する声が聞こえたけど、「大丈夫」とすぐに答えられかった。
それでもなんとかして体を起こそうとして腕に力を入れている間に、攻撃がなくなった蒼井くんが魔族に向かって走った。蒼井くんが振り下ろした攻撃を余裕――というより、心底楽しそうな顔で受け止める。
「はは……、なんて、規格外なのばかり……」
思わず声が漏れた。
間違いない。
あれは、魔王だ。