64 頼りにしてる
食事をとった後は寝る時間。
良い子じゃないけど、寝るとき寝なければ疲労は溜まるばかりだから。見張り役を残してみんなで毛布にくるまって寝ころがった。
疲れているのか、すぐに眠気はやってくる。
そして起きて食事をして、また歩き出す。
魔族と遭えば戦う。
その繰り返し。
けど、最終的には魔王の城へと続く道。
***
食事中、城の方から連絡があった。
連絡といっても電話のように会話ができる訳でもなく、手紙のような文章が届くわけでもない。
というより、手紙を届けるためにディリアさんに連絡があったといえる。簡単に言うと、ディリアさんの持っているクリスタルを通して、何かを送りたいという信号のようなものがあった。光が点滅だか、震えたのかわからないけど、そういった簡単な伝達方法で、その後、ちゃんとした連絡をするために、城と私たちを繋ぐ召喚陣を開く――という、滅茶苦茶面倒くさいやり方だ。
ちなみにクリスタルを使った連絡も、双子水晶を使わなければいけないらしい。同じものを均等に分けて共鳴させる事で信号にするらしい。
それにしてもこの世界、空間を上手く使う力があまりないようだ。空間移動みたいな力はほとんどないし、あっても、力と魔法陣の組み合わせでしか使えない。
と、前置きて。
「――というわけでして、召喚陣を使いたいのでしばらくよろしいでしょうか?」
ディリアさんが申し訳なさそうな顔で訊ねる。
それに対して、蒼井くんは鷹揚にうなずいた。必要な事だとわかっているからだろう。
先に説明したように、連絡を取り合うのはかなり面倒くさい。それなのに連絡したいということなのだから、かなりの重要事項じゃないかと必然的に考えるから。
ディリアさんが持っていた召還陣を広げ始める前に、私たちは周囲に対して警戒を強める。危険だと理解しているので、ディリアさんの行動も早い。さっと広げてすぐに力を召喚陣に集めた。
召喚陣が淡い光を発光し、その光もすぐに収まる。そして、召喚陣の真ん中には、ひとつの封書が載っていた。
「一体、なんでしょうか?」
ここに来て進捗状況を逐一報告するようなことはない。すぐに連絡が取れない以上、私たちは魔王の城に行き、魔王を斃して戻るまで連絡をしない。いつまで経っても魔族の脅威がなくならなければ、その時は私たちが魔王を斃せなかったということになる、らしい。
ずいぶん杜撰な見通しだ。
そう思っているうちに、ヴァイスさんがディリアさんから封書をさっと掠め取る。
「ヴァイス隊長?」
ディリアさんが訝しむように見ると、ヴァイスさんは申し訳なさそうな顔をした。そして、「すみません、これは自分宛てなんです」と。
「どういうことですか?」
再度問いかけるディリアさんを横目に、ヴァイスさんは封書を開けて素早く目を走らせる。
そして一息ついた後。
「急にすみませんでした。これは、増援の報せです」
「増援? そんな話は聞いていませんが」
増援という言葉に嬉しくなりつつも、ディリアさんはまったく知らないと言うと、ちょっと不安になる。
「実は、ディリア様とカリンさんの『浄化』のおかげで、多少の危険は残りますがこちらへ増援を送れるようでしたので、以前そのように伝えたのです」
「えっ、初耳ですが?」
「はい。村にいたときに、城へ行く者に使いを頼んだのです。正直、使いに頼んだ者が城に無事に付ければ、それだけ『浄化』されていて安全だと思いましたので」
ヴァイスさんの話に、なるほどと感心する。
この世界、すぐに回復できるようなアイテムがないので、魔王の城に乗り込むのをどうすればいいか迷っていた。この人数しかいないので、無理矢理行くしかないんだけど、力尽きたらそれで終わりなのだから。
前はなんとか上まで行ったけど、魔王が戦う気満々だったらやられていただろうなと今でも思う。
話それた。
けど、そんな大事なことを急に言われて驚くなという方が無理だと思う。たぶんそれはみんなも同じ――。
「ですが、今になって急に増援と言われましても……」
「それは分かりますが、話が城に行くかどうかも賭けでしたので」
「それならば、召喚陣を使えば良かったではありませんか」
「それは……」
確実な連絡方法を取ろうとするディリアさんに、ヴァイスさんは参ったなという表情だ。はあ、と深々とため息をつく。
「そもそも、それは呼ぶだけで送ることはできませんよね?」
「…………あ」
「こちらからも送ることのできる陣を召還陣を持っていれば、互いにものを送ることができたと思いますが、こちらは一方的に受け取るのみですから」
「そうでしたね」
意外な盲点だ。召喚と召還では意味が違う。
ヴァイスさんの指摘にすぐにハッとするディリアさん。それから。
「それで、詳しくお聞きしても?」
「はい。実は、勇者を召喚する前にも、力の強い者を集めていたのです。力が強いと言っても、おそらくこの五人には及びませんが。数にしてもそれほどはいません。分隊二つか三つ程度……といった所です」
そう言って、ヴァイスさんは一番端にいた篠原さんを見てから視線を動かし、そしてディリアさんにまた戻す。
昔は大会を開いて勇者を選抜していたのだから、この話も有りといえば有りなんだろう。
でも、そうなると先頭で必死に戦っているこちらとしては……。
「それって、わたしたちを捨て駒にでもするつもりだったですか?」
意外な質問は、意外な人物から出た。篠原さんだ。
確かにそういう見方もできる。露払い――じゃないけど、先にある程度片付けさせて、楽になったところで本命を出す――とも言える。
だけど、そんな疑問にヴァイスさんは「まさか」を短く答えた。
「でも」
「そういう見方もできることは分かります。ここにいる全員が倒れてしまえば、次を出さざるをえませんから」
「……」
「ただ、彼らはあなたたちには及ばない力の劣った者たちです。正直、自分は間近で見ていて、やはり召喚される者は強いのだなと実感しています。最初の頃はともかく、今は後衛しか務まりませんよ」
きっぱり言い切って肩をすくめるヴァイスさん。
そりゃまあ……考えてみれば、蒼井くん達の相手は最初からヴァイスさんだったんだよね。ヴァイスさんは隊長だ。隊長といっても隊員が何人いるのかよくわからないけど。城にいたときの状態でも、力込みで上手くやれば、兵士として長年鍛錬してきた人に勝っていたっけ。
「で、その増援はいつくらいにこちらに着くんですか?」
ちょっと気になって、横から口を出してしまう。
それに対してヴァイスさんは丁寧に答えてくれる。
「そこまで詳しくは……ただ、かなり早めには着けると思う。連絡を出したのは村について割とすぐだったからな」
「……なるほど」
「どうした、相沢?」
あの村までもけっこうかかるよね。んで、さらにこの森を進む……となると、無事着けるかな? でも貴重な戦力でもあるわけで。さっき篠原さんが言った『捨て駒』じゃないけど、城に入るときは尊い犠牲は付きもの――とまで言わないけど、人が多いに越したことはない。
そして問題がひとつ。
蒼井くん達も通った道だけど、人型の魔族に対して怯まずに攻撃ができるかどうか。人がたくさんいるところにはまだ人型の魔族はいないから、きっと最初は躊躇う。でも自分の命がかかっていたら、おそらく乗り切れるだろう。というか、乗り切れなかったら終わりだ。蒼井くん達は乗り切れたから、ここにこうしているのだから。
「何かいい案でもあるのか?」
口元に手を当てて考えこんでいると、蒼井くんに声を掛けられる。
「いい案っていうか、まあ、ここにたどり着くまでのことを考えていただけ」
「で?」
「で? って……、私に訊かれても」
どうも私は二度目でいろいろ知ってるというのが、みんなにしては迷ったときは答えを出してくれる人――になっているらしい。
でも、前にディリアさんに訊かれたときにも答えたけど、答えなんて知らないんだから。
はあ、とため息をついて、それでも自分で思いつくことを口にする。
「ひとつは、このまま進んで城まで辿り着くこと。ただし、城の攻略は一気にしないで、城の見取り図、魔族の数や罠なんかを確認するだけで増援を待つ」
ゲームで言うところの……なんだっけ? 言葉が出てこない。
「それって、RPGで言うとダンジョンとかのマッピングのこと?」
横から口を出したのは大野くんだった。
ゲーム好きなのかな? RPGの意味が私にはわからないんだけど、マッピングという言葉で、なんとなく理解する。
「うん、そう。増援が着たとき、一気に攻められるようにある程度下調べするわけ」
「なるほど。で、ひとつっていうことはまだある?」
「まだっていうか、みんなもわかっていると思うけど、人型の魔族相手だと最初はキツイよね?」
「うん。人を殺したみたいに思えて……ね」
「そう。それが危険だから、早く合流するためにこっちからも戻る」
これをすると、還るのが遅くなるって問題があるんだけどね。城に入るのだって、人が増えるだけで知らないというリスクはなくなってない訳だし。
さてどうする? と、ちょっと意地悪く思っていると、今度は蒼井くんが口を出した。
「いや、それよりも俺たちは俺たちで進もうぜ。相沢の最初の案のほうで」
「どうしてですか?」
即答した蒼井くんに対して、今度はディリアさんが問う。
今やこのメンバーのリーダー的な存在になっている蒼井くん。いつもいち早く答えを出して、みんなを引っ張っていくムードメーカーでもある。
だから蒼井くんの出した答えに逆らうというより、その意味を聞きたかったのだろう。
「たしかに増援は嬉しい。けど、時間を無駄にして合流するほどのものじゃないと思う。嫌な話だけど、増援の人数も場合によっては減る可能性もある。それをなんとかするために戻るってのもわかるけど、俺たちの目的は魔王を斃すことだろう?」
蒼井くんは目的を間違えてはいなかった。
少数の人を護るより、魔王を斃す方を先に。だけど、できることはしておく。
「それよりも相沢が先に言ったように、俺たちは先に行って城の内部を詳しく調べるべきだと思う。俺たちは魔族の数とか全然わからないし、前にいたような罠を仕掛けるヤツだっているだろう。それらを調べて、できるだけ対策しておく。増援と合流できたときに一気に乗り込むチャンスにできるように」
私情を交えず一番いい方法を見つける。
最初の頃は感情の方が優先だったのに……と、思わず心の中で蒼井くんの成長の速さに愚痴りたくなる。これは性格によるものなんだろうなと思うとさらにそれが加速するので頭の中を切り替える。
でも、蒼井くんの考えた方法が、一番問題ないと思う。もし増援が来なくても、城のマッピングである程度攻略しやすくなるだろうし、増援が間に合えばさらに役割分担して一人一人の負担を減らすこともできるだろう。
みんなもそれを理解したのか、蒼井くんの意見に反対する人は出なかった。
「ってことで、相沢」
「えっ、なに?」
いきなり蒼井くんから声を掛けられて、俯いていた顔を上げる。
「なに、じゃねえよ。その……、今までもそうだったけど、これからも相沢を当てにすることは多いと思う。だから頼む、力を貸してくれ」
と、急に頭を下げた。
……本当に、この成長ぶりには驚かされる。
「……こっちこそ、今さらだけどよろしくね」
苦笑しながら言うと、蒼井くんは「ああ」と力強い声を笑顔で答えた。