63 城までの距離
魔王の城が見えた日、蒼井くんが言った言葉。
『さて、と。あとちょっとで魔王の所につくけど、とりあえず一休みしようぜ』
実は、嘘である。
そりゃたしかに見えるけど。
以前よりはぐっと魔王の所に近づいたけど。
魔族が拠点としている場所も、魔王の城もかなり大きいので、見えたと言ってもその先はまだまだかかるのだ。
魔王の城にたどり着くのを邪魔する魔族も多いしね。ただ、幸いなのが、魔王を護るという意思はあっても、側近とかいて、それらが支持を出し護る――というような統率されたものはない。
個人個人で魔王のもとへ近づくのを邪魔すると言った程度なので、個としては強いけど、各個撃破することを心がければ何とかなるものだった。これがきちんとた指揮のもとに襲いかかられたら、今の状態でも大変だろう。
何せ、この世界では飲めばすぐに効く薬とか治療魔法がない。いや、治療については篠原さんの腕はすごいと思うけど、一瞬で完治するわけじゃない。ボロボロになった状態で治療を受けているときに新手が来たら対応は難しいんじゃないだろうか。
……というわけで、魔王のもと、統率がとれていないことにほっとする。
そのあたりの説明はしてあるので、私は黙ったまま体力回復のためのハーブティーに口をつけた。
口のなかに、すでに馴染になった味が広がる。ミントティーのようにすっとするのに、最後にすこしだけ渋みが残る味だ。
実際、これ効くの? と思うほど瞬時に回復できるようなものではないけど、飲んだ後はすこしだけ体が楽になる。だから休憩の時にはこのハーブティーは欠かせないものになっていた。
「なあ、いつぐらいにあの城に着けるんだ?」
距離感を考えてないのか蒼井くんがすこし興奮気味にカップを持ちながら話す。
みんなは、明日の夕方、夜? 夜なら嫌だな、と口々に言う。それから、なんとなく私の方に視線を寄越す。経験者だから知ってるだろう、というそんな感じの。
興奮気味のみんなは、ディリアさんたちは困惑顔に気付かない。仕方なく手を挙げた。
「残念だけど、見えてもまだすぐには着かないよ」
「そうなのか?」
「そうです。見えていてもなかなかたどり着けないんですよ、……残念ながら」
はっきり答えると、ディリアさんも苦笑混じりで付け足す。
見えていてもたどり着けないと言うと、今度は「迷宮?」「これからが本番?」と言い出す。
いい加減、ゲームじゃないんだと理解して欲しい。ゲームのように高額でも簡単に元に戻る回復薬とか、モンスターが宝石落としていくとか、そんなの全然ないんだから。
「私も詳しくはわかりませんが、特に迷宮のようなものではありません。ただ、距離感が掴みづらいそうです」
「距離感?」
「えーと、日本だとあまりこういう場所ないよね?」
「ああ。えっと、樹海みたいな、ってことか?」
最初の説明はディリアさん、それに加えるようにして尋ねると、蒼井くんはすぐに返事をした。
「うん。木が密集していて、見えたり見えなかったり。だから、距離感が掴めないんだよ。実際、平坦なところにある訳じゃないしね。起伏もあるから、その分、歩くには時間がかかるし、魔族の襲撃もある……となれば、いつ着くかなんてわからないよ」
と、半分説明を投げたような話をする。
実際、魔族が襲ってくれば、そこで時間を浪費する。倒すだけじゃなくて、疲れをとるために休憩も入る。だから時間なんてあってないようなもの。時間なんて気にしていたら、気が滅入ること間違いなし、という感じ。
着いたら着いたで、魔王がいる上の階まで登っていかなければならないけど、その間にも魔族は出没する。そうなると、もう休憩どころじゃない。だから、ディリアさんと協力して、密かに強力な浄化作用を込めたクリスタルをいくつか用意したみた。
クリスタルを周りにおいて結界みたいに使ってみようという案なんだけど、実際、どれくらい効果があるか不明なのがなんとも言えない。(村だと、例のクリスタルがあったのであまり意味がなかったし、森で使うと効力が薄れる可能性があるので使っていない)
行き当たりばったり感がない訳じゃないけど、何もない所で休むよりはマシだろうということで喜ばれた。
考えが脱線したけど、理由を言ったらとりあえずは納得したらしい。みんな深いため息といっしょに俯いて、「まあそんな風に上手くいかないか……」とか、「あと少しだと思ってたのに……」と力なく呟く。
「まあまあ、でも、魔王を前にしたら、それこそどっちかが斃れるまで戦わないとならないんだからね。特に蒼井くん?」
「う……」
「あまりプレッシャー与えないでやって。相沢さん」
落ち込んだ雰囲気をどうにかすべく、というか、事実を言うと、蒼井くんが呻く。それをフォローするために苦笑しながら大野くんが私をたしなめるように言う。
「……そうだね。ここで話をしてても始まらないものね」
本当はプレッシャーとかじゃなくて事実なんだけど。でも、たしかに必要以上にプレッシャーを与えても意味がない。
それに魔王の強さはその代ごとで違うから、自分の目で確認しなければわからない。リートからの前情報では前の魔王よりは遥かに弱いというけど……前の魔王が規格外な強さと意思を持っていただけで……。
……。
やめ。考えるのやめ。
「まあ、できる限り頑張るしかないよ」
考えこみそうになるのをやめて、苦笑しながら言うと、蒼井くんも「まあなあ」とぼやくような返事をした。
そして話はそれで終わりになり、食事に専念した。
***
今日はもう休むので、この周辺を浄化して結界を張る。そのためにディリアさんと二人でみんながいる周りを歩きながら力を使っている状態。
結界は強化するために、外側から何周かまわって重ねるようにするのと、もし結界を破って入ってきても態勢を整えられるようにかなり広めにする。そうなると、ディリアさんと私は浄化に専念するため、蒼井くんが念のためと付き添った。
力を使うのに特に呪文や動きが必要なわけではない。けど、浄化するときはなんとなく瞑想するみたいに目を閉じて祈るような形になる。
ディリアさんも同じようにすることから、きっとこれがいちばん浄化するのにやりやすい方法なのかもしれない。
最後の一回りをしたあと、みんなのところに戻ろうとしたとき、ディリアさんが控えめに声を掛けてきた。
「あの、カリンさん」
「なんですか?」
視線をディリアさんに向けると、視界の隅に蒼井くんも映る。蒼井くんも訝しみながらディリアさんを見た。
「先ほどの続きになってしまいますが、本当に魔王を斃すことはできるのでしょうか?」
ディリアさんの声はわずかに震えていた。そして、期待も込められているの分かった。
でも、下手に期待を持たせる訳にはいかない。
「わからない。私は前の魔王と会ったことはあるけど、戦ったわけじゃないし」
正直、肝心なところで私の情報は役に立たない。逆にみんなの考えを乱すことになることもわかっている。私が経験した魔王討伐は明らかに通常と違うだろう。(魔王以外は変わらないけど)
魔王と戦っていれば、その強さを実感できたかもしれない。そして比較ができたかもしれない。けど、私にはわからない。
歯がゆい思い。
前とは別の歯がゆさだけど、こんな気持ちをしたくなかったから、最初、こうなることを避けようとした。自分のいる世界でもないのに、頑張る必要もないという気持ちは、どこまでも身勝手で、だけど正直な気持ちだった。
そうしてきた結果がこれだ。
「悪いけど、私はみんなの望む答えを出せないよ……」
どんなに望んでも、私はこの先を知らないのだ。
もどかしい気持ちはいつまでもなくならない。
そんな気持ちを察したのか、ディリアさんは力なく「そうですか……」と呟いた。