62 リーダーにしておこう
蒼井一人称です。
相沢の話を聞いてショックを受けたけど、大野とのやり取りで何とか立ち直った。いや、立ち直ったんじゃない。立ち止まっていても、何も解決しないんだと、大野との会話で気づいた。
この世界のことは、この世界の人たちが解決すればいいと相沢は言った。
今はその言葉が嫌というほどわかる。
召喚されたばかりの時は、ホント浮かれてたんだな。『勇者』になってくれなんて言われて。でも、ホントはそんなにいいもんじゃない。
それに、人から聞いた話がどれだけ偏ったものだったか……全てを知っていた相沢の心には何も響かなかったのも頷ける。
ただ……
もう『勇者』なんてやってられるか、とふて腐れるのは簡単だ。
でも、もう動き出していて、立ち止まるのは難しい。
なにより立ち止まったら、絶対に日本に還れない。
俺は日本に還りたいんだ。
別に特に夢があった訳じゃない。高校生にもなれば、自分の実力ってものはある程度理解できる。
頭は悪くないが、天才と言うには遠く及ばない。身体能力が高くスポーツ選手を狙えるかというと、これまた無理だろう。運動神経も悪くはないが、そういったものを目指すほど高くはない。
剣道だって部活の延長――周りよりちょっと腕が立つ――という程度だということが、この世界に来て嫌というほど理解した。というより、剣道はもともとスポーツで、生きるためにやるものでもないんだけど。
やっぱり俺の居場所は日本で、家族がいて、友達がいて……なにより日常はこんなハードじゃない。温い日常、といえばそれまでだけど、それが俺が育ってきた場所で、これからも生きていく場所だと思う。
そう、ここは生きるということと死ぬということがすぐ近くにあって、精神的な負担が大きい。平和な日本では信じられないくらいに。
ここに来て、毎日のように今までの日常を夢に見る。
そこまで俺は『還りたいんだ』って思う。
だから還るために頑張ると言ったら、大野には前向きすぎると言われた。
自分がいるべき場所に戻るために頑張って何が悪いんだ。ってか、お前も手伝えよ、と念押しする。もちろん「ああ」と応えてくれたけど。篠原も自分から頑張るって言ってくれたし。
相沢もあそこまで隠していることを暴露したからには、俺と同じように何が何でも還るんだという気持ちが強いだろう。それに、相沢にはその気になってもらわないと、魔王のところで作ったという返還陣が使えないしな。
……。
相沢が入学してから欠席していたのは、戻ってきてからの怪我だって言っていたよな。
還るときにはちゃんと場所を確認してもらおう。
そんな感じで、俺は前向きに考えようと、みんなを少しでも『勇者』らしく引っぱろうと決めた。
俺は、みんなに支えてもらわないとダメだと思うほどまだ弱いから。でも、名前だけでも背負った以上、すこしはそれらしく在りたい、と今は思う。
……勇者って、みんなのリーダーって意味でもいいんだよな? それならみんなを引っ張っていくくらいはできるだろうし。
***
心意気はよかったと思う。何事も前向きな姿勢は必要だと思うから。
でも、さすがに腹がすき過ぎてまともな考えなんてできなくなってきたぞ。
空腹で目が回りそうだ。
村を出て何日経ったんだっけ? 普通に携帯食を食べていた時はまだよかった。けど、携帯食が尽きて、召喚陣を使っての食料転送を試みたけど、魔族に邪魔されて成功しなかった。
それからは、残った少ない携帯食を均等に分け、そして、相沢の知識で食べられそうな果実や葉を探した。けどさすがに魔族の地のため、あまり食料になりそうなものはない。
もう、日本に還るとかそういう問題じゃなくなってきたような……。
おかしい。ゲームは話では、こんなに食料に関して悩む事なんてあったっけか?
意識が暗闇に沈みかける。
頭がきちんと働かない。歩いてるのかのか分からなくなる。
いつまで歩き続けるんだ?
魔王の所までなんて……その前に空腹で倒れて動けなくなりそうだ。
おそらく、何も考えない虚ろな目で、俺達はなんとか歩いていたと思う。その異様さに、魔族でさえ距離を置くものもいた。ガサガサっと音がすると、体はそれでも身構える。
結構この環境にならされたものだと思うものの、手強い相手だと空腹すぎてまともにやり合えるかわからないぞ。勇者が魔王の所にたどり着くまでに餓死って普通にありえるものなのか?
疑問符だらけで身構えていると、小物だったのか向こうの方から逃げていく。戦わなくてほっとすると、レーレンがぼそりとつぶやいた。
「……あれって、食べられるんだよね。実は……」
レーレンも空腹だったからだろう。今までそんなことは一言も言わなかったのに、今は美味しそうな物を見るような目で魔族を見ている。
また、それにみんな反応した。
もちろん、俺も。
すかさず力を使い、いつもなら胴体とかお構いなしに攻撃したのに、今は魔族の首に向けて力を収束し、そして切断した。おそらく、断末魔の叫びをあげることも、自分の死を知ることもなく魔族は死んだだろう。
その後はレーレンの指示に従って魔族を解体、火を熾し、その場でみんなしてかぶりついた。(いや、一応みんなは躊躇った。でも俺は率先して食べた。レーレンの言葉を疑う気もなかったし、俺はリーダーなんだ。みんなが躊躇っているなら率先して行動しなきゃ、という気持ちもあった気がする)
結局のところ、魔族はそれなりに食べれたし、腹も満たされたので餓死という悲惨な死は免れたんだけど、今度は魔族を食べたという事実と直面することになった。
相沢もさすがに魔族を食べたことはなかったらしい。植物のみの菜食主義者のような日々だったという。
だけど、喰っちまったもんは仕方ない。というか、体に害はないし、そこそこ美味かったし、これで餓死することはなくなった。これからも食べれそうな魔族なら喰った方が倒れなくて済む、と俺は力説した。
だって俺、こんなところで死にたくねえし。
俺が開き直ると、みんな諦めたのか、空腹に耐えるのが嫌だったのか、そこそこ前向きになった。ただ、魔族を食べたという事実はあまり考えたくないのか、あくまであれは動物――といっても、魔族なので、魔物と呼ぶようになった。
ってか、俺、勇者に選ばれて、魔王斃しに行くんだよな?
間違っても、サバイバルしに来たわけじゃないよな?
いやいやいやサバイバルよりもっと性質悪くね? 地球のジャングルとかサバンナの方がよっぽどマシじゃね?
考えても考えても見つからない疑問を抱えたまま突き進み――そして、魔王の城が見えるところまでたどり着いた。
なぜかファンタジーから遠ざかっているような…?