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61 食糧難は危険を呼ぶ

 壊れた。


 そう、言うより他ないだろう。

 狂気に満ちた目で魔物――最近では獣型の魔族は魔物というようになった――を狩り、焼いて、食べ、一息ついた時に思ったことだ。


『壊れた』と。


 けれど、お腹が空いたなどと言うのは生温いほどの『飢え』に襲われれば、もう正気ではいられない。

 それでなくても魔族が多く瘴気に蝕まれやすいこの地では。

 ――と、言い訳しても、空腹でまともな考えができなくて、食べられるといったレーレンの言葉を信じ、魔物の肉を口に入れたのは、他ならぬ自分たちの選択だった。


 そう、村を出て一週間くらいだろうか。

 保存食なんてすぐ尽きる。それでなくても食料の匂いがすれば、魔物に狙われ、まともに食事ができない。

 とりあえず、『魔物』についてだけど、あれは魔族に入るけど結局のところ、獣が瘴気を纏っているだけのものなので、私たちは『魔物』と呼ぶことにした。代わりに、人型で知性を持つものを『魔族』と。

 どうしてそういう言い方になったかというと、冒頭に戻る訳だけど、魔物の中には瘴気さえどうにかすれば、口にしても問題ない生物がけっこう多かったりするらしい。

 あちこち旅をするレーレンはその辺に詳しかった。


 保存食(主に肉類)を奪われ、尽き、そして、召喚陣で食料を転送しようとした矢先、魔族の横やりが入って結局食料を手にできなかった――という一幕の後、空腹に耐えかねた時にやってきた魔物を見て、レーレンが「あれは食べられるんだよね……」と呟いたからだった。

 その瞬間、みんなの目付きが変わった。

 今までは殺すのが目的だった魔物を、蒼井くんが首を飛ばして仕留めたあと、ディリアさんと私で瘴気を消し、旅慣れたレーレンが魔物を捌いた。その間に、蒼井くん達が火を熾して、そして魔物を焼いてみんなでその肉を食べたのだった。

 また、レーレンは焼いている間に食べられそうな植物も見つけてきて、一緒に焼いてくれた。即席バーベキューの出来上がりというわけだ。調味料が少ないため、薄味だったのがちょっと残念だったけど。


 夢中でそれを食べて、お腹が満たされた後、しばらくしてから、「今食ったの、魔族だよね……」と堤さんが呟いたのが始まりだった。

 連鎖反応で、「ああ、魔族だった」「うん、魔族だったね……」「食べちゃったよ……」とそれぞれ口にして俯く。

 そしてしばらくみんなして俯いて暗くなっていたんだけど、大野くんが「でも、けっこう美味かったよな」と呟いた。


「そ、そうだな。魔族にしてはけっこういけてたよな」

「そそそそ、そうだね。うん、けっこう美味しかったよね」


 と、今度は美味しかった口々に言う。

 まあ、あれだけ飢えていたんだから、何を食べても美味しかったに違いない。

 そういう彼らを見て、私は以前の時もこんな感じだったな……と改めて思い出していた。

 ただ、いくら飢えていても、まだ魔物が食べられるという考えがなかったので、その辺に生えていて毒のない植物で飢えをしのいでいたんだけど。


 どちらにしろ美味しければそれでよし、としたいに違いない。『魔族食べました』なんて、はっきり言って『人間やめました』に近いと思う。だから、あれは食料、食料なんだと互いに言い聞かせている。

 事実、レーレンも食べられる魔族がいることは知っていても、口にしたことはなかったらしい。もっとも、王室御用達になるほどの商人なので、食べ物に困ることもなかっただろうけど。


 そして一度外れた箍は二度と戻らない。

 以降、悠長に食料召喚なんてことはせず、レーレンの説明の下、食せる魔物を見つけてはそれを糧にしていった。

 そして、さらにもうひとつ。

 いくら知能が低く獣に近いと言っても、魔族なのだ。それを口にしだした辺りから、力がまた上がった。

 そっか、こんな風にして人は力を得ていったのかな……なんて思ったりもしたけど、飢えて途中で死ぬことより、魔族を食べたと言われても生きることにしがみついたのだった。


 ……前向きすぎるよ、蒼井くん。


 そう思ったのは、率先して口にしたのは蒼井くんだったからだ。

 たしかにみんな目つきが変わって魔物を仕留めたけど、口にするとき少しためらった。そんな中で、蒼井くんが率先して口にした。「食えるぞ」という一言をつけて。

 本当に、『人間やめますか』という状態でも、生きるという選択肢を迷いなく選んだ。ちなみに、この時の蒼井くんは瘴気にやられていたわけではない。

 ただただ無事に日本に還りたいという気持ちが勝ったから――と、思いたい。切実に。

 でも日本に戻った後に、いろいろ苦悩しそうな気がする。

 ここでの出来事は、記憶の奥底に封印して思い出したくないってなるような……。


 ま、とりあえずそれは今は棚上げするしかない。

 それよりも目の前の敵をどう倒すか――。


 すでに魔王の居城は木々の合間から見え隠れするくらい近くまで来ていた。

 最後の村を出て、悩んで、それでも立ち上がって、そして飢えて、魔物を食して――いろいろあったからあっという間だった気がするけど、もう魔王の居城がすぐ近くにあるという事実が、みんなをやる気にさせていた。

 けど、魔族の数が多すぎて、のんびりしている暇はない。

 ここらにいる魔族はもう魔物ではなく人型の知恵がある魔族ばかり。単調な攻撃では、すぐに見切られ反撃に出られる。

 が、ここまで来れば、蒼井くん達の腕は上達してるし、力も増してる(原因は追究せず)。

 それに、魔族を倒して進んだ場所は、ディリアさんと篠原さんと私の三人で浄化して、その後、堤さんとレーレンで結界のようなものを張ってある。

 そこから、聖霊たちに力を借りることができる。

(ちなみに、安全が保障されたその場所で、食料調達をすれば多少はよかったのかもしれないけど、冷静な判断力というのがなくなるくらい飢えと召還陣の失敗の後だったので、しばらくの間その事に気づかなかった)


 ――と、まあ、そんなわけで、風をあらゆるところに発現させて魔族を翻弄する。見切る前に、大野くん、ヴァイスさん、私らが一瞬の隙を見つけて剣を繰りだす。

 けど、しばらくするとそれも相手にとって単調になるので、隙を探している間に大野くんが空気中の水分を集めて霧を発生させて視界を遮ったりとか、ヴァイスさんが力任せに周囲の木を薙ぎ倒して魔族にダメージを与えたりとか、まあ、いろいろした。

 もう魔族との戦いをいちいち説明するのも嫌になるくらいに。




 そして、日が暮れる頃。


「さて、と。あとちょっとで魔王の所につくけど、とりあえず一休みしようぜ」

「だな。あ、堤は悪いけど強化結界な」

「了解。ディリアさんも手伝って」

「はい、もちろんです」

「じゃあ、僕はまた食べ物になりそうな物を探してくるよ」

「気をつけてね」

「うん」


 と、口々に野営の準備に入る。

 魔王の城近くなのに、変に気負ったところはない。

 大物だなーと思うのは、しょうがないよね。

 そう思いながらも、私は私で作った亜空間から食料を出す。

 最後の最後までとっておこうとしたものではなく、魔物を捌いて血抜きして燻製にしたもの。

 正直、燻製にするまでの時間があるなら、召還陣使おうよって話になるけど、召喚陣を使う時はディリアさんが一人丸腰状態になる。彼女の力は戦闘には向かないけど、常に私たちの周囲を浄化し続けるという役目があるので、召喚陣を使うとなると、浄化は私がやることになる。すると、戦力が一人欠けるので、対応が難しくなる――というわけで。

 魔物の燻製なら結界張って一晩過ごす間に作れるので、そっちの方が危険性がないのだった。


 まだ、最後の晩餐(もちろん死ぬ前の、という意味ではなく、魔王の所に乗り込む前のという意味での)ではないので、とっておきはしまっておく。

 すでに食べ慣れてしまったそれを、普通に料理として出して何も言わず食べる。

 もしかしたら、私たちが居なくなったあと、普通に魔物が食用肉のひとつになるのかもしれない。


 ……。


 まあいいか。どうせいなくなった後のことだし。

 食べれるものなんだから。


 そう納得して考えることを放棄した。

……勇者ご一行?

そして、いつの間にか魔王の居城が見えるという。


次回は蒼井一人称予定です。

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