60 方向性
村を出た日の最初の休憩は、お昼ご飯の時だった。
その時はものすごく暗かった。
原因が私にあるだけに、なにも言えなかった。
だけど、夜。
気づいたら、蒼井くんと大野くんは笑いながら話をしていた。
それにつられて、篠原さんと堤さんが口を出し、黙り込んでいたヴァイスさんとレーレンも少しずつ会話に加わった。ディリアさんはなかなか口を開かなかったけど、最後にはぽつぽつ話して俯かなくなっていた。
すごいな、と、言うのが素直な感想だった。
あの話を聞いても、それでも蒼井くん達は前を向いた。
その強さに、私は尊敬の眼差しを向けたのは悔しいので黙っておこう。
***
その日の夜、どうして笑えるのか聞きたかったけれど、聞く間もなく休むことになった。堤さんとディリアさんがある程度の場所に結界のようなものを敷いた。またそれより少し先には踏み込んだら分かるようにもした。
それらがあっても、見張りは欠かさない。
今日の見張りは、私、大野くん、ヴァイスさんという順番になった。
とうとう私も見張りに組み込まれたけど、まとめて休みやすいような時間にしてくれた。
私はみんなが横になると、火のそばに座り込んでハーブティーを淹れた。まだこの時間なら眠気覚ましのものでなくても大丈夫なので、疲れの取れるようなものを選ぶ。
カップに口をつけたままのんびり啜っていると、みんなの微かな寝息が聞こえてくる。
最初の頃と違って、過酷な環境でも眠れるようになった。見張りもあって短い時間しか眠れないのに、それでもすぐに眠りにつく。疲れているのもあるのだろうけど、みんなこの環境に適応するべく体を合わせている。
前に……前に来た時、今みたいに誰か仲間がいたら、何か変わっていたのかな、と考えてしまう。
前の私は、一人きりだった。
ううん、一人だと思い込んでいたのかもしれない。一緒に頑張ってくれる人はいたのかもしれない。それに気づかなかっただけかもしれない。
前向きにしている蒼井くん達を見ていると、自分がどんどんネガティブな思考をしていると思うし、あの時ああしていれば……とさらにネガティブになっていくところもある。
あまり考えこんでも仕方ないことだけど、こうして時間があると考えてしまうのは、あまりにみんなと違うからなのだろうか……
「……ん、……カリン?」
遠くで声が聞こえる。ぼうっとしていたせいか、返事に遅れると、「なに?」と尋ねるまで何度か問いかけられた。
「……ごめん、レーレン。ぼうっとしてた」
「仕方ないよ。みんな疲れてる。カリンは戦闘要員でもあるしね」
「でも、堤さんも寝てても力で危ない魔族が近づかないように結界張ってるよ。みんな頑張ってる」
「まあそうなんだけど。そういえば、寝てなかったけど、なにか考えごとしてた?」
レーレンは相変わらず色々なものに興味を持つし、相手の表情から言色々読み取るらしい。
確かに目は開けていたので、ちょっと寝ちゃった、という言い訳は通じない。仕方なく「ちょっとね」と答える。
ある程度は尋ねられるかもしれないけど、私の睡眠時間を削ろうとは思わないはず。
「そっか。カリンは色々知ってるみたいだから、それで考えこんじゃってた?」
「……うん、まあ」
「カリンって隠し事下手だね」
「え?」
「カリンは何か言えないことを考えていた時、とっさに対応できないよね」
そう言われて言葉に詰まる。
確かにその通りだけど、そんな状態の時に笑みを浮かべながら適当なことを言ってのける方が無理だと思う。そういうことができる人もいるだろうが、私には無理だ。
「……確かにそうなんだけど。考えれば考えるほどネガティブになっちゃってね。……みんなとは違うなあって、つい、ね」
「ねがてぃぶ?」
「あ、ごめん。うーん……後ろ向き? って言えばいいのかな?」
「あー、カリン以外はみんな前向きだよね。よその世界のために頑張ってくれるのは、正直僕らは嬉しいけど」
頑張ってなくてすみませんね、と言おうとしたけどやめた。
口にしてしまったら、さらに後ろ向きになってしまう。
たまに意味が通じない言葉あると、今さらながらに別の世界だと感じる。さっき言ったネガティブという言葉も、この世界ではうまく当てはまるものがなかったらしい。日本でもちゃんとした日本語じゃないしね。和製英語とか、科学を元にした医学用語とかは、ちゃんと伝わらない事が多い。
横道にそれた。
そうだ。どうして異世界の人を召喚しようなんて思ったんだろう?
日本でのことを思い出していたら、ふとそんなことに気がついた。
「ねえ、どうして他の世界から強い人を召喚しよう、なんて考えたのかな?」
そもそも、なんで最初にそんなことを思いついたのか。
なんで、異世界なんてものがあることを知っていたのか。
元の世界――地球でだって、地球以外に知的生命体を見つけたことはない。UFOとか話はあるけど。
どちらにしろ異世界なんて『お話』であるだけで、実際にあるという話はない。この世界より文明が進んでいるだろう地球でも、異世界なんて根拠のない話でしかなかった。
「うーん……僕も二百年前のことはよく知らないんだよ。あの頃は魔王を斃せたけど、その後の立て直しが大変で、しっかりとした文献があまり残っていないみたいだから」
「うん、それは知ってる。そんな状態だったから、しばらくしてから二百年前の事を考察する本がいくつも出てきたってのも。でも、どうして召喚なんてのが出てきたのかは書いてなかったから……」
城にいた時に読んだ本を思い出しても、魔族の危険性とかはあったけど、どうして召喚にまで至ったのかという文献はなかった。
ちなみに、召喚者第一号は私なので、それ以前には召還陣はなかったと思う。もちろん、召喚成功というのは当時の人たちの話なので、もしかしたら昔々にあったことを再現したのかもしれないけど。
まあ、魔王を斃せる人を探してたら異世界まで探索が伸びていた――とも取れるけど、それはそれですごい力だろう。方向性を変えれば、その力で魔王を斃せなかったのかと思うのだけど。
今回は前回のことを踏まえて、異世界というものがあるという前提で行っていると思われる。
でも、それは推測でしかない。
「そうなんだよね。みんなもう過去のことだから憶測でしかない。現実に判断する材料はほとんどないし、今はその時の召喚陣があって、それが問題なく使えた。……だから、みんなその事について調べるよりも、魔王を斃せる勇者を呼べたことに喜んだ。……僕にはカリンの質問の答えを持ってないよ」
「……そっか」
レーレンは誤魔化すような答えを言わかった。というより、レーレンも知りたいのかもしれない。
一応、納得したようにすると、レーレンは話題を変えた。
「そうそう、見張りは終わりだから、そろそろ寝た方がいいよ」
「うん、そうだね。……おやすみ」
「おやすみ」
レーレンの挨拶を聞いてから、私は自分の毛布をもう一度体に巻きつけ直して寝ころがった。
どうして自分がここに居るのか、今も昔も分からないまま。
次回はちょっとテンションがおかしくなってます。