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58 伝えるべきこと

「わっ。……相沢っ!?」


 何度か名前を呼ばれていたのか分からない。

 でも、やっと耳に入ってきた時、もうあの時では無いのだと再認識した。深く深く沈んでいた思考は、やっと今に戻る。


「あ……蒼井、くん……」

「蒼井、くん――じゃねぇよ。なんだよ、ぼうっとして。景気づけに相沢から何か言ってもらおうかと思ってたのに、なんか変なこと言い出すし」

「……ごめん。でも、さっき言ったことは本当だよ」


 確か前の魔王と戦っていないという説明をしたはずだった。

 魔王を斃すという目的のために動いているみんなに、私の発言は納得できないものだっただろう。


「本当に本当なのか?」

「本当に本当だよ、蒼井くん」


 眉間にしわを寄せて聞いてくる蒼井くんに、同じように答える。すると、ディリアさんも気になったのか、私を凝視して視線を逸らさない。

 人が力を持つべきじゃなかったとかって話はあまりしない方がいいんだろうけど。今のこの世界の人たちを全否定するような感じだから。

 でも、


「私の時はそういう魔王だったから、私は『封印』という形を選んだ。それも、魔王と話し合ってね。魔王は一世代に一人のみ。だから、封印されても魔王が存在すれば、新たな魔王の誕生は遅らせることができるんじゃないかなって」


 答えながらまた考える。

 世界の歪みから魔王が生まれる。魔王は斃され、瘴気を浄化して元に戻る、と。それが世界の均衡を守ることになっているのか、正しいことなのかわからない。

 でも、存在を確固たるものにした精霊たちは、また小さな存在に戻った。

 魔族もある一定の数だけ存在し、魔王が誕生するとその勢力を大きくする。

 人は魔族や魔王の瘴気によって住む場所を限定される。

 正しくなくても、三者が突出しないようには出来ているのかもしれない。

 そんな中、前の魔王が選んだ封印は、瘴気によってあまりに世界が汚れてしまったからだ。

 話し合った結果、浄化が終わるまでの間、新たな魔王が生まれないようにと、魔王として封印される事を望んだ。


「そういえば、前に私言いましたよね。勇者を召喚するのはやめて欲しいって。それには、いろいろ裏事情もあるけど、棲み分け出来ればって思うところがあるから」

「棲み分け?」

「魔族はここから先にほぼ集中しているよね。人はそこを刺激しない。飛び地で魔族が現れたところだけ何とかすればいい」

「ですがそれでは……」


 話をした先の魔王も、人が力を持っていなかった頃の生活については聞いていない。

 知らないと言った方が正しいんだけど。それでも魔王は自分がどういう存在なのかは理解しているらしい。

 ただ、先の魔王のように力が強すぎて逆に世界に悪影響を及ぼすことになるのはないと言う。もともと世界の歪みから少しでも修正するために存在するのだから。先の魔王の力が異常だったと言えるのだから。


「そう言うけど、どうして魔族なんていると思う? 魔族だってこの世界を構成するひとつの存在なんだよ。そう考えれば、互いに被害を少なくして棲み分けるというのも一つの方法なんだと思う」

「そういえば、前にも同じことを言ったよね」

「レーレン」


 そういえばそう言った。

 そう言ったのは、先の魔王からこの世界の話を聞いていたから。


「じゃあ聞くけど、どうして今までそのことを話さなかったんだい?」

「うーん……打倒魔王に燃えてるのに、世界の理やら魔王の存在意義について説明しても素直にその話を聞けるかな、って思って。今でさえすごく受け入れるのが大変そうに見えるもの」


 実際、見えるじゃなくて、本当に大変なのだろう。

 最初に来た時、魔族は人にとって害だと聞いていた。精霊のことも見えた。精霊たちも魔王は脅威だと言っていた。

 皆が皆、そう言っていて、誰も魔王の存在意義など教えてはくれなかった。最後になって、やっと当人を前にして初めて事実を知った。

 そしてその事実から立ち直るのにかなりの時間を要したはずだった。

 はずだった、というのは、私自身がみんなと同じように現実を受け容れられないで戸惑っていたのがどれくらいか、自分でもわからないからだ。


「私が黙っていたのは、打倒魔王って雰囲気もあるけど、今の魔王が好戦的だという話を聞いたから。だから本当は今までのことをひっくり返すような話はしたくなかったんだよ」


 聞いて混乱しないはずがない。人が力を持つようになったからとか、この世界の理とか、そんなのを聞かされて悩まないはずがない。しかも、人が力を求めたために歪んでしまった。

 衝撃を与えるのは分かっていた。

 でも、中途半端に話しても納得しないだろうし、すでにもう悔やんでも元に戻ることは出来ない。だったら、せめて使える力をどう生かすかが課題だと思うから。


「……本当に、本当なのですか?」

「私が先の魔王から聞いた話だけどね。魔王は嘘をついているようには見えなかったし」

「そう、ですか……」


 震える声で答えるディリアさん。

 そういえば、二百年前に比べて力に制限がついていて前よりもっと使いづらくなった。

 それに精霊王という存在もいない。いるのは小さな精霊たち。

 それらを考えたら、ある意味少しは前に戻ったと言えるのかもしれない。

 ただ、完全に戻るのは無理だろうけど。

 また、別の方向から見れば、人同士で争うというのも、魔王が存在する前に戻ったと言えるのかもしれない。

 良くも悪くも、魔族や魔王の存在は、人にとって影響力があり過ぎる。


「相沢さん」

「なに? 篠原さん」


 今まで黙っていた篠原さんが口を開く。

 篠原さんはおしゃべりってわけじゃないけど、必要な時には話しかけてくる。どちらかと言うとみんなに配慮して、こういう時、誰も口を開かない時にだけ問いかけてくる。


「相沢さんはいろいろなものを抱えていたんだね。でも……もしかして、わたし達がしていること、無意味だと思ったりしてた?」

「……っ」


 篠原さんの問いかけに言葉が詰まる。

 だって、今その問いかけをするのって、また不和のもとになるかもしれないから。

 争いを好まない篠原さんから問いかけられるとは思わなかった。


「無意味……だとは思っていない。魔王は存在しているし、人に害をなしている。ただ、それはあくまで人から見たものでしかない。私は……精霊たちを知っているし、先の魔王も知っている。だから、止めようと思ったことは何度もある。でも……みんなが頑張っていることも近くで見ている、から……」


 確かに無意味だと思うところはあった。

 でも、その無意味とは、自分たちが頑張ることではないからだ。ここに来た時はじめに言ったけど、ここは私たちには本来関係ない世界だから。

 でも、すぐには還れないし魔王だって存在する。もう先の魔王が言っていたような世界に戻すことはできない。

 だとしたら、還るためには魔王を斃すしかない。

 そう答えると、篠原さんは「そう……」と短く答えただけだった。

 結局、仕切り直しの再出発は、私の不用意な発言のために暗くなってしまった。


 今は必要ないと黙っていたこと、黙っていたほうがいいと思ったこと――でも、結果的には話してしまった。

 今でも、話してしまって良かったのかどうかは分からない。

 それでも。

 それでも、すぐには受け入れらなくても、痛みを伴っても、本当は知るべきことなのかもしれない。


次回は大野一人称になります。

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