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57 世界の理

『魔族は『魔王』を慕った。それが、自分たちを救えるものだと直感でわかったからだ。たしかに『魔王』は魔族に近く、そして人の欲による歪みから生じたため、人に対する見方は辛辣だった。そして、魔王対人という図式が成り立った』


 初めて聞く魔王の成り立ちに、人の欲がそれほどのものなのかと息詰まる。

 そして、掠れた声でやっと尋ねた。


『どうして、それほどまでに。……ううん。世界の歪みが魔王(あなた)たちを作ったのなら、どうして精霊は知らないの?』


 旅の途中、ほぼ一緒に居てくれたリートも、魔王についてのことは知らなかった。リートが嘘をついているとは思わない。

 でも、目の前の魔王が嘘をついているようにも思えなかった。


『精霊も、はじめの頃は確かな存在ではなかった。世界を構成する要素のひとつとして見られていた。人は……いや、人だけでなく、動植物、魔族も大気が、水がなければ生きていけない』

『そりゃそうだけど……』

『人が力を使い慣れた頃、聖霊たちもその存在を確固たるものにしていった。人が力を求めた故の結果――魔族は人を憎むようになった。精霊はそれぞれ自我を持ち、それぞれの長――王を元に大きな意思ができた。さらに歪みは大きくなり、魔王という存在が定期的に必要とされるようになった』


 魔王の話では、リートが風の精霊王だとして、いつの間にか自我を持ち、そして存在するようになっていた――ということになる。

 にわかには受け入れがたい話だけど、リートからいつから存在しているのかわからないという話を聞いているため、不思議と説得力があった。


『じゃあ、精霊たちは自分たちがどうして今居るのか明確な理由は知らないってこと?』

『恐らく。いつの間にか存在した。それが、『世界の始まり』からなのかもしれないと思っていても不思議ではない』

『……なるほど。実際、この世界の歴史はあやふやだものね。彼らも自分たちがいつから存在しているのか知らないみたいだったし。……でも、どうして『魔王』なの?』


 歪みから生じた存在なら、何も魔王でなくてもいいんじゃないかと思うんだけど。

 大体、この世界に『神』という概念があまりないのに――しいて言うなら精霊を崇めている? ――魔族が崇める『魔王』になる?


『恐らく世界の均衡のためだろう。魔王とは人が力を持ったためにできた存在だ。だとしたら、人の力を削ぐために存在するというのが一番しっくりくる』

『そんな……それに神様がいないのに、魔族には王がいるなんて……』

『神――か。たしかにそのような存在を感じたことはない。だが、世界には世界の(ことわり)というものがある。それが狂えば世界そのものに影響が出るのは当然。存続のために正そうともする』


 実に淡々と語る魔王は、私を騙すつもりで嘘を言っているように見えない。

 私は旅立つ前の少しの間、王立図書館などで自分なりに調べてみた。人づてに聞く話はあまり信用できないから、自分で調べて自分なりに考えた。

 この世界に、元の世界のような『神話』という形の最古の物語は存在しない。なのに、人がいて国があって、魔族が人々に脅威を与えている。そして、時に現われる『魔王』の存在が、さらに人を脅かす。

 ――というのが、王立図書館で調べた結果だった。

 時間があればもっと詳しく調べられたかもしれないけど、できる限りとれる時間で調べた本は、全て似たり寄ったりだった。

 それらに言えることは、やっぱり人を基準としたもので、世界全てに対してのものではなくて。

 でも、魔族は高位になれば力を持っていて、対して人は力を持っていなくて、だからこそ力を求めたのかな。魔族が力を持っているんだから、人が持ってもいいじゃないか――とか。それが正しいとかそういうのじゃなくて。

 でも、それが歪みになった。

 正そうとして魔王が存在するようになった。

 でも。


『……でも、それって正してることになるの? なんか臭いものには蓋をする、って感じで――』


 そう。しいて言うなら、人が力を使えるようになったのが原因なら、人が力を使えないようにするべきじゃないのか。

 それまでの人の生活がどうだったかわからないし、そう易々と力を手放すような真似はしないだろうけど、きちんと正すのなら元に戻すべきじゃないのか。

 そう考えていると、魔王から『なんだ、その言葉は』と尋ねられる。


『ええっと、私の世界のことわざ。嫌なものは見たくないでしょ。だから目をそらすの。もっとも解決策じゃないから、その場しのぎなんだけど…………って、どうしたの?』


 半ば独り言のように呟いていると魔王が尋ねてくるので、それに対して答えていたら、魔王の綺麗な顔が歪んだため、思わず尋ねてしまった。


『私の世界――ということは、やはり異界から呼ばれたのか?』

『う、うん。まあ……いきなり、突然……』

『そうか。では、あれは偽りではなかったのだな』

『あれ?』

『世界全体に干渉する何かがあったのを感じた。そうか、異界への道を開けば、確かに世界全体に影響を及ぼす。しかし、それでは余計に歪みを大きくするばかりだが……しかし、巻きこんでしまって申し訳ない』


 どうやら私が別の世界から呼ばれたのを知っていたらしく、確認するかのような質問だった。

 そして肯定すれば、更に悲痛な表情になり、謝罪までされてしまった。

 それは、想像していた『魔王』とは全く違っていて……


『私こそ聞きたいんだけど』

『なんだ』

『あなたは、本当に、魔王なの?』

『そうだ。今さらまだ問うか?』

『だって……なら、なんであんなことを言うの? なんで私が別の世界から呼び出されたって聞いて、そんな顔をするの?』


 魔王の顔は、全く関係ないのに巻きこまれて『勇者』という肩書を背負わされた気の毒な人を見るような、心苦しいという表情だ。

 私を憐れむような、そんな顔……


『やめて! 魔王なら魔王らしくして! でないと……でないとっ……』


 ――殺せない。


 ここまで来るのに魔族をたくさん殺した。人も殺してしまった。

 それもこれも、全て目の前の魔王のせいだと思って意気込んできたのに、そんな顔をされるとその気力がなくなってしまう。

 私が持っている『敵と見なしたものを斬る』剣は、このままいくと彼を敵として見なさなくなる。

 そうなると、私は還れない――

 どこまでも自己中心的な考え方だけど、還るためだけに頑張ってきたのに……

 思考がまとまらず、どうしようもなく涙が零れた。


 どうしよう。どうすればいい?

 目の前に魔王がいるのに、こんな存在を敵と見なせない。殺せない。

 でも、殺せなければ還れない。


 城の返還陣を使うのは諦めている。戻ったとしても何事もなく還してくれる気がしないから。

 だから、魔王がいなくなったこの場所で、自分で一から組み立てようとしていたのに、魔王がいるのならそれも出来ない。

 こんな、最後の最後になって、局面をひっくり返すようなことが起こるなんて思わなかった。


『なぜ泣く? 別に私の性格がどうあれ、そなたはそなたの役目を果たせばいい』

『やく、め……?』

『そう。歪みから魔王が生じるようになってから出来た新しいこの世界の理』

『理って……』

『歪みが限界に来れば『魔王』が誕生し、そして『勇者』が魔王を討つ。そして瘴気を浄化する。それが新たなこの世界の理なのだ。もっとも、斃せずとも、『魔王』という種が短命なため、そのあと浄化に努めればいいだけのことだが、今回は私の命が尽きる前に世界が崩壊してしまう』


 魔王の言葉を聞けば聞くほど、私が考えていた――否、教えられたものが崩れていく。


『そのために、そなたは私を斃しに来たのだろう?』

『……っ』


 そうだけど、そうだけど、そうだけど。

 でも、この世界に来て精霊を除けば、一番理性的に話ができた存在が魔王だなんて。

 しかも目の前の相手を殺す? また殺すの?

 魔族だから、魔族に操られていたから仕方なく、そのどれもが通じない。いや、魔王だからという理由があるけど、こんな風に理知的に話をされては、その思いもなくなってしまう。

 前から想像いたように『よく来たな』と言いながら、すぐさま攻撃してくるような相手だったら。

 もしくは戦って勝った方が正義、と言われた方が良かった。負けて死んだとしても――それが悪だとは思えないけど――、それでも納得できる気がしたのに。


『なんで……、なんで、そんなに自分を斃せなんて言うの? 普通なら、もっと抗うべきなんじゃないの?』


 口から出るのは魔王の言葉を否定する言葉。

 会話なんてするんじゃなかった。死ぬかもしれなかったけど、魔王の存在を認めた直後に打って出ればこんなに迷わなかった。


『先ほど言った通りだ。勇者が魔王を斃すのがこの世界の理。何より、私の力は強すぎた。このまま続けば、もうすぐ世界は瘴気に飲み込まれる。それはこの世界の生き物が存続できなくなるということだ』


 淡々と告げる魔王は、自分が生きることより世界の理を望んでいる。


『じゃあ、あなたの前の魔王も、みんなそれを受け入れてきたと言うの?』

『それは分からない。そもそも世界を護るためならば、勇者を待たずとも自害すればいいのに私にはそれが出来ない。魔族に自害という概念がないのと同じく、魔王たる私にもないのだ。そして、魔王の記憶は引き継がれることがない。よって、先の魔王たちの気持ちは分からない。私はただ、勇者が現れるのを待った』

『なに、よ。それ……』


 それでは、魔王とは勇者に斃されるために存在するものじゃないのか。

 混乱する頭で勇者とはいったいなんだったのかと考える。

 そうだ、数年に一度大会が開かれて、そこで優勝した者が『勇者』の称号を得るんだっけ。そして、彼らは魔王がいない時代は魔族を狩って人を守って……

 守るってなに。何から守るの?


 こんな話を聞いたら、守るものが何かわからなくなる。

 私はどうしていいのかわからず、ただ立ちつくした。

 魔王の声が聞こえた気がしたけど、何もできずに、そして――

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