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56 先の魔王

 蒼井くんの足が止まったのにみんな気づいて訝しげな視線を向ける。

 みんなの視線の先には蒼井くん、そして、蒼井くんの視線の先には私――


「な、なに、いって……」


 掠れた声で蒼井くんが問う。

 それを聞いて、みんなは一体何の話なんだ、と視線を蒼井くんから私に移す。


「今言った通りだよ。いつか言おうと思っていたんだけどね。みんな特訓でそれどころじゃなかったし」


 努めて静かな口調で返すと、蒼井くんが大声で叫び始める。


「だって……だって、相沢は魔王を封印したんだろ!? 戦ったんだろ! なのに、なんでっ!!」


 魔王を封印したことと戦ったことはイコールではないということに気づかないんだろうか。

 ……まあ、無理か。

 ちょっと考えたあと、すぐ結論を出す。


「蒼井くん、私は蒼井くんにもみんなにも言ったよね。今回の魔王は好戦的だって」

「……ああ」


 今回は好戦的な性格、じゃあ、前回は?

 蒼井くんと私の会話が魔王のことだと気づき始めたのか、ディリアさんが「私にも最初そう言いましたよね」と口を挟んだ。


「うん」

「今回は……じゃあ、前回――カリンさんが封印したという魔王はそうではなかった、と言うのですか?」

「うん、そう」


 あの力で抗戦的な性格だったら、城の内部に潜む魔族を斃して疲弊した体で絶対に勝てるはずがない。

 いや、体力が万全だとしても無理だった。

 そう告げると、ディリアさんが「ですが、カリンさんは魔王を封印したんですよね!?」とまた尋ねる。


「したよ。でも封印に関しては、魔王と私、互いに意見の一致でそうなっただけ」

「意見の、一致……?」

「どういう……」


 答えれば答えるほど、私の返事はみんなを混乱させる内容になる。

 私は深く息を吸って、当時のことを話しだした。


「――前に、この世界に来た時、ものすごく荒れ果ててた。どこに行っても瘴気が纏わりついて気持ち悪いほどに。森は荒れ果て草木は枯れて水も濁ったものばかりだった。人はそんな中、瘴気に半ば意識を乗っ取られたような形でいた。まともな判断なんてできる人は、ほとんどいなかった」


 まともな判断ができないからこそ、魔王を斃せる力ある者が誤って人を殺しても、その力を惜しんだ。

 全ての元凶になっている魔王を斃せるなら……みんなそう思っていた。

 だから魔王を斃す可能性を持つ私に、人たちは過大な期待と逃げられないように周囲を固めた。


「その辺は前にも聞いたけど……どうしてそれが魔王と戦ってないってのに繋がるんだ?」

「えっと、さっき言ったように今度の魔王は好戦的。――それって、性格だよね?」

「あ、ああ……」

「魔族も人と同じように性格があるんだよ。特に人型になるような魔族はね」


 人型の魔族は獣型と違って知能も上がるし、性格も出てくる。人を操って……なんてのは、陰険なタイプだ。

 それ以外にも直情型、戦闘狂、策士タイプ、様々だ。


「それは魔王にも当てはまるんだよ。二百年前の魔王は静かで思慮深い性格だった」

「まさか……」

「自分がこの世界に必要以上の悪影響を与えているのもわかっていた。でも、魔族には自害という概念はないみたい。だからどうしていいのかわからなくて、『勇者』が自分の元に来るのを待っていた。たくさんの魔族を殺すことのできる勇者なら、自分のことも殺してくれるかもしれない――って」


 みんなに語りながら、当時のことを思い出す。



 ***



 魔王の前に立ち、その力に怯えながらも魔王を睨みつけた。


『そなたが『勇者』か、よく来たな。その姿――女のようだが』

『ええ、私は女よ。でも、『勇者』にされた。あなたを斃さないと、私は還れない』

『そうか。では、私を斃すがいい』

『…………え?』

『そのために来たのだろう』


 魔王は言葉通り抵抗する意思など欠片もないのか、両手はぶら下げたまま、力の流れも感じなかった。

 魔王の意外な行動に、私は虚を突かれた気分だった。

 あとで、そのまま行動していれば――と悔やむくらいに、驚いていてすぐに動けなかったと言える。


『どうした?』

『…………あなた……は、本当に魔王なの?』

『そのようだ。魔王とは人の王とは違い、血の連なりでなるものではないが、その力ゆえ、周りから魔王と認められる』

『みたいね。あなたは周りの魔族が守ろうとしていたもの。でも、その魔王から討つなら討てなんて、自分のことなんてどうでもいいような言葉を聞かされるとは思わなかった』

『……そうか』


 私が呆れながら返すと、魔王は言葉短めに言い、そして微笑を浮かべた。

 元の世界では娯楽に溢れていた。本などでよくあるファンタジーでは魔族――というより、力が強ければ強いほど美形という話はよくあるが、この世界の魔王にも同じことが言えるようだ。

 私を見る魔王の顔は、今まで見た誰よりも美しいと言える。また、色素を持たないかのような白銀のさらりとした髪を見ていると、本当に魔王なのかと思いたくなる。だって、その姿はクヴェルを思い出すから。

 まるで精霊のようだ。髪と同じように日に当たらないのか白い肌、細面で整った顔。薄い唇は魔王という肩書も含めて酷薄そうに思えるのに、その目は知性と理性を持つものだった。何より、優しげな視線、口調で『魔王』らしさを感じさせない。


『もう一度言うけど、あなたが本当に魔王なのね?』

『それは間違いない。私は自分が望まなくとも魔王だと分かる』

『自分が望まなくても?』


 魔王と会話をすればするほど、混乱していくような感じだった。

 人にとって、魔王の存在は魔族を活性化させる源であり、そして世界は瘴気で溢れかえる。人はその瘴気に充てられるとまともな思考を保てない。それ以前に、魔族に殺される人が増えるため、魔王の誕生は脅威なのだと――そう聞かされていたから。

 そして、それが人にとって嘘でないことも、ここへ来るまでの間で嫌というほど見てきた。

 なのに、魔王のこの態度は……


『この世界は(ひず)みが常に付きまとう。それが具現化したのが魔王だ。世界の歪みがたまり修正が効かなくなった時、魔王が誕生する』

『歪み?』


 瘴気じゃなくて? と、初めて聞く単語に首を傾げた。


『そなたは人と接していてなんとも思わなかったのか』

『それって瘴気のせいでおかしくなっているんじゃないってこと?』

『それもひとつ。この世界の人間は魔族とは違う『力』を使う』

『それは精霊が貸してくれる力?』

『違う。そなたは知っているはずだ。人の力は精霊の力と同義ではないと』


 すぐさま訂正されて、私は言葉を呑み込んだ。

 そもそも、私自身がみんなが言う属性なんてものに縛られていない。(この時、二百年後にさらに酷くなっているとは思わなかった)

 それだけでは証明できない『力』を人は使うことができる。


『でも、どうしてそれが歪みになるの?』

『人は本来、力を使える存在ではなかった。彼らが特筆すべきなのは、その生命力と繁殖力だ。そのため彼は数の多さでこの地で多くの居住場所を得ていた』

『……』

『だが人は力を求めた。そして魔族も人と似たようなものが存在する。それらが人と交わり変わっていったのだ』

『ええと……』


 なんとも壮大な話になったような。

 要するに、魔王が言いたいのは、人は力などなかった。おそらく元の世界の人間のように不思議な力を扱うことはないし、科学が発達していかなければ文明の進みは遅かっただろう。

 それが、魔族との繋がりによって人は力を持つようになったということ?

 私の考えを呼んだかのように、魔王は止めていた話を続けだす。


『なにも魔族と人との交わりのみではない。魔族を捕獲し、契約を結びその力を使えるようにするなど、いくつかの手があった。とにかく、人はそうして目に見えない力を行使できるようになったのだ』

『それはわかった。でも、それってそんなに悪いこと?』

『悪い、悪くないではない。この世界が創造された時、そのような方向性はなかった。なのに、今は間違った方向へと進んでいる。それが歪みになる』


 魔王は淡々と事実を告げる。

 そうだ。不思議と私は魔王の言葉を嘘だとは思わなかった。


『元々、遥か昔の魔族はもっと違った存在だった。他の動物と同じだが、不思議な力があったり人の形を好むものもいた。世界を構成するひとつだった。だが、人が力を持ち変わり始めた。力が欲しい、他者より秀でていたい、と。それはさらに力を求め、歪みを大きくしていった。歪みは世界の自己修復では不可能なほど大きくなり、そして、それを元に初めて『魔王』が生まれた』


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