55 二度目の旅立ち
そして――
何日過ごしただろうか、最初の頃は日付を確認していたけど、いつの間にか村の中で瞑想し、外に出ては魔族と対峙して力を強めていった。
今では蒼井くんは風を自在に操り広範囲での攻撃が余裕でできるようになった。ただし、蒼井くん一人で戦っているわけではないので、周りに対する配慮が必要で、その辺りの詰めがまだ甘い。とりあえず前に向けて広範囲と言う形に落ち着いてはいるけど、建物――魔王の居城に入った時にはこれでは問題がある。
『今後の課題だよなぁ』と軽い口調で言った蒼井くんを見れば、これからの行軍のうちに別の力の使い方を学んでいくだろう、と思われた。
次に大野くん。
初日に水球を作れたくらいなので、空気中の水分をかき集めて上手く使うことにしたようだった。
目には見えないほど細かい水分を上手く操って、知らない間に魔族を絞め殺したり……ね。なんと言うか、最初の頃の「うわっ、殺しちゃった!」と言うようなデリケートな面は一切なくなった。
ある意味慣れって怖いとつくづく思った。
……ううん、きっと……精神が強いんだろう。倒すべきもの、守るもの――それらをきちんと区別して、躊躇わないようにしているというのかな。
どちらにしろ、私の予想をはるかに上回り、急成長を遂げたのはどちらかと言うと大野くんの方だった。
だって、風と水なら普通に風の方が身近に感じる分、使い勝手がよさそうだもの。精霊にしても、好奇心旺盛なリートの方が面白がって手伝ってくれるから。
水は、その場にないと使えない力――というこの世界の人たちの認識を覆すものだったし。
私の予想は置いといて、空気中の水分を集めるのを、みんなの水確保にも使えるようにお願いしておいた。食料も大事だけど、水も大事だから。
そんな私の言い分に、大笑いしたのは堤さん。
彼女も最初は戸惑っていたけど、少しずつ力に慣れていった。
地はよく護りとか道しるべに使うのが多い。護りは堅固な要塞を造るためとか、道しるべは舗装された日本の道路と違ってわかりにくい道を歩くために使われる。
堤さんは魔族との交戦時は篠原さん、ディリアさんを護るための力を使う。この辺りの原理は私もよくわからないんだけど、まるで地面に線でも敷かれていて、その線より踏み込めないようになっている。
それに、時には地面を陥没させて足場を崩したり、逆に下から突き上げるようにしてバランスを崩したりして、私たちが攻撃しやすいように隙を作ってくれる。特に私は剣を使った接近戦がメインなのでとても助かる。
そして驚いたのは、魔王の居城までの道程を調べていたこと。
蒼井くん達が瞑想して感覚を広げたように、同じことをして堤さんは魔王の居城までの道程を調べていたようだった。
魔王の居城は大よその見当はついているものの、ディリアさんたちが知るのは二百年前の情報だけ。魔族がたくさんいるあの場所に、人が近づきたくないのは当然と言えば当然なんだけど。
なので魔王が斃された後、魔族が極端に減った時ならば探索可能だけど、魔王が存在する間は魔族が活性化しているので、仕事といえどあまり近づきたくない場所なのだ。
そんな感じでみんな順調に力を使い慣れてきた。
篠原さんとディリアさんも同じく順調。
二人は癒しと浄化がメイン。篠原さんもいつの間にかディリアさんと一緒に浄化できるようになっていたし、ディリアさんも怪我の治療ができるようになっていた。
どうやら互いに教え合って、二人で力の使い方を学んだよう。
二人は堤さんと同じく、魔族との抗戦時はバックアップになる。瘴気の濃い場所で浄化をして魔族に優位な場所を少しでも私たちが戦いやすいようにしてくれる。
……とまあ、前衛と後方支援でなんとなくパーティっぽくなってきた。
ヴァイスさんとレーレンはそれほど力がないので、前衛というより、後方支援のディリアさんたちの警護がメインになっている。
ヴァイスさんは少し前にこう言った。
『この世界に生まれて力を知っている俺たちよりも、やっぱり勇者として召喚されてきた者の方が力が強いんだな』
と。
それはレーレンにも当てはまり、同じようなことを言っていた。
けれど、魔王討伐などと言う歴史的な瞬間に立ち合えるのなら、少しでも役に立ちたいと、最後までつき合ってくれると約束もしてくれた。
そのため、城を出てからメンバーが変わることなく続いている。
――と、まあ、そんなことをして、およそ二ヶ月くらいこの村で過ごしただろうか。
今では人の形をした魔族相手にも、蒼井くん達は怯まず突っ込んでいく逞しさを身につけていた。
私はといえば――色々研究してみた。
主に食料について、だけど。
水に関しては大野くんに任せて、ディリアさんの力――異世界から力のある人を呼ぶという――がどこから来るのか考えていた。
その答えはすでに自分で口にしていたこと。
『時間』と『空間』。
この世界の『属性』に当てはまらない力。
というより、属性なんて自分に合うかどうかくらいのものなんだから、頑張ればなんとかなる、という感じで何度も試した。もちろんディリアさんにも手伝ってもらってだけど。
そして、こことは違う『空間』に干渉することで、物を『時間』を止めて留めることになんとか成功した。
でも、ディリアさんと二人がかりでもそれほど大きな空間を作ることはできなかった。
話し合った結果、そこの空間は時間を止めてあるので、最後の手段として残しておいて、予定どおりあの魔法陣を使ってなんとかするということに落ち着いた。
――と、まあ私はといえば、そんな感じであまり戦うことについて焦点を置いていなかった。
だって敵陣で飢えるのは嫌だもの。
そんな私の考えは遠くへ追いやられ、みんな――特に蒼井くんと大野くん――には、私はもう修行(?)する必要なんてないんだなと尊敬の眼差しで見られ、実に居心地の悪い思いをする羽目になった。
いや、それ全く違うから、と言っても聞き入れてもらえないほどに。
***
誤解を解けないまま、村を出る日が決まった。
修行といっても外で実戦もしていたため、村の近くには魔族の影もなくなり、ディリアさんたちの浄化のおかげで村の中だけでなく周辺も綺麗になったので、もうこれ以上、ここで修行しても仕方ないだろうということになったから。
村に戻って特訓はできたけど、結局、魔法は作れなかったなぁ、などと独り言ちてみるけど、みんなの力は格段にレベルアップしたのだから別にいいか。ポエムのような意味の解らない言葉の羅列を使われてもなんか恥ずかしい感じだし。それが、後々この世界に定着したらすごく嫌だもの。
そういえばメンタル面でも丈夫になったっけ。最近だと、魔族=敵といった感じで、躊躇いなく剣を振るう。
その強さは、私がずっと欲しかったものだった。
「さて、と。みんな準備できてっか?」
簡単な装備を身につけ、蒼井くんが号令をかける。
その声に反応して「オーケー」だの、「大丈夫!」という答えが返ってくる。
みんなやる気満々だ。
ここでの特訓はみんなにいい影響を与えたようだった。実際、本物の魔族も相手にしてるし、旅をしながら魔族を斃しているか、拠点が合ってそこで魔族を駆逐していくかの違いくらいだからね。あまり気負うところがないのは確かなのかも。
野営に関しても、力を使いこなせるようになったディリアさんたちがいれば、ある程度の安全圏は確保できるようになったし。
……なんて思っていると、蒼井くんに声をかけられた。
「相沢」
「ん、なに?」
「堤の話だと、普通に歩いて一ヶ月ちょいってところみたいだけど、相沢も同じくらいに見てると思っていいのか?」
「ん。まあ、距離的にはそんな感じだね。魔族を相手にしたり、迂回する場所があれば少し変わってくるかもしれないけど」
「そっか」
一ヶ月――そして魔王との決戦が終われば……あと二、三ヶ月で元の世界に戻れるという計算になる。
自然と手に力が篭るようだった。
「じゃ、あと二ヶ月くらいか? 頑張ろうな」
「うん、そうだね」
パーティとしての役割分担も上手くできるようになってきて、余程のことがない限り、魔王相手じゃなければ、それほどの危険はないと言ってもいいと思う。
ただ、魔王に関しては、リートたちの情報によれば好戦的ということだから、かなり苦戦を強いられそう。そうなると、城に入る時にはきちんと計画を練って……
「あ、そうだ。魔王を斃した相沢からなんか助言ないか? ……って、まあ、力の使い方について助けてもらってばかりだけどさ、でも、相沢しか知らないことってあるだろ? だから……」
軽い口調で話す蒼井くんに、
だけど……だけど、私には答えられない。
一瞬ためらった後、蒼井くんを見据えてこう言った。
「ごめん。私には魔王については助言できないんだ」
「どうしてだ?」
「私は、前の戦いで、魔王とは剣を交えていないから」
簡潔に答えると、私の言葉を理解すること数秒要した蒼井くんから、その後に続く言葉はなかった。
思わぬところでネタバレに走りました。
しばらくは定期的に更新できそうです。