53 やはり感覚が大事? 2
大野くんが座りこんでから約一時間。蒼井くんのようにいろいろ話しかけてはこなかった。目を閉じたまま微動だにしない大野くんの集中力もすごいと感心する。
私はといえば、そんな大野くんの傍に座ってのんびりしていた。
ここのところ、ずっとバタバタしていて落ち着かなかったので、こうした時間は久しぶりだった。
「ねえ、相沢さん」
のんびりした雰囲気に浸っていると、後ろから声をかけられた。
この声は――
「なに? 篠原さん」
振り向いてみると、やっぱり篠原さん。
そういや、最初の頃は声とか覚えていなかったんだよね。篠原さんと堤さんは声が高めで似ているし。話なんてほとんどしたことなかったから。
「あの……ちょっと今いい?」
「えと、大野くんの様子を見てるんだけど」
「そっか……」
「どうしたの?」
篠原さんは癒す力を十分に使えていて、何も問題ないはずだけど。
ああ、クリスタルによる浄化の練習をしてみるって言っていたっけ。でもあれも、体の傷を治す要領で瘴気を清浄な空気に戻していくようにすればいいと言ったら、それもあっさり出来ていたはず。
「あのね、エリが……やっぱりみんなと一緒で上手く行かないみたいで、その……」
「堤さんも?」
「うん。でも、エリって前に相沢さんに突っかかっていたから……なんか、今さら教えてって言いづらいらしくて」
篠原さんが言いにくそうに答えると、私は苦笑するしかなかった。
確かに堤さんにはそれっぽいことを言われたけど、心配もしてくれたのにね。自分たちでは話せないのかと、踏み込んで尋ねてくるくらい、人に対してお節介なところがあるのにな、と思う。
それにしても、堤さんは『地』だっけ。
地――エルデの力は大地の上なら迷うことなく進むことができたり、物理攻撃の防御に長けている。ただ、地面を割るような行為は、逆にエルデたちを傷つけてしまうので力を使う本人にも反発が来てしまう。
基本的に攻撃にはあまり向かないもの。だけど、これから先、魔王の所まで行くには、きっと堤さんの力が一番必要だろう。ちゃんと把握できれば、安全な道を最短ルートで探し出すこともできるはず。
となると、大地から得られる情報を上手く引き出すことに専念した方がいいかもしれない。
「そうだね、とりあえず堤さんは地面に寝転んで大地を実感してみるといいよ」
「……相沢さん、それって適当に言ってない?」
蒼井くん達に比べてあまりに簡単だったのか、篠原さんから心配そうなツッコミが入る。
「そうじゃないよ。今、地の力を考えたらそう考えただけ。あと、地だったらレーレンも地がメインだから、聞くといいかも」
「本当に?」
「地は大地でしょ。地面に寝転んでそこから根を生やすように感覚を伸ばしていくと、先まで知ることができるんだよ。蒼井くんは風だから風に乗ってって教えたけど」
今の力の使い方だと、得意な属性を伸ばすのが一番確実なやり方になってしまう。本当なら属性に縛られずに使えるはずなんだけど、この世界に来て最初に植えつけられた認識がなかなか取れない。
「そういえば、どうして感覚を周囲に伸ばすことばかりしてるの?」
私があれこれ考えてると、篠原さんが疑問に思ったことを尋ねる。
「えっと、感覚を周囲に広げることで、魔族が近くにいるかどうかをより早く知ることができるよね?」
「あ、そう言われると……」
「で、どこにどれだけの数の魔族がいるか先に理解できれば、襲われた時にすぐに対処出来るじゃない? 不意を突かれるより、よっぽど対応しやすいよね」
「あ、うん。わかった。じゃあ、エリにそう伝えておく」
「うん。これから先、地図があるような所を進んでいくわけじゃないから堤さんの力は重要だよ。攻撃力は低くて目立たないかもしれないけど、みんなが安全に、かつ、早く魔王の所へ行くためには、堤さんの力が必要だもの」
そう言うと、篠原さんは納得した顔で、堤さんの所に戻っていった。
二人のやり取りはここからでは聞こえないのでよくわからないけど、暗めの表情だった堤さんの顔がやる気の顔になってくる。
それを見てほっとして、大野くんの方に視線を戻した途端、いきなり顔に水をパシャッとかけられる。
「なっ!?」
驚いて声を上げると、大野くんが笑う。
「びっくりした?」
「……何したの?」
「別に。瞑想してたら空気中にある水分に気づいて、それをかき集めてみたんだけど」
「…………大野くん、それ、かなり高等な技術だよ……」
流れというのを感じ取っているのかと思いきや、そうじゃなくて、さらにその先をやっていたようだ。
しかも、目には見えない小さな水分――湿度と呼ばれるものをこれだけかき集めたのだから。
正直、みんなの力の底知れなさに驚かされる。きちんと力を把握して使えれば、相当な使い手になる人たちばかりだ。
となると、蒼井くんが中心だったけど、周りにいた大野くん達も一緒に召喚されたのも頷ける。一人より二人、二人より三人……強い人が多い方が、魔王を斃すのにより確実になるから。
そして、そんな人間を数人、世界を超えて呼び寄せたディリアさんもすごいと言える。本来、あの召還陣は人ひとり呼び出すのに精一杯のはずだ。
…………それにしても、すごい力を使える素質を持っているのに、なかなか上手くいかなかったのは何故なんだろう?
「相沢さん?」
考えこんで返事をしなかったせいか、間近で大野くんが私の顔を覗き込んでいた。
「わっ、大野くん」
「大丈夫? ぼうっとしてたけど」
そう言いながらハンカチ――おそらく向こうで使っていたものだろう、ちょっとよれている――を差し出してくれる。
そういえば、大野くんの悪戯で顔が濡れたままだった。
「ちょっとね。あ、これくらいなら大丈夫だよ」
そう答えて、力を使って顔と髪についた水分を分離させ飛散させる。
「すごいね、そういうこともできるんだ」
「一応、ね。それより大野くんの方がすごいよ。瞑想してるだけじゃなくて、空気中の水分をこれだけ集めちゃうんだもの」
「そうかな?」
ちょっと照れくさげに言う大野くんに、私はしっかり頷いた。
力を使えたという満足感が見える。
こうして力を使っていって、少しずつ応用を利かせれば、それぞれに合った力の使い方を得るに違いない。
これだと時間を惜しんでお城で手抜きするより、しっかり力について練習してからの方が良かったんじゃあ……まあ、とはいっても、『殺す』という問題が残るか。
平和ボケした日本人を呼ぶのはやめてほしいな、ほんとに。
「どうしたの?」
「うん、まあ、いろいろ考え中」
「相沢さん、考えるの多いね」
「……どうしてもね、こればかりは……」
少々脱力しながら、それでも短時間でこれだけ成長するみんなを見て、ここでの練習時間は思ったより少なくて良さそうだ、と思った。