52 やはり感覚が大事?
それから一時間くらい蒼井くんと会話をしながら、蒼井くんは意識を飛ばしつづけた。
ある意味、すごい集中力と言える。
蒼井くんの意識は村から出て、付近の森まで及んだ。さすがに魔物は見つからなかったみたいだけど、感覚は掴めたようだった。
こうやって見てると、蒼井くんはやっぱり勇者として召喚されただけある、と素直に思う。多分、蒼井くんはまだまだ伸び代がある。
私のようにある程度自分の力を理解してしまった者には無理だ。この世界の変化を理解したため、力は増したけど、これ以上強くなることはないだろう。使い方次第でまだやり様はあるだろうけど……
考えていると、蒼井くんがぼそりと呟く。
「なんか、やってると面白いな」
「そう?」
「俺に教えることができるくらいだから、相沢もできるんだろ?」
「うん、一応ね」
出来ない、とは言わない。真剣に力を学ぼうと思っている蒼井くんに対して、嘘はつきたくなかった。
でも、さすがに一時間以上も意識を飛ばしながら会話をするなんて、今までやったことがなかったので、一応と付ける。
「じゃ、その感覚で、その前にやっていた丸太を斬ってみる?」
そう言いながら、五十センチ程度に切られた木を持って、蒼井くんからある程度離れ、先程とは少し違う場所に置いた。けど、ぱっと見ただけでは、蒼井くんの所からは位置が違うことは分からない。距離を少し変えただけ。
これは空間をどれだけ把握できたか見るためだった。
「これを試すのか?」
「うん」
「そっか。じゃあ……」
蒼井くんは丸太を見てぶつぶつと呟いている。
それから、丸太を睨みつけるように見て、「風よ、斬り裂け!」と叫びながら手を振りかざした。
蒼井くんの前の視界が歪む。
それから、突風のような風が吹きぬけた直後、丸太にいくつもの傷と、いくつか抉れた部分ができた。斬り裂くというより、表面をいくつもの風で傷つけたという感じ。
これが魔族だとしたら、一発の致命傷による攻撃ではなく、浅いけどかなりダメージを負う傷という感じかな?
一発で倒せないというのはまだ問題が残るけど、それよりも、感覚を少し磨いただけで、ちゃんと当てることが出来たことがすごい。
一時間ちょっと前は、当てるのも難しかったのに、今は浅いけれどいくつもの傷を丸太に作っている。それに、私が見るかぎりでは、蒼井くんが当てられなかった風の刃は一つもない。
「すごいね」
「そ、そうか?」
肩で荒く息をしながら、蒼井くんは私の方を振り向いた。
「うん。さっきと全然違うよ。風の刃の数も多かったし、ひとつも外れてない。大きなダメージにはなってないけど、瞑想する前と比べると急に――うーん……レベルアップした感じ?」
蒼井くんがレベルアップというのを使っていたのを思い出して、分かりやすいように返す。
もちろんこの世界にレベルだのは存在しないけど、でも、ゲームの中で言うなら、レベルアップして初級から中級になった感じだった。
「これでレベルアップって言えるのか?」
「言えるよ。空間把握が出来るようになった、視界を飛ばして広範囲が視えるようになった。対象物に力を当てられるようになった。――悪くなっているところなんてどこにもないよね?」
「……」
「蒼井くん?」
納得できないんだろうか、蒼井くんはきょとんとした顔で自分の手と切り刻まれた丸太とを交互に見てる。
「そっか……あれは俺がやったんだよな」
「そうだよ。あ、そうだ。あの丸太までどれくらいの距離があると思う? 単位はメートルでいいから」
「えっと……十一メートル二十センチ……くらいか?」
丸太の方を指させば、蒼井くんは目を凝らす仕草をしながら答える。
「正解。実は、蒼井くんが最初に練習していた時より、ちょっと遠くに置いたんだよ」
「なんだって?」
「あれ、気付かなかった? ほら、転がってる丸太の少し前に、草が変な風に切られてるでしょ」
「あ、ほんとだ」
なんだ、気付いてなかったんだ。
蒼井くん、鋭いのか鈍いのかよくわからないなぁ。
でも、蒼井くんくらいの鷹揚さを持った方がいいのかもしれない。
***
次は大野くんだった。
実は、大野くんとはあまり会話をしないので、何をどう話していいのか困る。
いつも彼は体調を気遣ってくれたけど、それ以外にあまり話をしてない。大野くんの方も、私と何を話していいのかわからないんだろうなって思う。
でも話をしなければ、特訓にはならないので、大野くんの属性である水について話す。
「そういえば、相沢さんは水の聖霊のことをなんて呼んでいるの?」
話の途中で大野くんに聞かれて、少し言葉に詰まる。
が、別に名前に誓約がないので、教えてもいいかと改める。
もし、契約した際、名前が重要だというのなら、リートは名を明かさなかっただろう。
「クヴェル――って呼んでる。精霊王だった時は、白に近いすごく薄い金髪のさらさらした髪が印象的な、きれいな女性だったよ」
精霊王たちはさすがに人ではないので、人にはあり得ない色を持っている。リートなんて薄く緑がかった色してるし。地の聖霊は人というよりドワーフと言った感じだったっけ。
「水はね、水を使えるって意味でなく、流れを意識した方がいいんだよ。流れを感じると自然に使いやすくなるの」
「流れって言われても……」
困ったような表情をする大野くん。
でも、水が流れるように空気の流れなどもある。この場合、風が吹くというより、その場の雰囲気の流れと言った方が合ってるかな?
そして、それが分かると、先を読むことができるようになってくる。流れが分かると、どこへ向かうのか自然に理解できるから。
ということを説明すると、大野くんはさらにうーんと唸ってしまった。
「力を使うってのは、かなり難しいんだね。本当に魔法のように呪文があって、自分の力ならここまでの魔法を使えるってわかった方がよっぽど楽だよ」
「そうだね。どうしてこの世界はそんな風にならなかったのかなって思うけど、今考えても仕方ないことなんだよね」
「たしかに」
大野くんは蒼井くんより物事を考えるようで、それからも自分が思っている疑問をいくつか聞かれた。
それに対して私も答えられないものもあり、素直に「わからないよ」と返す。
ただ、あれこれ考えすぎてしまって、大野くんは今の力の在り方を、さらにガチガチに固めてしまっているようだった。
また大野くんの質問の中に、水の力なんて水を持っていないと使えないんじゃないかとかあったので、そんなことないと答える。
「大野くん、あまり考えすぎない方がいいよ」
「でも」
「この世界の力って目に見えないし、形もいろいろ変えられる。蒼井くんの風もそうだけど、大野くんの水もそう」
「そう……かな?」
「うん」
水って一言で言っても、川や湖がなくても、空気中にも水分はある。それらを集めて使うこともできるし、さっき言ったようにそれらが風に乗って動くさまを追えれば、空気の流れもわかる。
また、ちょっとグロい話だけど、人の体も魔族の体も、ほとんどが水分でできている。その体の中の水分をどうにかしたら……という説明をすると、大野くんの顔が青くなった。
「……相沢さんって、ほんと、いろいろ思いつくね」
「そりゃ、一度経験したからね。でも――」
そこで言葉が途切れる。
そういえば、力の扱いが格段に上がったのは、牢にいた時にすることが何もなかったため、リートやクヴェルと話したりして、そこからさっきの蒼井くんのように感覚を広げていったのが最初だった気がする。
それまでは剣に引きずられるようにしていたし、あとはクリスタルによる浄化くらいだった。
感覚を研ぎ澄ますというのは、大事なのかもしれない。
「相沢さん?」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしちゃった」
「別に構わないよ。みんなを見てて大変だろうし」
「ごめん。それより、魔法を作ろうって言ったけど、蒼井くんのように瞑想してみようか」
蒼井くんもそれで感覚を磨いて、遠くの丸太に風を当てられるようになったと言うと、「じゃあ、俺もやってみる」と大野くんも地面に座りこんだのだった。