51 魔法を作ろう 3
私の説明を聞いて、みんなで魔法(仮)を使う練習になった。
魔法と言ってもお決まりの呪文も何もない。そのため自分たちで手探りで作っていくしかないんだけど、やりはじめたら面白いのかみんな真剣に取り組んでいる。
今は蒼井くんが薪にするための丸太を目の前に置いて、それを力でどうやって傷つけるか試している。『鎌鼬』『風の刃』とか、短い単語だけどわかりやすくした方が良いとか言って実践中。
言った力は発動してるんだけど、あまりに短い命令なんで、しっかり当てることができない。
「蒼井くん、どういう力を使うかってのはできてるみたいだから、どこに中てたいのか、どこに発生させたいのかってのも考えた方がいいよ」
「それは分かってるんだけど……力を出そうとするとそこまで考えてられねえって言うか……」
本人もわかっているのか、少し苛ついた感じで答える。
蒼井くんと丸太の間はおよそ十メートル(こっちの単位は面倒なので割愛)。敵に近づかれる前に初撃で相手を牽制したいという。それができれば、相手に近づかせることなく、ダメージをある程度与えて倒しやすくなる。
けど、距離があるので、蒼井くんの力は丸太から離れたところで発生する。何もないところの風景が風によって歪んで見えたり、雑草がいきなり舞ったり。
「じゃあ、蒼井くん。少し別の方向から行ってみる?」
「別の方向?」
「うん。蒼井くんが考えた、遠くから相手を牽制するってのはいいことだと思う。でも、視認してからじゃなくて、風による索敵もできたら違うんじゃない?」
「索敵?」
「敵がどこにいるか探ること」
「いや、それくらいは知ってる……」
ちょっとげんなりした蒼井くんに苦笑する。
それから、索敵と言っても、前にやってもらったことと同じことをちゃんとできるようにするんだよ、と答える。
「前に……なんかやったか?」
「蒼井くん……もう忘れちゃったの?」
「おい」
「まあまあ、それより操られた人が出てきたときのことだよ。蒼井くんに瘴気のある場所を探してもらったでしょ? あんな感じ。魔族は瘴気を持ってるから人より探しやすいと思うよ」
……と言ってから、この辺には魔族がいないことに気づき、蒼井くんにツッコミをもらうのだが。
「うーん……そう言われると困るね」
「この辺に魔族がいないか聞いてみるか?」
「聞いてどうするの?」
「そこ行きゃ魔族がいるんだから特訓になるだろ?」
「……命懸けのね」
「……」
「……」
そうして、蒼井くんと二人で顔を見合わせること数秒。
先に折れたのは、蒼井くんだった。「もうちょっと遠距離攻撃を勉強してからにする」と、ただその一言を肩を落としながら言い、また丸太に向かい合った。
そして、丸太に向かって何度か力をぶつけているけど、なかなか当たらない。玉に当たっても、丸太がちょっと動くくらい。
……正直、いきなり遠距離ってハードル高すぎないかと蒼井くんを見ていたら思うようになった。
とはいえ、下手に属性に縛られた今の力は、大野くん、堤さんも同じように苦戦している。それぞれ自分の属性で思いつくような単語を並べているけど、あまり上手くいっていない。そういう意味では、篠原さんは見事に使いこなしてるのに。
下手に属性とか考えない方が上手くいくのかな。
となると――
「蒼井くんストップ」
「……っ、なんだ?」
何度も試しているせいか、汗もかいてるし、声も掠れていた。
必死に力を覚えようとしているのは分かるんだけど、やはり空回りしてるみたいだ。
「蒼井くん、こっち来て」
「だからなんだ?」
「いいから。で、きたらここに座って」
と、地面を指さす。
蒼井くんが不思議がりながらも近づいてきて指定された場所に素直に座る。
「ちょっとやり方変えようか。あ、力抜いて座ってね」
「あ、ああ……で、何するんだ?」
「ん、瞑想」
「めいそう?」
とりあえず試験的な意味もあるので、つき合ってもらうのは蒼井くんのみにした。
やりたかったのは、この世界を感覚で知ること。
私は前にも来ていて、前に存在した精霊王や精霊たちを知っている。だから比較的イメージしやすいのかもしれない。
で、気付いてみれば、この世界に来てとにかく魔族を倒すようにってのが強くて、少し前の人を殺したら~って話もそうだけど、この世界のことを知らなさすぎる気がした。だからそれを知るべく、力を使ってみようかと。それには風と相性がいい蒼井くんで試すのが一番かなとか。
そう説明すると、蒼井くんから「ふーん」と、ちょっとやる気がない返事が返ってきた。
「それって必要か?」
「うーん、どうだろうね。でも、風って言うけど、それって空気とか大気とかってことだし、そういう意味では蒼井くんが一番やりやすいと思うんだよね」
いまいち納得してないらしい。
どうやって説明しようか……えと、実践した方が早いかな?
「でも、そういう感覚も必要だよ。ちょっとズルするけど……」
と、そこまで言ってから、「リート、お願い」の一言で、蒼井くんが使っていた丸太を飛ばしてから、真空状態のものをいくつか作り、それで丸太を切り刻む。大小さまざまな大きさになった木片はバラバラと地面に落ちた。
実は改めてリートから精霊たちのことを聞いた後、使える力は格段に大きくなった。おそらく二百年前に得ていたこの世界の知識と、今の現状との誤差が埋まったせいだと思っている。
精霊というものがどういうものか理解したのと、名前を付けたせいで、私が思っていることをほぼ間違いなく実行してくれる。
「そのものの本質を知ることって大事だよ」
「だからって、ここまでできるのか?」
「それは本人次第だけど……。でも、蒼井くん達は力の使い方に戸惑っているように見えるよ。そうじゃない?」
「それは……」
「とりあえず、何も考えず目を閉じてみてよ。そして感じて。この世界を」
今まで気づかなかったものが、多分あるはずだから。
しぶしぶ目を閉じた蒼井くんに、「今、風が通りすぎたね」と言うと、それに対して頷く。それから、「鳥がどっかで鳴いてる」と反対に返ってきた。「うん。近くの木に居るみたいだね」と答える。
静かにしていれば、小鳥のさえずりも風が通りすぎる音も、小さな虫の羽音なども聞こえてくる。
それらを感じて、その中に溶けていくような感覚を持ってほしい。そう思って、蒼井くんがどう出るのか、黙って成り行きを見守っていた。
すると、かなり長い時間黙って座っている。思わず、もしかして寝てる? とか勘ぐってしまったけど、そうじゃないみたい。
「……なあ、相沢……」
「ん?」
「なんか、変な感じだ」
「どう変なの?」
「なんて言うか……俺、ここに居て相沢と喋ってるのに、どっか遠くにいるみたいな……」
それを聞いて、蒼井くんの意識が風に乗って遠くまで感覚を伸ばしているのだとわかる。前に私が村の様子を見たときに使ったものと同じ。
「じゃあ、そのまま遠くにいるような感じのまま、移動してみて」
「い、移動?」
「うん。意識を遠くへ飛ばすというか……今、何が視える?」
「えっと、村の人が畑耕してる」
……。
どうやら近くを見ているらしい。まあすぐに遠くまで意識を飛ばせないだろう。逆に、最初にしてはすんなりできた方だと思う。
「そのままの感じを保ったまま、もう少し遠くへ意識を向けて。村から出るほど意識を飛ばせれば、魔族が見つかるかもしれないよ」
「………………頑張る」
少し間を置いた後、それでも頑張ると告げた蒼井くんに、私は嬉しくなって笑みを浮かべた。