50 魔法を作ろう 2
「魔法を……作る?」
蒼井くんが身を乗り出したまま固まって、それだけ呟いた。
他のみんなもすぐに理解できないのか目を見開いたままだし、魔法という単語に覚えのないディリアさんたちは首を傾げている。
「どういう風にするんだい? 魔法を作るって」
いち早く反応したのは大野くんだった。
尋ねられて、まだしっかりと固まっていない状態だけど、みんなにわかりやすいようにと考えながら話し出す。
「あのね、この世界では魔法ってないよね。ディリアさんたちも首を傾げるような状態だから、力はあっても魔法はないってことでいい?」
と、ディリアさんたちの方を向けば、ディリアさんよりもレーレンの方が先に「たぶんそうだね。僕はあちこち移動するけど、魔法というものがどう言ったものか分からないよ」と答えた。
「で、そんな世界でどうやって魔法を作るんだよ?」
「まあ、ご大層な魔法って程じゃないよ、蒼井くん。ただ、力を使いやすくするための手順って感じかな?」
「手順」
「うん」
ここで、これから長々説明しなければならないので、机の上に置いたままのハーブティーに手を伸ばした。このハーブティーは疲れを取るためのものだけど、飲みやすくミルクと甘みを加えてある。それを二口くらい飲んでから、カップを元に戻した。
「力は個人で大きさが違うんですよね、ディリアさん」
「ええ。あと、相性もありますね。まあ、カリンさんの話を聞いた後では、それも微妙な感じですが」
「相性はあると思いますよ、ディリアさん。まあ、それも加えて、個人が持つのは力の大きさと使いやすい力――といった感じかな」
でも、よくある地、水、火、風、光、闇――それらでは説明できない力もある。篠原さんが使う『癒し』だ。
『癒し』は基本的に力を行使する側の力と、治療される側の治癒力を足したようなもの。小さな傷なら自己治癒力で治るように、軽いものならそれを相手の自己治癒力を促進させる。
けど、大怪我の場合、治療する側の力も籠めて傷の修復もする。この場合、治療する側は傷の修復と相手の自己治癒力を高める力を二つ使っていることになる。
で、話を戻して、この傷の修復も、自己治癒力を高めるのも、属性というものに当てはまらないのだ。
「不思議だと思わない。そういう力もあるってことに」
「そう言われれば……」
「でもゲームなんかだと、回復アイテムなんて当たり前だろ?」
「確かにね。でも、この世界はゲームの中?」
「……違うな。体力の回復は食べることやハーブティーなんかでちまちま補っていたしな」
「でしょ?」
この世界の『力』って何が元になっているのか分からない。
ただ、私が思うのは精霊がいるってことは、彼らとの相性が良ければその力を使いやすいということと、また、精霊たちの力を借りなくても使える力があること。
さらに、その力は力を籠めやすい宝石類を使ったアイテムで使いやすくなること、また、想いをこめて描いた文字にも同じような力があること。
さらに言うなら、想いをこめて描いた文字でなくても、言葉でもいいこと。
それらを踏まえたうえで、『魔法』というものを造り出すというものだった。
「たとえば、クリスタルなんかは増幅に使われるじゃない。蒼井くんの剣にも風と相性のいい翠の石以外に、あちこちに小さいけどクリスタルがはめ込まれてるもの」
「そういや……」
「それらからの推測で、クリスタルは力の増幅がメインってことになるよね?」
「そうですね。あとは浄化作用もありますが」
横から口を出したのはディリアさん。
そういや忌み地の浄化もクリスタルだったっけ。火でできないこともないけど、やると全部焼かなければならないので、いろいろ問題ありだった。
「そう言えばそうでしたね。どちらにしろ力を使いやすくって意味ではクリスタルはいい増幅装置ですよね」
「増幅装置……言われればそうですわね」
「じゃあ、さらにそれに言葉の力を加えたら?」
「言葉の力?」
「日本では言霊って言うんだけど、言葉に宿る力みたいなのがあるんですよ。この世界の召喚陣とかだって、文字を使ってるでしょ? それを考えれば、文字や言葉も力になるってことじゃない? 本人の力と言霊による明確な力の使い方、そしてクリスタルで増幅――ならどうです?」
多分、言葉なんてなんでもいいんだと思う。明確な意味とそれをやろうとする意志と力があれば。
私はレーレンから譲ってもらった指輪に掛けてある目隠しを取る。
すると、両指にはまった指輪の数を見て、みんなが驚いた。
説明を求めているけどそれを無視して、ハンカチを取り出すと、指輪をひとつずつ抜いてハンカチの上に置いていく。
そして、全て指輪――アイテムを取った状態で、今度は手にしている水晶のブレスレットを見せた。
「な、何するんだ?」
「うん? クリスタルのみでどれだけ力が使えるか」
そう言いながら、実験にちょうど良さそうな物を探す。
けど、ここには大きな机とみんなが座っている椅子しかない。あ、ハーブティーが入ったカップがみんなの前にある。カップが一番小さくて扱いやすいだろうと、カップに目を向けた。
「できるかな? 『水よ、湧きあがれ。風よ、水球を宙に浮かせ』」
魔法の呪文なんてない。だから適当。
やったのは、自分の力とブレスレットでの力の増幅。そして、精霊の名を使わず『水』と『風』と称し、それらを操り方を明確に言葉にした。
なんとか上手くいって、カップからハーブティーが飛び出し、空中に幾つもの水球となって宙を舞う。
しばらく水球を動かして私の意思で動いていることを見せたあと、『戻れ』の一言で水球はひとつずつカップに戻り、元の状態に戻った。
まるで何事もなかったかのように、カップにはハーブティが入っている。
「こんな感じかな?」
「ど……」
「ど?」
ディリアさんが体を震わせながら一言だけ呟いたので、首を傾げてみる。
「どうしたらアイテムもなしにこのような事ができるのです!?」
勢いよく立ち上がったせいか、椅子がガタンと音を立てて倒れる。
だけどそんなことを気にした風なく、ディリアさんはつめ寄ってくる。
「さっき言ったじゃないですか。自分の力とクリスタルによる増幅、そしてどうしたいのかを明確にする――これだけでかなり違いますよね?」
「それはそうですが……先ほどのは……」
「ええ、水と風を操りました。しかも名前抜きで」
「それを私たちもできる……と?」
ディリアさんは慎重に尋ねた。
できるかもしれないし、できないかもしれない。どちらとも言えない。おそらく私がクリスタルのみで割と簡単にできたのは、昔の力の在り方を知っているからという理由が大きい。
その辺りも含めて力を使うことに慣れてもらおうとは思っているんだけど……。
「できると言えばできるでしょうね。まずは既成概念を捨ててください。それに、篠原さんや治療にあたる人たちはすでにそれをやっていると思いますよ」
「わ、わたし?」
「うん。篠原さん、傷の手当するとき、『治れー治れー』とか、『傷が治りますように』とか心の中で繰り返してない?」
「そ、そうだけど……なんで……どうして……」
言い当てられた篠原さんは、目をパチパチさせながら戸惑っている。
「だから、私がさっきやったことを、口に出さないだけで実践しているんだと思うよ」
「……あ……そう、言われると……」
「大事なのは、自分の力をどう使うべきか、しっかりイメージすること。それが、言葉にすることによって明確化できるんじゃないかな?」
だから、魔法って言うほど決まり文句があるものを作る気はないけど、力を使う時に口に出してイメージの明確化と言霊の力を使えばいいんじゃないかと思ったんだ。