48 子ども
笑ったけれど、蒼井くんの悩みはみんなの悩みでもある。
そのため、村に戻り特訓もいいが、それに実戦を兼ねるのを加えることにした。
要するに、村を拠点に近くに出没する魔族退治もするということ。
村では力の使い方の広さをイメージとして練習し、それを実践でどれだけ使えるか試す。
魔王討伐の旅の途中で何やってんだよ、という感じだけど、本当は最初にやっておくべきことだったんだよね。城にいる期間はそれほど長くなかった。蒼井くん――勇者にふさわしい剣ができるまで、わずかに剣のけいこをしたくらいだった。
こういうとき、『勇者』として召喚したんだから、もうちょっと気を利かせてもっと他の人と桁ちがいの力を身につけさせてくれるとかあってもいいんじゃない? と思ってしまう。
要するに、チートっていうの。
この世界、それがないのよね。
まあ、それでも他の人たちより、大きな『力』を扱えるらしいけど。でなければ、わざわざ別の世界から呼ばないでしょうし。
というか、それだけの力があるなら、魔王を倒す力に変えることはできないのかな?
で。
私がみんなより抜きんでていると思われるのは、前回で力の使い方を知っているからというだけ。
それでも、今回、私は『勇者』に選ばれなかった。(いや、別に選んでほしいわけじゃないけど)
それらから、私より蒼井くんの方が力が強いんだと思う。それか、ディリアさんが言っていた、今の魔王を倒すのに一番いい力を持っていたか……。
どちらにしろ、蒼井くんの潜在能力はまだ隠されたまま……なんだと思う。
それを引き出すためなら、時間をかけても仕方ないことだと思う。
ということで、方針をきめて村に戻った。
***
「そういえばさ」
蒼井くんがふと何かを思いついたのか、ぼそりとつぶやいた。
ちょうど隣にいたので、小声だった蒼井くんの声も聞こえたのだけど――。
「なに?」
「いや……その……」
「何か言いにくいこと? でも、気になることがあるなら言った方がいいんじゃない?」
隠していたことを話したせいか、すっかり気が抜けたというか、みんなに対しての距離を縮まったと思う。
だから蒼井くんのつぶやきが気になって、ついお節介にも尋ねてしまった。
「いや、あの村の村長さんの家の……」
「泊まったところ?」
「あーうん。その、そこで……」
「何かあったの?」
歯切れの悪い蒼井くんに訊ねていると、「ああ!」と、堤さんが蒼井くんの言いたいことを理解したようで声を上げた。
「どうしたの?」
「あれでしょ、あれ。蒼井~もしかして好みだったわけ?」
「なっ、べ……べつにそういうわけじゃなくて……」
「何なの?」
「あー……」
堤さんの蒼井くんへの問いかけの内容にわからないでいると、大野くんが苦笑いをしながら生返事をして、篠原さんは何も言わずうつむいた。
えと……本当になんなの? と問いけけると、堤さんが意外そうな顔をする。
「わからないの?」
「うん」
「ほら、あの家にあったじゃない」
「何が?」
「先代勇者の、しょ・う・ぞ・う・が」
すこし意地の悪い笑顔を浮かべながら、言葉を区切りながら答える。その答えを理解してから……
「いやーっ!! やめっ、お願いだからあの話はやめてぇーーっ!!」
思わず絶叫していた。
しかもこれ以上聞きたくないのか、両手で両耳を塞いで――まるでムンクの『叫び』のような格好で(というのは後で聞いたのだけど)。
確かにあの村に戻るというのは、あの肖像画をもう一度見ることになるんだけど……せっかく忘れていたのに、今思い出させなくてもいいじゃないーっ!
恨みがましくみんなを見るけど、私の怒りなどどこ吹く風で、蒼井くんが「相沢って、あんな恰好してたのかー」とつぶやいている。
「そんなわけないでしょっ!」
たまらず叫ぶと、「じゃあ何であんな恰好なんだよ?」と興味津々で訪ねてくる。
そんなこと知るか! というか、私が聞きたい!
と言うと、「ふーん」だの「つまんない」という、明らかに落胆した声が返ってくる。
みんな他人事だと思って……
「相沢さんがそこまで取り乱すのって珍しいわね」
今まで黙っていた篠原さんも、助け舟ではなく、さらに突き落としてくれた。
レーレンまで、「落ち着いているようでそうじゃないんだね」などと感心して口調で言われるし。
ヴァイスさんとディリアさんはすこし離れたところで黙ってこの場を見ている。みんなよりは大人の対応というのかもしれないけど、助け舟くらい出してほしい……。
「……篠原さんはどういう目で私を見てるのよ……」
「え、だって、わたし達より冷静に状況判断してたし」
「それは二度目だから。それに……」
「それに?」
「私はみんなより年上だよ?」
「は?」
「へ?」
年上だといえば、みんなきょとんとした顔をする。
けど、……そうなのだ。多分、ひとつくらいの差なのでたいした差ではないのだけど。
「前のとき一年近くいたからね。それも年齢にいれるなら、私はみんなより一つ上ってところかな。気持ち的には留年したって感じだけどね」
と言って肩をすくめてみせる。
まあ、勉強しているわけでもなく、命の危険があるところでの生活だったので、留年したというのが一番しっくりくるんだよね。
で、それがあるから、怪我から復帰したあとも馴染めなかったんだし。
何にしろ、年を(一つだけど!)偽っていることや、異世界召喚ということを一度でも体験したということが、みんなにそう見せていただけで、結局のところ、私はみんなと大した差はないのだ。
逆にメンタル面は弱いと思う。対人関係とか……情けないことに。
それにしてもあちこちで「年上!?」「信じられない!」と言われて微妙な気持ち。
「相沢さんのカミングアウトに何度も驚かされているけど、聞けば聞くほど、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなるわ」
「……だな。バカみてぇ」
「ちょ……なに、その呆れた顔と深いため息は?」
堤さんが言うと、蒼井くんがそれに続いて大げさに肩を落としながら同意する。
まったく、失礼な――なんて思っていると。
「でも、ひとつ上だとして……どうしてそれなら、もう少し冷静な対応ができなかったの? こうして呼ばれたのも二度目なんだし」
と、篠原さんが納得できないといった顔で尋ねてきた。
あー、うん。たしかにここに来たとき、自分の態度はものすごくトゲトゲしかったな、と今は思う。こっちの人にも、蒼井くんたちに対しても。
でも、あの時はあの時で精一杯だった。
というか――
「なんていうかね……もう、うんざりだったの。他人の思惑に動かされて、したくもないことをさせられるのがね」
最初にここに来たとき、逃げられず言われたとおりに戦うしかなかった。
今まで命の危険なんて感じたことのない平和ボケした世界の人間に何を求めてるんだ、と文句を言いたかった(いや、実際言ったかな?)。
しかもそれが自分にまったく関係ない世界のためにだから、余計に納得できなかった。
そんな出来事もようやく終わり、戻ってすぐに事故というアクシデントがあったものの、何とか普通の日常に戻れた――と思いはじめた頃だったから尚更に。
「そんな感じだったから、細かいところまで気を配るなんてことできなかったな。いくらひとつ上って言っても、私は自分がみんなより大人には思えないんだよ」
だって、日本では十六でも十七歳でも子どもに入るしね、と、私はそう言って苦笑した。
私は、みんなよりひとつ上だからと言っても、大人ではないのだ。