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46 疑問、質問、疑問

 いつだったか……人を殺して呆然としている間に拘束され、一番近くの村の牢に入れられた。

 もう何も考えたくなくて、石の壁にもたれかかっていた。

 きっと、食事も満足にでていなかったから、空腹で考えたくても考えられなかったかもしれない。


『大丈夫か。人の世のことに我は手を出すことはできないが……それでも、カリンを浚うことくらいはできるよ。嫌なら逃げ出せばいい』

「逃げでも……終わりがないよ……どこへ行くの……?」

『あら、ここに永住してみてはどうですの?』

「クヴェル……そういってくれるのは嬉しいけど、私はこの世界の住人じゃないよ」


 湿った空気が運んでくる中に、リートとクヴェルの声を聞いてそれに答える。


 帰りたい……という気持ちは消えることがない。

 特に親しい人もいなかったけど、それでもあそこが自分の場所だと思っている。


「二人の気持ちは嬉しい。だけど、私は帰りたい」


 呟くようにもう一度答えてから、蹲って体を丸める。

 帰りたい――その気持ちだけが、当時の私を動かしていた。



 そして今、悲しいことに、一度は脱出したはずの世界に戻ってきてしまっていた。



 ***



「おはよ」

「おはよ、眠そうだけど大丈夫?」

「ちょっと夢を見てて……ありがとうね、大野くん」


 大野くんは人のことをよく見ていて、ちょっとした変化(主に不調)があると、すぐに「大丈夫?」と尋ねられる。

 そんな大野くんには夢見が悪かったとだけ答えて、顔を洗いに近くの小川に向かった。



 パシャパシャと顔に水をかけていると、冷たい水のおかげでだんだん思考がはっきりしてくる。

 すると、昨日の一大告白を思い出して、今頃になってどうしよう……などと慌てはじめた。


 過去のことはもうばれてしまった。でも、もうこれ以上、あまりしゃべらないようにしなきゃ。

 ああ、でも、まだ村に戻って力の使い方の特訓をするのに、どうしても昔の記憶が必要で……


 どうしたものかと悩んでいると、後ろから「大丈夫か?」と声をかけられた。

 声の主はヴァイスさんだった。

 ヴァイスさんは昨日のこともずっと聞き役に徹し、質問してこなかった人だ。


「……おはようございます、ヴァイスさん」

「おはよう、カリン。で、大丈夫か? 顔色があまり良くない」

「はあ……まあ、ちょっと夢見が悪かったので」


 大野くんに答えたのと同じような答えを返し、なんとか笑みを浮かべた。


「そうか。村に戻るのにまた歩きだから、心配でな」

「魔族とか出てこなければ大丈夫だと思うんですけどね」


 正直、一日歩くということにほとんど抵抗がなくなっている。

 疲れはするけど、歩けといえば歩けてしまう。現代日本人としては、結構すごいことなんじゃないかって今更思う。乗り物に慣れている体に、自分の足で歩くというのを一日中続けるのは、かなりの体力が必要だと思う。

 ……なんか、そういう意味でも、なんでもっとそれらしい人が呼び出されないんだろう、なんて思っていると。


「そうか。まあ、あまり無茶をしないようにして……」

「ええ、気をつけます」

「うん、カリンは大事な戦力だから」

「戦力……ですか」

「まあ、はっきり言ってしまうとそうなんだよ」

「……」


 勝手に話したリートを恨んではいないけど、心の整理が追いつかないので、あまり聞かれたくないんだけど……

 けど、周りにしてみれば、一番現状をわかっている人物がいたら聞いてみようと思うわけで――結局、みんな様子を見ながら尋ねてくる。

 ヴァイスさんなんて直球だ。


 大事な戦力――逃がすつもりはないということだろう。


 逃げてどうにかなるものでもないし、ヴァイスさんのようにはっきり言ってくれたほうがまだましなのかもしれないな。

 中途半端に情を挟まれるほうがやりづらい。


「ところで聞きたいんだけど」

「……なんでしょう?」

「カリンが持っている剣は、先の勇者のものだったんだよね?」

「ええ」

「ということは、カリンのもの……ということだよね?」

「そうです」

「なら、その剣は、カリンしか担い手として認めていないってことかな?」

「それは……」


 ヴァイスさんが聞きたいのは、私が持っている剣が“敵とみなしたものを全て斬る剣”なのに、使いこなしているから――ということか。

 でも、最初から使いこなしていたわけじゃない。

 使いこなせていたのなら、あのような悲劇を招くことはなかった……と今でも思う。


 あの悲劇の後、同じことを繰り返さないために、剣に主導権を渡さないように努力した。

 剣が敵意を感じて斬ろうとするのを諌め、特に人型の魔族を相手にするときには、危険でも初太刀で一刀することをしないように気をつけた。

 流れ出る血を見て、人か魔族が判断して、それから倒すということを続けた。どちらを主とするのかの攻防を繰り返したと言ってもいい。一振りで片付けようとする剣を自分のほうに力づくで引っ張り、相手の傷を軽めにつける。その間にも魔族(場合によっては操られた人)の攻撃はやまないため、それらを躱すことも忘れない。

 それを繰り返して、やっと剣と自分との付き合い方を学んだと言っていい。


 それをヴァイスさんに言うと、ヴァイスさんは深いため息をひとつはいた。


「ヴァイスさん?」

「いや、カリンが苦労して剣を制御するのを覚えたってことだね?」

「そう言えますね」

「…………ここにきてすぐのカリンの行動がわかったよ」

「それはディリアさんにも言われました」


 二度目ともなれば、警戒心も半端ないわけで。

 それに、微妙に前と違う世界のあり方に、違う世界かも、なんて疑問に思うこともあったし。

 どちらにしろ、元の世界の時間にして、半年前に起こった出来事は、わたしの中でまだまだ記憶に埋もれていくには少なすぎる時間だ。


「で、それが聞きたくて来たんですか?」


 ヴァイスさんはディリアさんより年上ということで、なぜか敬語になってしまう。ヴァイスさんからもため口でいいとも言われていないので、年長者に敬意を払ってこの言葉づかいになる。


「まあそれもあるけど、聞いた中でカリンが答えてくれたからね」

「はい?」

「これから同じようなことがあった時、どう対処していいか気になっていたんだ。でも、カリンが言っただろ。初めの一振りで相手に怪我をさせて人かどうか確かめるって」

「はあ……」


 それ、たしかに『人を殺さない』という意味では有効なんだけど、実際はそんないいものじゃない。というのも、それをやり出してしばらくしたら、今度は魔族と人を混ぜて攻撃してきたからだ。

 そうなると、一つ一つ確かめてから殺す対象を見極めなければならない。けど、そうして選別して魔族を倒している間も、司令塔である魔族を殺さなければ、人は操られて攻撃をしてくるので、躱しきれない場合は、相手を傷つけることもあって……


「なかなか無理があるんですよ。それに、そうやって殺さないように気をつけても、魔族の洗脳が解けて元に戻ると、自分のしたことに驚いて正気を保っていられない人も多かったので」


 殺人は大罪というのが、彼らにとって重く圧し掛かる。たいていそれに潰されて、自殺を選ぶのが多かった。

 生まれた時から言われてきた言葉は、この世界の住人にとってものすごく重いらしい。

 ……といっても、私だって同じようなものだ。

 だから、彼らがあとで自殺を選んだとしても、襲ってきた相手が人であれば、『殺さない』という選択肢を選んできた。二度と罪人扱いされたくなかったし、自分から『殺人』なんてしたくなかった。

 それが、あとでどんな結果をもたらすとしても――だ。


 そんな胸中は吐露せず、「問題は山積みですよ」とだけ答えた。

 実際、蒼井くんたちのレベルアップに、魔王の城までの攻略、そして退治――それらを考えると、頭が痛くなるくらいだ。

 この世界では『力』というのものはあっても、『魔法』はない。

 そして、便利な収納ができるような『力』がないのだ。そのため、武器から食料から――すべてを自分たちの手で運ばなければならない。


 あれ、そういえば……


「どうかした?」

「……いいえ」


 考えていると、ヴァイスさんが尋ねてくる。

 その問いに対して、無意識に反応していた。

 答えがわからないから、答えたくなかった。


 そう……魔王の城で返還陣を描いているときは、何も口にしなかったのに、お腹がすいたという気持ちがなかったような……

 それほどまでに、私は元の世界に帰りたかったのだろうか。

 それにしても、数日――いや、数か月におよぶ間、何も口にせずにいられたのは……どうしてなんだろう?


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