05 商談成立。
「で、レーレンはそれを知ってどうするの?」
「ん? ただ単に本当にいるのか知りたかっただけ」
「なら、もういいね。これ、ありがとう」
一応お礼を言ってから、指輪を引き抜こうとする。
力を使うためのアイテムは馬鹿高いお値段なので、いくら属性が分かっても簡単に買える物ではない。
かといって馬鹿正直に説明して、勇者経費でレーレンから購入してもらう気もない。明らかに面倒ごとが増えるだけだ。
「待って待って。カリン、気が早すぎるって」
「レーレン?」
「全部属性がないんだったら返してもらったけど、あるからあげる」
「…………レーレン、気前良すぎ。アイテムの値段、聞いたことあるよ」
しかも指輪。
なんていうか……『結婚してください』的なときに渡す婚約指輪のお値段より、はるかに上回ると思うんだけどね、これ。
しかもこんなの持ってたら、いくら私と距離を置いている人だって、あれこれ詮索してきそうだし――と、指にはめられたままの指輪をマジマジと見つめた。
「別にタダって言ってないけど?」
僕は駆け出しでも商人だしね、と付け足すレーレン。
「……異世界の人がこの世界のお金持ってると思う?」
「ぜんぜん。そうじゃなくて、僕が目に付けたのは――」
そういって私の胸元を指差したとき、レーレンは陽気な青年じゃなく、商人の顔になっていた。
間違いがないように言っておくが、胸元といっても、左胸――胸ポケットのところを刺している。
そこには先ほど使ったシャープペンとボールペンが一つになったシャーボと手帳。
「…………これ?」
「そう、インクをつけなくても使えるペンなんて見たことないからね。ぜひともそれを手にして作れるかどうか調べてみたいんだ」
「なるほど、商人だ……」
別にシャーボくらいあげたって別に問題ないけど。
あるとしたら、やっぱりこれを身につけていること――なんだよね。属性が分からないから、今のところついでに呼ばれたおまけ状態だけど、レーレンの言うように属性すべてを使い切れたら、また話は変わってくる。
でも、こういう便利なアイテムがあれば怪我とかも少なくなりそうだし……あーなんかジレンマだ。知られたくないのと、身の保全と――どちらのほうが重いだろうか。
「あ、悩んでる?」
「悩んでる」
「なら、その指輪をしているのを隠せばいいんじゃない?」
「は?」
先生、すみません。初心者にも分かりやすいように教えてください。
どうもレーレンは私の間抜けた顔を見るのを楽しんでいるようで、情報を小出しに、こちらが思わず「は?」と思ってしまうようなところで止める。
にやついてるのが分かるから、レーレン。結構、性格悪いね。
「その指輪には『光』の属性もあるから。目くらましみたいなのをしておけば見えなくなると思うよ。そういったのは比較的力を使わないけど、常に使っていると力に慣れる練習にもなるし」
「なるほど。でも、同じように力を持っている人には分かっちゃうんじゃない?」
「うーん…どうだろうね。それほど大きな力を使うわけじゃないし」
まあ、大々的なマジックショー!ってわけじゃないけど。
「カリンの場合は全部あるから……なんていうかな、属性が相乗効果しあってるんじゃなくて、けん制し合っている感じで……だから、ディリア様も分からなかったんじゃないかな。あ、あと、カリン自体が無意識に押さえてない?」
う…レーレンけっこう鋭い。
霊感があるせいか、変なところで幽霊なんかを見ても驚かないように、いつの間にか身についた平常心を保とうという心。それが、今は自分の力を抑えているのは、無意識に感じていた。
だって、私、ここにきてもすぐ自分を落ち着かせてたし。嬉しそうなのとか驚いているみんなと違って。厄介ごとに関わりたくないって、瞬間的に悟ったんだよ、うん。
とりあえず、隠すこともできるみたいだし、シャーボと比較するなら高価なアイテムのほうがいい。
ということで、あっさりと商談成立した。
その後、レーレンの指導の下、目くらましをかける。すると、指輪は見えなくなって普通の手に戻った。
「一回でできるとは……なかなか優秀だね、カリン。その調子でどんどん覚える?」
「いやそこまでは…って、いろんなことに詳しいレーレンのほうがすごいよ。レーレンはどんな力を持ってるの?」
持っていないと分からないよね、この感覚。
「うーん…エリって子と同じようなもの…?」
「なんで疑問系なの?」
「一応地の属性のアイテムも持ってるけど、使わないというか…ね。仕事上、力で道を探すより、地図を頭に叩き込んで道どおりに行ったほうが正確だし、それほど使えるわけじゃないし」
「なるほど、理解した」
一般人は力があっても小さい。王族は、力の強い者が礎になっているし、血を重ねることにより更なる力をその身に宿す――といっていたっけ。
それが正しいなら、レーレンは商人だから、力があっても自由自在に使えるほどあるわけじゃない、ってことか。
でも、あちこちで仕入れる知識により、レクチャーするくらいはできるという。実際、力を使うのは感覚的なものが一番みたいだし。魔法じゃないから、呪文や基礎とか関係ないみたい。
「だから、無意識に力を抑えることを知っているカリンのほうが、力があっても使い方を知らない勇者、ハヤトより、今は一歩先に行っていると思うよ」
「そうかな? なら、すぐに抜かされるね」
「うーん。でも抜かされる可能性は低いと思うけどなあ。持たされた『剣』に、すべての属性の指輪――それらを上手く使えば、かなりのものになると思うけどね」
「いやいや、そんな力要らないから。できれば後ろのほうで見守っているほうが楽でいいよ」
実際、敵とみなしたものを斬る剣を持たされている以上、前線に出されるんだろうけどね。私以外の女性陣は基本的に後方支援の人が多いし。
なんだかんだ言いながらも、レーレンは簡単な説明をしてくれた。
力を使うにはとにかくイメージ。だってそうだよね、魔法みたいに呪文とか決まっているわけじゃない。アイテムを通して、いかに自分の思うとおりに力を使うか――ってことだから。
でも、聞けば呪文じゃないけど、言葉にもアイテムになるような力を含んだ言葉があるだって。言霊って言うのかな? 日本にも似たようなのがあるよ、って言って説明したら、「そんな感じかな」と返ってきた。
本来の力に、イメージとアイテムと、そして、思いのこもった言葉――これらを総合すれば、かなりのものになるという。
「まあ、カリンの属性は全部あるけど、僕にはそれが他の人より強いのか弱いのかってことまでは分からないから」
「私も分からないよ」
「でも、一つに集中すればかなりのものだと思うし、場合によっては組み合わせることも可能だと思うんだ」
「あ、そっか」
今使っているのは『光』。科学がある程度発達していた世界にいた私には分かるけど、目に見えるものは光の屈折によって見えている。その角度を『光』の力で見えないように変えた――というわけだ。
ただし、すべての角度から見えないようにってことを考えると、結構面倒くさい方法なんだよね。慣れれば力の使い方をマスターできるんだろうけど。
「たとえば……蜃気楼みたいなのは、『火』と『水』があってできる。『水』と『闇』で氷を作るとか」
「なるほど、勉強になるわ」
「でも、実際できる人ってほとんどいないんだけどね」
「じゃあ、駄目じゃん。使ったらばれちゃうもの」
「そこはカリンの腕の見せ所じゃない? ばれたくなかったら上手く隠すことを覚えそうだしね」
「他人事みたいに」
ぼやくように言うと、レーレンは「所詮他人事、楽しむもの」と笑った。
コイツ…あとで覚えとけ…。
その後もレーレンに簡単な力の使い方のようなものを聞いて、それから再び書庫へ向かった。
とりあえず次の話で一区切りなので、続けて更新。
その後はストックためつつのんびり予定。