44 心の蟠り
正直、力が足りないと言ったとき、「そんなことあるか」と文句を言われると思っていた。
でも予想と違ってみんな「その通りだよな」と同意した。
そのため今日はここで野宿し、明日には村に戻ることになった。あの村に戻るとなると、あと一日野宿しなければならないかな。
長い話が終わった後、緊張が解けたのでお腹が空いたのを思い出した。どうやらみんなは食べたらしいけど、私はまだだったから慌ててしたくしてくれた。
携帯食を黙々と噛んでは飲み込んで食事を終えた。
その後は近くの川で女性陣だけで体を清める。
気温は少し暑いと思うくらいなので、川の水をそのまま使っても寒いと思わなかった。
さっぱりしたあとでディリアさんからもう少し話をしたいと言われ、堤さんと篠原さんたちは先に戻り、私はディリアさんと川の近くの石に腰を下ろした。
「いろいろ……聞きたいことがあってどれから聞こうか迷ってるって顔ですよね」
座ってみるものの、ディリアさんのあまりに顔が強張ったまま話さないので、ちょっとおどけた風に話しかけてみる。
「あ……ええ、すみません。その通りで何から聞けばいいのか……」
「まあそうですね。あ、この会話、他の人たちにも聞こえるようにします?」
リートに手伝ってもらえば音を流してもらうくらい簡単にできる。
「いいのですか?」
「うーん……まああまり良くはないけど、二度手間になるよりはいいかなと」
蒼井くんたちは蒼井くんたちで聞きたいことがあるだろう。
ディリアさんが聞きたいことの中にそれがある場合、二度手間になるのは避けられる。
もうここまでバレちゃっている以上、隠していても仕方ないというか、一番自分の中で蟠っていたことは知られてしまった。
そのためもうどうにでもしてくれという状態だった。
「では……お願いします」
「はい。リート、お願いね」
リートに頼むと、“まかせて”と返事が返ってくる。
これで拡声器を使ったような大声じゃなくても、みんなの耳にそれとなく届くはずだ。
「そういえば、どうして魔王は好戦的だと分かるのですか?」
「え?」
「夕方のことが『勇者』用の罠だとか、魔王は好戦的でこれからもこういうことが多いだろうとカリンさんは言いました。けれど、私たちには魔王はどんな存在なのかまったく見当がついていないのですが……」
「あー……」
そういえば、私もリートから教えてもらったことだったけ、と今頃思い出した。
「それはですね、リートから聞いたんです。人の間には流れない話ですね」
「リート……」
「あ、先ほど私の体でしゃべったのじゃないですよ。もっと小さな風の精霊たちです」
「それが今の『リート』なのですね」
「ええ」
そのリートから今回の魔王は好戦的だと聞いた。
魔族は魔王の誕生によりその力が活性化するけど、魔王は魔族を統べるものではない。魔王は普通の魔族より強くそして知性がある。けど、魔王の性格は個人差がある。
今回の魔王は率先して自らの領地をあちこちに広めはじめているということをディリアさんに説明した。
「そうだったのですか……」
「ええ。力で言ったら前の魔王のほうが遙かに強いようです。けど、性格は好戦的ではなかったですよ。だから勝てたんですけどね。で、今回の魔王は前より弱いらしいけど好戦的だそうです。魔王の居城についたら、派手な一戦は免れないと思います」
ディリアさんは「そうですか」と呟き、なにやら考え始める。
しばらくしてからまたディリアさんの質問があった。
「では、以前のカリンさんはどういう戦いをしたのですか?」
「えーと……リートから聞いてませんか?」
「一応聞きましたが……」
「確認ですね。まあ、剣と浄化の力です。上手く使えば、浄化――というか、向こう側の力を相殺できるんですよ」
自分のところに来る攻撃力を消滅させると言っていいのか。
瘴気をまとった攻撃なので、それを浄化させたら効力半減しないかな、ということを試したら、力を込めれば相殺できることが分かった。
風とか水とか属性を気にしなかったので、クリスタルを使った力はかなり汎用性があるものになった。相手の力の相殺や剣への力の増幅などいろいろと。
無理やり型に押し込められた今の力の使い方では考え付かないものだろう。そう尋ねれば、ディリアさんは否定しなかった。
「そうですね。でもそうなると、私の力でも魔族を攻撃することは可能なのでしょうか?」
「うーん……相殺して盾にはできると思う。相手の力のほうが強かったらヤバいけど。反対に自分の力が強ければ、浄化の力で相手の力を殺いでいくっていうのもありますよね。要は自分の力をなるべく型に押し込めないことだと思う」
このへんは蒼井くんにも少し説明したっけ。
そういう意味では、治療のみだけど篠原さんが一番力を使い慣れている気がする。篠原さんが治療したところは、あとで膿んだりして悪化することもない。中のほうまできちんと治療しているからだろう。
「ま、村に戻ったら力の使い方の特訓になるんじゃないですかね。そのためにいったん戻るんだし」
「そうですね。あと気になったのが……カリンさんの力では前の魔王は倒せなかったのですか?」
「どうでしょうね。ただ、封印にしたのは一応考えがあって」
ここまで話してから、リートに声を流してもらうのは止めた。
みんなに聞かせていいかどうか迷うものだったから。
「考え、とは?」
「封印という手を選んだのは、封印することで新しい魔王の誕生を遅らせるため……です」
尋ねられて、当時のことを思い出す。
今よりずっと荒れていたこの世界。あちこちに瘴気が残り病んでいた。
魔王を倒すことはできたと思う。
でもそれをしなかったのは……
「魔王はランダムだけど、間隔を空けて誕生するでしょ? しかも一人だけ」
「ええ」
「なら、封印されているとはいえ、魔王が存在していれば少しでも新しい魔王の誕生を遅らせることができるかなって」
瘴気が残って病んだ土地を浄化するのには、たくさんの力の持ち主が必要だろう。そして時間も。
それらを踏まえて、封印という形を選んだ。
いや違う。
自分自身がもう嫌だったのだ。
殺すことに……
あの時、殺人という罪を見逃す代わりに魔王を倒せ、とはっきり言われた。
人を殺したくてしたんじゃない。
そもそもここに来たくて来たわけでもない。
すべて押し付けられたものなのに、そこから逃げることができない。
そんな私の願いが聞きどけられたのは、魔王と対峙したときだった。
死にたかったわけじゃない。
でも、それでもいいかと思った。
最終的には死ぬことはなかったけど、それでもひと時の静寂は得られた。
元の世界に戻るまでの間は……
私が人に対して心を明かさないのは幼い頃のこともあるけど、はっきりとそうなったのは、ここに来てからだった。
人の醜い部分を見のもあるけど、押し付けられたものとはいえ自分の罪を宙ぶらりんにしたまま、贖罪をしていないという後ろめたさから。
殺されたくなかったら魔王を倒せというのは、生きている人たちの勝手な言い分であり、亡くなった人への贖罪でも手向けでもないことだと知っているから。
そんな風に考えるのは、自分の意思でないからという言い訳と、それでも自分の手でしたことだという事実への反発。
なにより自分がしっかりしていたら、こんなことにはならなかっただろうという自分自身に対する不甲斐なさが一番強いかもしれない。
そんな心の中に蟠っていた気持ちを、今やっと吐き出した。