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43 『勇者』とは

 ディリアさんたちは私たちが同じような倫理観を持つところから来たことを知って、特に注意する必要がないだろうと思っていたらしい。

 これが力があっても粗野で殺すという行為になんの躊躇いもないような人物だったら、その行動を注意しなければならなかっただろう。

 でも、私たちも殺人は重い罪だと知っているので、その辺りの説明は省いていた。

 私たちなら、言わなくてもそのような行動にでないだろうと。


「すみませんでした。いろいろ説明しなければならないところを、焦りばかりで必要最低限になってしまって……」

「俺もこれなら必要ないかなって伝えなかった」

「ごめん。僕は知っていて行動しているんだと思ってた」


 この世界の住人達から口々に謝られて、蒼井くんは焦って「とにかく頭を上げてください!」と騒いでいる。

 まあ今さら言われても……というもあるし、謝る問題が違っているような気がする。本当なら自分たちの勝手で召喚して、魔王討伐なんて頼むことに対して謝ることだと思うんだけど。

 そう思ったことに関しては伏せておく。

 それじゃあ、そろそろ本題に入らなければ。


「この世界のことについてはそれくらいでいい?」

「あ、ああ。だけど、他に何かあるのか?」

「これからのこと」


 きょとんとした蒼井くんに人差し指をびしっと立てて言い切る。


「これから…?」

「そう、これから。というか、現在進行形なんだけどね」

「は?」

「いや、吹っ飛ばしてそのまま置いてある村人のこと。操っていた魔族は殺したから、たぶん正気に戻っていると思うんだけど……って、そういえばっ!?」


 ふと浮かび上がった可能性に、慌てて立ち上がろうとして立ちくらみをおこした。


「相沢?」

「カリンさん」


 いまだ視界が安定しないのでもう一度座りなおし。

 それから、彼らに起きたことを話して確認してもらうように頼む。


「あの人たちが起きてないか見てきてもらっていいですか? 下手をすれば、あの人たち……」

「じゃあ、僕が見てくるよ」


 レーレンが名乗り出てくれたので任せる。道に関してはレーレンが一番いいだろうし、作ってしまった溝も、地の力を使えばなんとか渡ることができると思う。

 何がどうしたと心配するみんなに、レーレンが戻ってきたら話すと伝える。

 ここで言ってしまうと、もし村の人たちの意識が戻っていたとき対処に遅れそうだったから。



 しばらくしてレーレンが戻ってくる。

 でもその顔色は青ざめていて、予想したことが当たってしまったのだと実感した。

 それでも「あの人たちは?」と尋ねる。


「……死んでた。あの様子からして……互いに殺しあったみたいだ……なんでかわからないけど」

「やっぱり……」


 想像していた通りだった。

 自分たちのことで手一杯で、彼らのことを失念していたことに後悔する。

 でも、止められたとしてそれでどうにかなるだろうか。この世界で人殺しは死をもって贖うもの。それは利用されたり操られていても同じなのだ。


「どういうことですか?」


 黙りこんだ私にディリアさんが尋ねる。


「操られていたのが解けるのにタイムラグがあって同士討ちのような形になったのか、それとも現状が信じられなくてパニックになったか……」

「どういう意味だ?」

「この魔族、かなり悪趣味で……人は操られてるのに記憶はちゃんと残ってるから……普通の人がその現実を受け止められる? 人を殺してはいけないって先入観があるのに」

「…………無理。」


 この世界で『人を殺したら~』というのはかなり根深い。

 魔族がいて死が隣り合わせのときが多いだろうこの世界で、どうしてこれほどの強い倫理感があるのか頭を抱えたくなるのは確かだ。

 けどそれは置いておく。今は説明を求めているみんなに話をすることにしよう。


「ある魔族に人を操るものがいる。村とかの単位でいっせいに力を使って操って、それで殺し合いをさせる。そうして生き残ったある程度の人数を自分の領域テリトリーを守らせる。でも、今回は『勇者』用のトラップのほうがあってるかな」


 感情を交えないように言葉を考えながらしゃべる。

 魔族も知能を持てば人の行動や考えが理解できるようになる。この人を操る魔族はまさにその類。

 だから操った人を勇者に向かわせる。殺したら糾弾され、躊躇したら勇者のほうが死ぬ。どちらに転んでも魔族にとっては望ましいことなのだと、付け足した。


「なんで……相沢さんはそんな……に、詳しいの?」


 堤さんが何か気づいたのか、言いにくそうに話す。

 その問いに一瞬だけ体が強張る。

 けど、すぐに戻して。


「それは前に私が同じ目に遭ったからだよ」

「……それって……?」

「私も……ね、最初は気づかなかった。だから、その人たちを殺してしまったんだよ……」


 震える声でなんとか答える。

 けど最初に事実を話してしまったら、少し気が楽になった。


「私が持っている剣――これは前も持たされたものなんだよ。まったく、なんの因果なんだろうね」


 思わず苦笑してしまう。


「知ってるだろうけど、この剣は『敵とみなしたものを斬る』もの。だから襲ってきた人も敵として全てを斬り殺した。赤い……血が流れていたのに、相手に敵意があったから止めれらなかった。そんなことになったのは、私にやる気がなくて、剣が勝手に動くのに任せてたから。だから大事なときに自分の意思を通すことができなかった。人だと分かっているのに斬ることしかできなかった」


 前にここに来たとき、本当にやる気なんてなくて元の世界に戻ること、もしくは逃げ出すことしか考えていなかった。

 それでも旅は続く。逃げ出すことは同行者――見張りが許さない。

 なんで私が……と思っていたあのときの私は、魔族といえど命を落としていくのが私のせいだと思いたくなくて、剣に任せるのみだった。

 剣といえど、この剣はある程度判別能力がある。主従が逆転した状態は思わぬ状況を引き起こした。


 要するに、『勇者』が人を殺すという暴挙に。


「さっきも言ったけど、この世界では人を一人でも殺したら死罪。それは『勇者』の称号を得たものでも同じ。これは、『勇者』の称号を盾に暴力に走らないための抑制のためなんだけど」

「どうして『勇者』がそんなことするんだ?」


 ああ、どうして『勇者』というのができたのかを知らないんだ。

 ディリアさんのほうをちらりと見れば、首を竦めるような動作をした。


「この世界では数年に一度、大会のようなものが開かれて、優勝した人が『勇者』の称号を得る。そして次の大会で優勝者が決まるまでの間、勇者でいられる。勇者であることの条件は、大会で優勝すること。そして『勇者』を名乗る間、その力を魔族討伐に当てることなんだよ」

「へえ……」

「そして、その間、勇者には莫大な報奨金が入るの。でも大会にはいろんな人が出る。だから勇者の名の下に悪事をさせないため、他の人と同じ法が用いられている。勇者であっても特別扱いはされないの」


 勇者を召喚するという形をとるまで、そういうシステムだったと説明する。私もこれらの内容は今回で初めて知ったんだけど。

 その内容を聞いて蒼井くんたちは「知らなかった…」という顔で、レーレンとヴァイスさんが「よくまあそこまで調べられたもんだ」と感心した。

 お城にいるとき時間だけはあったからね。

 前と同じ名前の世界。だけど微妙に違う力の在り方、国の名前……それらのためにあれこれ調べましたとも。

 まあ……調べた結果も、前と同じ世界だと決定付けるほどのものはなかったけど。

 と、また話がそれた。


「だからね、いくら召喚されてこの世界のことを知らなくても『勇者』である存在が人を殺したとなると、まあ騒ぎになるわけよ」

「じゃあ、相沢は……?」

「犯罪者としてしばらくの間拘束されたよ。でも結局、魔王を倒せる可能性のある存在を召喚したのだから、死罪にするのはもったいないって。表面上は刑罰はなし。でも見逃したんだから、少なくとも勇者として魔王を滅ぼせと言われた」


 当時のことを思い出し、語り終えてから苦笑する。

 本当になんて身勝手な話。

 召喚したのも、魔王を殺せようとしたのもこの世界の人たちなのに、それなのにこの世界の人を間違って殺してしまったら、その罪は見逃してやるから……などと偉そうに言う。人を殺したこともこの世界に来たのも、私が望んだわけではないのに。

 どこまでも身勝手な人たちに対して、どうして何かしてあげようと思うものか。結局、私ががんばったのは魔王の城でなら監視もいなくなり、還るために返還陣を作り上げようとしただけだ。


「なんか……こっちに来てからの相沢の態度に納得した。そんなことがあったなら嫌がるのは当然だもんな……」

「本当ね。でもよく話してくれたわね」

「まあ、切欠はリートにもらったからね。あと、これからもこういうことがあるから同じ轍を踏まないように……かな?」


 だから――と、ディリアさんに向かって一つの提案をする。


「ディリアさん、もう一度、前の村に戻りませんか?」

「どうしてですか?」

「これから先、同じようなことが起きる可能性が高い。この先にいくつの村がありますか?」

「それは……」


 細かいことまでディリアさんは把握してない。その答えにはレーレンが「あと四つくらいかな」と答える。それもあくまで魔王のいる城までの直線距離であり、それ以外なら倍近くなるという。


「正直、今の力の在り方ではあまりにも制限がありすぎる。今日と同じようなことを回避するためにも、もう一度あの村で力の使い方を覚えたほうがいい。リートも言ったように、瘴気の濃いところでは精霊たちも存在することは難しいから」


 そういえばそんなこと言ってたな、と蒼井くんが呟く。


「しかも今回の魔王はかなり好戦的だと聞いている。だから余計にこういったトラップがあることを考えたほうがいい。何も対策を考えずに突き進むのは危険すぎる」


 ただ突き進むことだけを考えていた私たちには、まだまだ力が足りないのだ告げた。


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