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41 『リート』

堤恵里一人称です。

 嵐のようなできごとだったと思う。

 常に剣を使って戦っていた相沢さん。他にも風や土を使っているのを見たことはあったけど、あそこまで大規模な力は初めてだった。

 相沢さんが使ったからというより、この世界に来て初めて大規模な力を見たと言っていい。

 風、そして大地に火、最後に木が燃えていたのがすぐに収まったから、これも相沢さんが何かしらの力を使ったのかもしれない。

 それらを問いたくても、相沢さんはあれからすぐに倒れてしまって聞けないまま。周りも薄暗くなっていたので、今日はそのままここで野営することになった。


 焚き火から程よく離れた場所に相沢さんを寝かして、それから食事の支度をする。といっても、多少の果物と携帯食を並べるだけの質素なものだけど。

 ハーブティーを淹れてから、よく噛みしめてそれらを食べていく。携帯食は乾燥しているものが多いので、よく噛むしそのおかげで少ない食事でも割と満足できる。でも、ファーストフードとか恋しいな。ああいう食べ物はこっちには何もない。戻れるという可能性があるため、みんな我慢してるんだと思う。


「あんな風に……俺も力を使えるのかな……」


 いろいろ考えていると、蒼井がぼそりと呟いた。

 あの光景を見て誰しも驚いて、そして願ったこと。その願いは蒼井が一番強いかも。『勇者』呼ばれているから余計に。


「そうだね。あれくらい力が使えたら……」


 同意する大野。他にも頷くような仕草をする人たち。

 私だってそうだ。今の私は足手まといだって分かってる。地の力を使えるといっても、守り程度。率先して戦うことはできない。


「だけど、あれほどの『力』……見たことがないよ」

「たしかに。いくつもの属性をあれだけ強く使いこなせるものは文献にもありません」

「ええ、その通りです。けれど……」


 もしかして、この世界の人たちでさえ驚くほどの力を相沢さんは使ったというわけ?

 私たちより力の使い方を理解していて先をいっているのは分かっていたけど……この人たちにそこまで言わせるなんてすごい。

 ……そういえば、ディリアさんは何か言いたそうな……


「ディリアさん、どうしたんですか?」


 この人とはあまり個人的な会話をしたことがないんだけど、でも気になったので聞いてみる。


「……いえ、なんでもありません」


 そう言って口を閉ざすディリアさん。

 その仕草や雰囲気がなんでもないって物語っている。


「なんでもないように見えないんですけど」

「それは……あのような光景を見れば、誰でもそう思います」


 ディリアさんは少し震える声でそう答えた。

 そう言われちゃうとそれ以上追及しづらくなる。皆がそう思っていることだし。でも、ディリアさんは何かを隠している。

 でもなにを?

 あのときのことを思い出して何か掴めないかと考えて……


「リート、エルデ、そして……グリューエン……だっけ?」


 そして、それらに……


「『力を貸して』?」


 たしかに相沢さんはそう言っていた。

 それに気づいたのか、皆が顔を上げる。


「この名前……」

「最後のは知らないけど、他はヴァイスさんに調べてもらったのだよな?」


 蒼井の問いにヴァイスさんが頷く。


「リートと言ったとき、魔族は吹っ飛んだ。エルデといったときは大地が裂けた。グリューエンは相沢が持つ剣から火が出た……」

「これって……風とか地と火の名前か……?」


 そうすればつじつまが合う。

 でも分からないことも出てくる。


「これらの名前って、ディリアさんたちも知らなかったんですよね? なら、どうして相沢さんは知ってるの? もしかして、あのとき『視た』のを切欠にあのすごい力を使えるようになった? 相沢さんはそれがあるから様子が変わった……?」


 半ば推理するかのようにブツブツと呟く。

 でも私の考えに同意するかのように、皆も「そうかも」「かもしれねぇ」と反射的に答えている。

 そうだ。これならつじつまが合うんじゃない? 突然知ってしまった情報と力。そして、それらをどう話さそうか迷っていた?


「でもちょっと待って。相沢さんが視たのは前の勇者が置いていったクリスタルからじゃないの? だとしたら、どうして前の勇者は人でない存在を知っていたの?」

「それは……」


 愛美の問いに、また出口を失った気がした。

 何か一つ分かれば、今度はまた別の疑問が浮かび上がる。


「うーん……やっぱり説明できないかなぁ? でも、リートって風だよね? だとしたら……」



「我の名を呼んだか? 人の子よ」


 私の言葉を遮るように答えたのは、先ほどまで倒れていた相沢さんだった。

 でもどことなく雰囲気が違って、本当に相沢さんなのか疑問に思う。


「相沢……さん?」

「否、我の名はリート。お前たちの想像通り、我は風だよ」


 少し男性っぽい口調に、相沢さんじゃないと分かる。

 といっても姿は相沢さんなので、なにがなんだかさっぱり分からない。


「カリンさんはどうされたのです?」


 今度はディリアさんが相沢さんに尋ねる。


「今は眠っている。力の使いすぎで疲れたのだろう」

「ではあなたは……」

「言ったとおり、我はリート。かつてこの世界に風の精霊王として存在したものだよ」


 か、風の精霊王?

 いきなりファンタジー!? って、今も十分ファンタジーな世界にいるんだけど!

 でもどうして相沢さんの体を使っているの?

 その考えを見透かしたかのように、私のほうを見て笑みを浮かべる。


「我は残滓のようなものだよ。約二百年前、我の姿は失われたのだから」

「え……?」

「二百年前、この世界は酷く荒れた。我ら精霊王はそのとき、世界を浄化すべく王としての器をなくした」

「なくした?」

「そう。少ない清浄の地で、我らは跡から生まれいずる精霊たちの礎になった。小さき存在になった我らに、目を向けるものはいなくなったよ」


 いきなり急展開過ぎてついていけない。

 頭の中を整理して……二百年前に精霊王として存在しなくなり、精霊たちが生まれる場所を作ったということ? そして、その存在は誰も知らなくなった、と。


「考えている通りだよ。小さきものになった我らの存在を、人は見つけることができなくなった。そのため力のあり方が変わり、そして人は大きな力を持てなくなった」


 淡々と語っているように見えるのに、どこかこちらの反応を楽しんでいるような『リート』。

 何を話したくて相沢さんの体を使っているのかを考えてみるものの、ぜんぜん想像がつかない。

 でも、『リート』の言うとおりなら……


「二百年前は、もっと大きな力が使えた……?」


 私が言うより先に、大野が尋ねる。


「そうだよ、人の子らよ。我らはもっと明確な存在として在った。だから人は我らの存在を知っていたため、より大きな力を使えた。先の魔王により世界が荒れる前までは、ね」

「では、二百年前と今とじゃ、力の使い方の根本が違っているってことですか?」

「根本は違っていない。人の考えが変わっただけだよ、巫女よ」


 今度はディリアさんの質問。それにすらりと答える。

 ……にしても、ディリアさんのことを『巫女』なんて呼ぶくらいだから、やっぱりいま語っているのは相沢さんじゃないのね。

 でも根本は変わってないけど、人の解釈が違うから力がうまく使えないってこと? でも、相沢さんって最初の頃から力を使いこなしていたような気もするし……それに、自分のことを残滓だという『リート』と相沢さんの繋がりってなに?


「いきなり聞いていいですか?」

「なんだね?」


 まだるっこしいことは嫌い。だから、単刀直入に聞こう。

 幸い、この『リート』は何かを伝えたくてこうして相沢さんの体を使って話しかけてきてるから、ある程度のことはきっと答えてくれるはず。


「何故、相沢さんを使って話しているんですか?」

「さっきも言っただろう。我は残滓でしかない。今の存在では人の目には留まらないと」

「それは分かりました。でも、なら、どうして相沢さんの体に?」

「この子は我の存在を知っているからだよ」


 あっさり答えられてしまった。

 そうか、相沢さんは『リート』の存在を知っているんだ。

 でも話さなかった。

 これって、大事なことじゃないの?


「だが、人は目に見えないものを信じない傾向にあるからね。この子もそれで苦労したみたいだし」

「苦労?」

「ああ、そういえば、相沢は霊感があるって言ってたな。病院とか学校でよく霊を見て嫌だったとか」

「そうなの、蒼井?」

「ああ」


 なるほど、それで風の精霊のことを知ったのかな。

 たしかに人には見えないものが見えるってのは、下手をすれば「頭おかしいんじゃないの」と言われかねない。しかも、私たちはクラスメイトだったけど、仲良くなかった。それが相沢さんの口を噤むことになった?


「たしかにそれもそうだけれどね。もともとこの子とは旧知の仲だったのだよ。過去の我を知り、今の我を知るものはこの子しかいないのだよ」


 は? 旧知の仲?


 同じことを思ったのか、皆、きょとんとした顔をになる。

 私もそうなんだろうけど。


「約二百年前、一緒に旅をした友だ」

「それって……」



 ――先代勇者!?



 皆の声がはもった時だった。

 って、だって二百年前じゃない。つじつまが合わないよ!?


「それに……前の勇者は死んだって……」


 蒼井が信じられない、とばかりに呆けた顔で呟く。

 でも、私たちだって同じだ。とてもじゃないけど信じられない。


「ああ、我らもそう思っていたよ。そう思ったから、あの子が守った世界だから、この世界の均衡を保つために、我らは器をなくしてまであの子と同じように守ろうとした」

「どういうことですか?」

「巫女よ。我らは別にあのままでも良かったのだよ。多少なりとも清浄の地は残っていた。数少なくとも我らは存在できた。だが、あえて器をなくしてまで一定の精霊を存在させるようにしたのは、この世界のほかの生き物のためということだよ」


 『リート』の話は、別に人なんてどうでも良かったけど、相沢さん(で、あってる?)のために、人が生きていく場所を作ってくれた――ということになる。

 その話にディリアさん、ヴァイスさん、レーレンさんは愕然としている。

 それはそうだよね。この世界の『精霊』と呼ぶべき存在がから人なんてどうでも良かったなんて言われたら……

 ああ、でも、相沢さんが前の勇者だったという前提よね。この『リート』と名乗った人が間違えているってことはないのかな。


「ないな。我が間違うはずがない」


 ……人の考えを読めるのか。

 見透かしたような答えに、はーっとため息をついた。


「なら、どうして今になって?」

「そうだな。これから危険が増すばかり。だが、肝心の『勇者』が未完成だ。そのため、過去を話してまで君たちの力を伸ばそうか迷っていた。が、なかなかそれができなかったのだよ」

「どうして?」


 二百年前に召喚された先代の勇者だなんて名乗ったって、にわかに信じられない話だけど。


「そう、にわかには信じられない話だ。だからこそ言えなかった」

「なら、今あなたがこうして話をしているのはどうして?」


 『リート』は自分のことを残滓だと言った。だとしたら、相沢さんを押しのけて出てくるほどの力がないのかもしれない。

 気を失った今ならできそうだけど。

 でもそれだけではない気もする。


「地の力を使うものよ、なかなか鋭い考えを持っている。それを役立てよ」

「はあ」


 なんか、相沢さんの姿で偉そうに褒められても嬉しくないんだけど。


「『勇者』よ、君は我と相性がいい。『名』で繋がりを持つことは叶わぬが、その宝剣にある石に我との繋がりをつけよう。少しは力を使いやすくなるはずだ」


 相沢さんの腕が持ち上がって、蒼井の剣を指差す。

 すると、剣の柄の辺りで淡い緑色の光が広がった。


「ふむ、こんなものだろうな」

「何をしたんですか?」


 蒼井もさすがに相沢さんがしゃべっている人物に警戒しているのか、敬語で尋ねている。


「その中に、多少なりと我の存在を入れた。これから先、瘴気が濃くなれば我らは存在しにくくなる。今のままでは『力』はほとんど使えなくなると言っていい」

「え? じゃあ、どうやって戦えと……って、じゃあ、相沢はどうやって戦ったんだ?」

「この子は力を属性に押し込めなかったから、持たされた剣と自分のクリスタルで乗り切ったのだよ。まあ、魔王の城でのことは我も分からぬがな」


 なにそれ!? と問いたくなるのは仕方ないだろう。

 だって本当の本当に前の勇者が相沢さんで、そして単身と言ってもいい状況で魔王を封印した――なんて。


「力のことは、おいおいこの子に聞くといい。ここまで話されては、もう隠すこともないだろうからね」

「良かったんですか? そんなことを相沢さんの意思を無視して話しても」


 愛美が辛そうな表情で尋ねる。

 きっと、愛美は相沢さんの身になって考えてるんだろうな。

 誰だって自分の知られたくないことを勝手にばらされたくないもの。


「本当は良くないね。でも……これで良かったと思っているよ。生きて戻るために、この子はどうすればいいのか常に考えていた。君たちに過去のことを話そうかどうしようか常に迷っていた。我は切っ掛けに過ぎない。話したことはほんの少しのことだからね。あとは、この子からの話を聞くがいいよ」


 そう言って『リート』と名乗った存在はゆっくりと目を閉じる。

 それから数秒後、同じようにゆっくりと目を開けた姿は、いつも見ていた相沢さんだった。


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