04 旅の同行者
レーレンの言うことが理解できず、「は?」と間抜け面で首を傾げた。
その様子がおかしかったのか、レーレンは小さく噴出す。
「レーレン…」
「ごめんごめん。勇者ご一行様の中の変わり者、カリンは表情もあまりなくて人間っぽくないって聞いてたもんで」
失礼にもほどがある。私は元の世界では普通の人だったんだから。
……あ、いや、普通というのはちょっと語弊があるかな。霊感……は、すべての人が持っているとは言いがたいし。でも紛れもなく普通の人間なんだけど。
「私が人間じゃないならなんですか、まったく」
「なんだろうねえ。まあ、僕には感情を表に出すのがちょっと苦手な普通の女の子に見えるけど」
「見えるもなにも、紛れもなく普通の女の子です」
「言い切るね。結構珍しいのに。全部の属性持った人間って」
あ、さっき出てきたのだ。なら話を戻して、それを聞かなくちゃ。
「そういえば、全部の属性を持っているって? 人が持つ力は属性が決まってるって聞きましたけど。あっても似た属性ふたつとか」
「あ、うん。その通り。で、ほとんどの人は力自体が小さくて役に立たないし、まったく力がないから属性もないってのもいるんだけど、逆もいるらしいんだよ、本当に稀にね。さっき言ったようにすべての属性を持つ人ってのが。あんまり文献にもないんだけどね」
なるほど。それにしても、レーレンは普通の格好をしているので、書庫までの案内でいいやと思っていたけど、なかなかの知識人らしい。
レーレンってナニモノ?
「えーと、それ詳しく聞きたいけど、その前にレーレンっていったい何者なの?」
「え? 僕?」
うん、とこくっと頷く。
「いや…何者って言われるほどたいそうなもんじゃないんだけどねえ。ほら、見たまんまで」
「見たまんまじゃないでしょう? だって、文献にもほとんどないことを知っているんだもの」
「ああ、それで…ね。うん、僕は王室御用達の品まで扱う隊商の一人なんだ。親父がその頭領だから、まあ、あちこち行くし、いろんな情報が結構手に入るから、カリンにはそう見えたのかも。あ、さっき言ったのは旅先で聞きかじった話だよ」
「そう、なんだ」
微妙に敬語とタメ口が混じりつつ、レーレンがどういった立場の人なのかを把握した。
「でね…」
レーレンがちょっと言いにくそうに、でも何か続けようとしていた。
「ん? なに」
「だからね、僕は今回勇者様ご一行のメンバーの一人なもんで、よろしくって言いたかったんだ」
「はい?」
「あちこち行ってるもんで道詳しいから。いくら、地の属性を持つ導き手がいても、細かいところまでは分からないから、僕がある程度道案内をって頼まれた」
「……なるほど。」
堤さんの力がどれほどかは分からないけど、確かに彼女を頼ってばかりはいられないだろう。魔族の本拠地に行くまでは普通に行けばいいのだし。
「じゃあ、よろしくお願いします」
と右手を出して、改めて言うと、レーレンは実に意外そうな顔をした。
あ、そういえば、ここでは挨拶に握手をするようなのはないのかな…? 思わず手を引っ込めようとしたとき。
「……よろしく、カリン」
と、右手を握り返してきた。
でも、その間はいったいなに?
「ごめん、カリンが笑ったからびっくりした」
あ、そうですか。それほどまでに私の笑みは珍しいんですか。ちょっと頬がひくついても仕方ないよね。でもって握っている手に力がこもっても仕方ないよね?
レーレンの手を思い切り握ってみるものの、逆にもっと強い力握り返されてしまって痛かった。
失敗。男女の差があるから握力勝負は無理でした。手がものすごく痛いです。
そんなのを察したのか、レーレンは面白そうに笑った。
「笑わないでよ」
「だって…カリンのそんな顔を見てるのは、ここでは僕くらいだろうから、ね?」
「一応……感情だって表情だってあるんです。ただ、いろいろあって、あまり表に出さなくなっただけで」
「うん、それは分かった気がする。他の子たちと比べても、カリンは大人びてるし」
うんまあそれなりに大変な思いはしたし。でも、『他の子』って……レーレンっていくつなんだろう?
「レーレン、年いくつ?」
「僕? 僕は十八だよ。まだ若いから、親父に勇者の手伝いして少しは男を磨いてこいって、この仕事を押し付けれらた」
「十八……すみません、年上だったんですね、敬語に戻します」
「別にかまわないよ。気軽に話して」
「そう? ならそうする。普通に戻ったのを敬語で話すのもなんか変だし。レーレンといるほうがほっとするから、少しは気を抜きたい」
「うん、いいよ」
蒼井くんは私の態度に怒っているし、大野くんはまあともかく、堤さんと篠原さんとの関係も微妙だし……ディリアさんにもケンカ売っちゃったしなあ。
聞けばディリアさんも一緒に行くって言うし。まあ、この辺も私のせいなんだけど。自分たちで何もせず、他の世界の人に押し付けるなと言ったら、意地になったのか一国の最高位の巫女という立場を放り出して一緒に行くと言い出して。
そんな理由で魔王討伐勇者様ご一行のメンバーは、私にとって気の置けない人がいない。このままいけば道中でぜったいストレスで胃潰瘍になる、と思えるくらいに。
だからレーレンが一緒にいてくれるなら嬉しい。
レーレンは気軽に話ができて気持ちが軽くなるし、レーレンも私のことをそれなりに認めてくれているみたいだから、レーレンと一緒にいることにしよう。
――って、そうだ。属性の話に戻らなくちゃ。
すでに書庫にたどり着いたんただけど、今は書庫よりレーレンの話のほうが気になる。だって、ほとんど文献にもないって言うから、そういった本が見つかる可能性は低そうなんだもの。
「レーレン、話戻って、さっきの属性の話を聞きたい」
「あ、いいよ。でも、話をするなら場所変える? 書庫で話しているとよく響くし」
「そうする。図書室って言えば、私語禁止だものね。話してたら目立っちゃう。でもちょっと待って」
レーレンにそう答えてから、胸ポケットに入れていたボールペンと手帳にここの場所を簡単な地図として記す。次に一人でも来れるように、と。
さらさらっと書き終えると、レーレンにお待たせ、というが、レーレンは私の持っていたものに興味を示していたようだった。
「レーレン?」
「あ? ああ、ごめん。はじめて見るものだったから」
「そう?」
「じゃあ行こうか。庭に椅子とかあるから、その辺で話をしよう」
そういって下へと逆戻りしていった。
この辺は人が少ないみたいで、廊下で三人すれ違っただけで、この庭園には誰もいなかった。
少し日差しが強いので、木陰になるような場所を選んで座った。
「はい、どうぞ」
座って話を切り出そうとしたところ、目の前に差し出されたものに驚いた。
見たら飲み物だった。どうも水筒のようなものに入れて持ち歩いていたらしく、カップがそれっぽい。
「ありがとう」といって受け取ると、少し温めのお茶だった。保温効果はあまりないようだ。
「いつも持ち歩いているの?」
「うん、癖でね。基本的に必要最低限な持ってるよ。移動中で仲間とはぐれたりすると困るから」
「用意周到。」
「うん、旅をしているとそれなりにね」
「なら、旅に出たらレーレンの側にいることにする。なんでも持ってて便利屋さん」
「はは…はっきり言うね」
苦笑しながらもレーレンは嫌な顔をしない。
「僕もカリンに興味あるから、別にいいよ」
その言葉はある意味爆弾発言です――と言おうとすると。
「さっき言ったように、全部の属性を持つ人間みたいだし。でも誰も気づいていないみたいだしねー。ほんっと、気づいたらどうなるのかな? ある意味、勇者として見られているハヤトって子より強いんじゃない?」
矢継ぎ早に言われて、口を挟む隙がなかった。
「それ知ってるの、僕だけみたいだし、カリンはなんか知られたくないみたいだし……そう思うと楽しいな」
私はオモチャか。
レーレンはかなりいい性格で、でも、人が嫌がることをぺらぺら喋るわけでもないようだ。個人的な密かな楽しみにするタイプらしい。
でもまあその方が私もいいんで、そのあたりに対して突っ込むのはやめておこう。
でも、もらったお茶をすすって喉を潤した後、少しだけ訂正しておく。
「蒼井くんと私のどっちが強いか――ってのははっきり言って不明だよ。すべての属性を持っているってのは、まだ可能性の一つだし、元の世界では私は剣とかそういったのを使ったことないから、やり方が違っても慣れているほうが強いと思う」
現に五人いたのに、ディリアさんが勇者だと認めたのは蒼井くんだったし。
「んー…現段階ではそうかもしれないけど、力の使い方に慣れてきたら変わりそうだと思うけど。――と、そうだ。カリン、これをつけてみて」
そういってレーレンがごそごそと袋から取り出したのは、十センチ程度の小箱だった。
「なにこれ?」
「すべての属性が入った特製の指輪」
と、箱を開けて見せるレーレン。
中にはカラフルな石がついたものが一つ、それと乳白色の石が付いたものと、黒い石が付いたものが一つずつの、計三つが並んでいた。ちなみにリングの部分は透明で、これは増幅するためのクリスタルっぽい。
「これが火、風、土、水の属性の指輪。後は光と闇。こっちは強いからまとめられないんだよ。さ、はめてみて」
と言われても、ここでそれが分かってしまうのもなあ……いや、ないかもいしれないし。
などと思っていると、レーレンは私の右手をとり、四つの属性を持つ指輪を中指に、光と闇の指輪は左手の中指と小指に勝手にはめる。
ってか、これじゃあ私、成金趣味というか、無類のアクセサリー好きのようじゃないか――と三つの指輪をはめた手を見る。
すると、指輪は淡く光、それぞれ共鳴するかのように、互いに点滅し始めた。
えーと……これって、私の力に反応しているってことでよろしいんでしょうかね?
知りたくもなかったけど、レーレンは興奮しながら「やっぱりだ」と呟いたのを見ると、やっぱりそうなんだろう。