34 野営で
人型の魔族が現れるようになってから、毎日、息つく暇もなかった。
殺すことにいまだに慣れない――というのもあるけど、それよりも命の危険のほうが勝る。そのため、常に気を張って、魔族の襲撃に構えていなければならない。
夜も野宿の場合、見張りをしなければならない。最初の頃は慣れないことから、ヴァイスさんとレーレンが交代でしてくれたけど、今では蒼井くん、大野くんも見張りの交代に入った。さすがに私は外されたけど、それでも地面に直接寝るのは、布団になれた体では熟睡とまで行かない。
けど少しでも眠らないと、魔族との戦いで消耗した体力が戻らない。そのため、少しでも眠らなければ――と思うものの、あちこちから聞こえる物音や動物の声に、うとうとしていた意識が覚醒してしまう。
「ん……」
半分眠気に占領された頭はうまく機能しない。でも、どこか遠くで動物の悲鳴が上がったようだった。
念のためエルデに頼んでこの辺り一帯に軽い結界を張ってあるけど。でもそれも、あくまで簡易的なもの。
大きな結界を張り続けるのは、皆にまた誤解されそうだし、エルデ――大地の精霊たちの手伝いがあっても、元となるのは私の『力』なので、あまり強いものだと疲労が溜まっていくばかりだからだった。
現に、こうしてすぐに目が覚めてしまうのは、結界のことを気にしてだから……というのもある。
「起きちまったか?」
「……あおい、くん……?」
「おい、寝ぼけてるのか? 俺が他に誰に見えるってんだよ?」
「……蒼井くん」
「おい」
「ごめん、まだ頭が回らなくて」
そう答えながら、半ば起きてしまったため、寝なおすのはやめた。ゆっくりと起き上がると、蒼井くんが「飲むか?」と湯気のたったカップを目の前に差し出した。
「ありがと」
馴染んだハーブティーの香りに、熱さを気にしながら口をつける。この香りは、疲れを取るものだ。きっと途中で目覚めてしまった私に、疲れが取れるようにと入れてくれた。眠気を取るような効果があるものではないため、飲んだら眠れということなんだろう。
ちょっと熱いためすするようにして少しずつ飲む。
その間、特に会話などなく、蒼井くんも別のハーブティーに口をつけていた。
ちらりと蒼井くんを覗き見て、最初にここに来たときより、しっかりしたなぁなどと思ってしまう。最初の頃は、ゲーム感覚で見てでいた『異世界』を、どこか別物のように思っていたのに、今はここで起こる出来事は、すべて自分の身に起こることだと認識している。その認識が、自分自身を守るものだと気づいている。
「なんだ?」
「ううん。眠くならないのかなって」
心の中で考えていたことは言えないので、ありきたりな応答をする。
すると蒼井くんは苦笑しながら、「眠くなったら寝てもいいのかよ?」と冗談交じりに言う。
「そりゃ眠いさ。でも、見張りが寝てちゃ駄目だろ?」
「そうだね。大変だけど頑張ってね」
「まあな。でも……」
「ん?」
「こういう面倒なことも当たり前なんだなぁって、今頃になって思ってさ。最初の頃は、ずいぶん甘やかされてたんだな……」
自嘲するような言い方に、仕方ないよとだけ答える。
だって、本来ならこんな旅をすることはないのだから。そりゃ、日本じゃなければあるのかもしれないけど。
「俺たちって、ずいぶんいい生活してたんだな」
「そうだね、ここでこうしてるとそう思うね」
「ああ。そういえば……」
「なに?」
何か問いたげな表情の蒼井くんを改めてみると、「いや、なんでもない」と返されてしまった。
なんだったんだろう? と思っていると、控えめな声で、「いい雰囲気のところ、悪いけど……」と、大野くんの声がした。
「なんだよ?」と不機嫌そうな声で答える蒼井くん。
それにしても、いい雰囲気って……別に、普通に話をしていただけなのに。
「そろそろ見張り交代の時間だろ?」
「あ……」
「そうなの?」
「そうだった。でも俺、つられて眠気取るためのハーブティー飲んじまった」
「でも、眠れるなら寝とけよ。交代は交代だ」
まあ、交代の時間を区切ってあるのは、ぶつ切り状態でも、皆が眠れるようにってことだものね。
それが分かっているのか、蒼井くんは「ああ」と頷いて、寝る準備を始める。準備といっても、横になるのに十分な広さを確認して、そこに横になって毛布をかけるだけだけど。
横になりながらも眠くないのか、寝やすい体勢を探してもそもそとしていた。そんな様子を見ながら、私もまた眠るために残りのハーブティーに口をつけた。
大野くんは、さっき蒼井くんが飲んでいたハーブティーをコップに注いでいる。
野営の基本というか、火は絶やさない。それに、こうしてハーブティーを入れられるようにと、お湯を沸かしている。ここには常に適温を保てる電気ポットなどないから。
「相沢さんはまだ寝ないの?」
「うん、これ飲んで落ち着いたら寝る」
「そう、休めるときは休まないとね。見張りをして、本当に実感したよ」
「蒼井くんも言ってた。眠くても眠れないし、寝ていても見張りの時間になれば起こされるんだよね」
うん、と答える大野くんに、「悪いけど、見張り頑張ってね」とだけ言った。
それから、ハーブティーをちびちび飲みながら、焚き火をぼんやり見ていた。しっかり見れば、火の精霊――グリューエンが踊っていることだろう。そんなことを考えている時――
「ちょっと聞いてもいい?」
大野くんが声をかけてきた。
「なに?」
「たいしたことじゃないけど……相沢さんは、俺たちより強いのに、どうして『勇者』に選ばれなかったのかな、って」
大野くんの言葉に、一瞬見透かされた気がした。
けど、大野くんにしてみれば、別にそんな意味合いはないらしい。
「蒼井も俺も、ずっとどこかでそう思っているんだ。どうしてなんだろうって。さっきも、あいつ、何か言いたそうだっただろ?」
「……うん」
「力の使い方とかさ、教わってだけど……ちょっとずつ覚え初めて、でも魔族との戦いになると、臆することなく向かっていく相沢さんにはまだまだ敵わなくて……だからどうしてだろうって、ずっと思ってる」
それは――と言いかけて、口を閉じる。
大野くんを納得させるために、出ようとした言葉は、まだ話したくないことだった。
そこで、少しだけ考えた後。
「たぶん、『勇者』は蒼井くんで間違いないよ」
「どうしてそう思う?」
「蒼井くんが召喚陣の真ん中にいたから」
「それだけで、蒼井が『勇者』になるの?」
「うん」
以前にも聞いたけど、今回も図書室の文献で調べた。
あの召喚陣は、そのときに出現した魔王にとって、一番いい相手を呼び出すものだった。そのときの魔王を倒せる人物が現れるのを願って――
だから、今は蒼井くんより力があるように見えても、今の魔王を倒すために一番いい力を持っているのは、蒼井くんなんだと思う。
「それが理由?」
「うん。魔王はずっと健在なわけじゃない。代はかわる。その時々で、魔王を相手にするに相応しい『勇者』を呼び出すためのもの――らしいからね。きっと、私の力は今の魔王に対して向かないんだよ」
「……そんなものかな?」
「そんなものだよ」
肯定する言葉に、横になっている蒼井くんが身じろぎする。
きっと眠れなくて、今の話を聞いていたんだろう。
でも、ちょうどいいのかもしれない。面と向かって聞きづらいのなら、こうして間接的に聞いて、そして自分の中に答えを見つけるだろう。
「私、もう寝るね。眠くなってきた」
「あ、ごめん。気づかなくて」
「ううん。見張り頑張ってね」
「ありがと。……おやすみ」
こうして大野くんとの会話は終わり、私は再び眠りについた。