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32 人型魔族

 私たちが村にいる間、レーレンは近くの村に行ったりして、いろいろ必要なものを購入してくれていたらしい。久しぶりに見たレーレンに周辺の状況を教えてもらう。


「そろそろ本格的にやばくなってきてますね。隣の村で聞いた話だと、もう少し離れたところは魔族の手によって村が滅びたようです。数名、隣の村に生き延びてきてましたが。魔族のせいで、たぶん、忌み地になってると思います」


 真面目な顔で報告するレーレンに、ディリアさんが「そうですか」と思い雰囲気を漂わせて答えた。

 レーレンが指差した『もう少し離れたところ』とは、これから先向かう途中にある。魔族の手に落ちたところを進まなければならないということになる。身が竦むのは仕方ないだろう。

 けど、魔王の居城の近くになれば、そんなことを言っている暇はない。どこもかしこも、魔族だらけなのだから。


「ま、俺たちのレベルアップにはちょうどいいだろ」

「だよな。相沢さんの言うとおりかな?」


 そう思っていたのは私だけではなかったみたいで、蒼井くんと大野くんが軽めの口調でディリアさんに話しかけた。

 でも、怖くないわけじゃない。蒼井くんも最後のほうは声が上ずってるし、大野くんも握った手が震えていた。明らかに強がりだと分かる二人に、篠原さんが同意する。


「そうよ。怪我したら治してあげるから大丈夫よ」

「あら、でも怪我人がたくさん出たら、オーバーワークだよ。愛美、大丈夫?」

「それこそ、皆がやってた『特訓』になるじゃない」


 からかうような口調で場の雰囲気を和らげるよう努める堤さん。それにあわせて前向きに考える篠原さん。

 その二人に、蒼井くんと大野くんが同意する。いつの間にか、互いにフォローすることを知っていた。

 そんなやり取りを見て、ヴァイスさんが「頼もしいな」と呟いた。

 緊張しているディリアさんに、「大丈夫」という意味を込めて、背中を軽く叩いた。

 ディリアさんは私のほうをちらっと見ると、その後、


「では、先に行きましょう」


 と、皆に向けて言った。

 そういえば、クリスタルに関しては答えが見つからず、とりあえず保留という形になった。

 けど、少しずつクリスタルに依存している状態から、離れることも考慮すると村長さんが言っていた。

 それを聞いて、新たに意思を固めて、私たちは昼前にこの村をあとにした。



 ***



 歩いて村から離れると、しばらくして魔族に出くわす。

 幸い、まだ獣型の魔族だったため、普通に退治して終わった。

 いつの間にか、魔族に出くわせば自然と臨戦態勢に入るようになった。魔族を切ることも最初ほどの躊躇いはない。

 慣れとは、恐ろしいものだと感じてしまう。

 けど……慣れた時ほど怖いのだ。油断しているところを不意に突かれる。

 それは、唐突にやってくるのだから。


 それを裏付けるかのように、とうとう人型の魔族に出くわす。

 人型――と言っても、人の形を模した何かと表現したほうがあっているかもしれない。見た目はどこか歪んでいて、遠目ならともかく近くで見れば、「ええと、なにこれ?」と言いたくなるような姿だった。

 それでも、人の形をしたものに剣を向けるのに躊躇いがあったようで、皆、いつもより反応に遅れる。


「蒼井くん!」


 剣を握って向き合っても、振るのを躊躇っていた蒼井くん。そのままでは魔族にやられてしまうと思ったけど、距離があったので大声で叫ぶ。

 その声が届いたのか、魔族を斬ることはできなかったけど、体を横へ逸らして魔族の攻撃を凌ぐ。

 さらに大野くんを見れば同じような状態で、魔族相手に戦っていたのはヴァイスさんのみだった。

 レーレンは旅になれて危険を知っているのか、堤さんに声をかけて、二人してディリアさんと篠原さんを守るように結界のようなものを張っていた。

 これならディリアさんたちは大丈夫だと確認してから、魔族に向き合う。まだ人の言葉を解しないのか、わけのわからない雄叫びを上げながら向かってくる。

 私は無理やり意思を押し込めて、剣の動きに合わせる。私自身、いまだに人の形をしていると躊躇う。そのため、こういうときは剣に主導権を明け渡すようにしている。

 何も考えず、ただ剣に任せる。そうすれば、剣が勝手に動いてくれる。それに引っ張られることなく、自動的に自分がどう動けばいいのか分かるのは、たぶん『力』のせいなんだろ。

 一歩退いたところで、『私』が、人の形をした魔族を躊躇いもなく切り捨てていくのを、ただ見ている。まるで『私』の背後霊のような、空気にとけているかのような感覚。

 斬った魔族の橙色の返り血が飛び散る。それが頬についたとき、つい感情が戻りそうになるのを堪えた。

 そして、存在する魔族すべてを斬り捨てた。



 まだ少し呆然としている蒼井くんたちより先に、篠原さんが近づいて、ハンカチで頬についた魔族の返り血をふき取ってくれた。


「あり……がとう」

「怪我はない?」

「うん。……だいじょうぶ」


 少しずつ感情を戻していくと、斬り捨て横たわった魔族が目に入る。

 自分が殺したと思うと多少胸に痛みを感じる。この世界で魔族の存在が人に害を与えると分かっていても、そんな風に思うのは、平和な場所で育ってきた結果なのかな。

 けど、一生ここで生きていくわけでもない。必ず戻る気でいるので、どんなものでも生き物を殺すということに慣れるのはよくないかもしれない。

 そんなことを考えていると、ヴァイスさんが剣を持ったまま近づいてきた。


「カリン、今のは……剣に任せてたみたいだね?」

「はい。私も……こういう魔族は自分の意思でやるのは難しいですから」


 やっぱりヴァイスさんのような人には分かるのかな。

 でも、一度目の召喚で多くの魔族を殺し、魔王を封印した身としても、一度日常に戻ってしまうと、魔族といえど『殺す』という行為に躊躇いがでる。

 それは二度目の召喚でも同じ。

 なまじ、自動で動いてくれる剣があるため、こういったことはもう剣に任せるようにしている。それが悪い面もあるのは知っている。けど、躊躇いは死に繋がる危険がある以上、相手が魔族の場合は剣に任せてしまうのが楽だった。

 でも、それができない蒼井くんや大野くんは、自分の意思で戦わなければならない。自分の命を最優先にして戦うまで、もうしばらく時間が必要かもしれない。


「大丈夫?」


 蒼井くんに声をかけると、彼はいきなり座り込んで左手で顔半分を押さえて俯いた。そこから、「ちくしょう……このままじゃ……」と小さな声が漏れてくる。「折角特訓して、少しは自信持てたと思ったのに」とも。悔しさを感じてるのがよく分かった。


「蒼井くん」

「……」


 返事はない。


「蒼井くん」

「……」


 もう一度声をかけても答えない。

 けど、辛抱強く声をかける。


「蒼井くん。蒼井くん。蒼井くん。あーおーいーくーん?」


 連呼されたのと、最後は伸ばされて聞いてるかな? という疑問のような呼び方に、さすがに無視できなくなったらしい。


「なんだよっ!!」


 悔し涙を目尻に溜めて真っ赤になった目で睨まれた。まともに戦えなかったのがよほど悔しかったんだろう。

 ゲームや本ではこういう葛藤ってあまりないけど、実際は、そう簡単に割り切れるものじゃないよ、蒼井くん。

 そういう意味を込めて、私はもう一度蒼井くんに声をかけた。


「蒼井くん。私の今の姿、どう思う?」

「……は?」


 今の私は、魔族の返り血を浴びて服や防具のあちこちに濁った橙色の液体が付着している。


「私が戦ってるの見て、どう思った?」


 あの時は剣に任せていたから、今までの動きとまったく違う。今までの動きを加速させ、無駄な動きはほとんどなかっただろう。


「すげぇと思った。なのに、俺はぜんぜん駄目で……」

「……うん、動けなかったね」

「改めて思い知らせたよ! お前と俺の差を……っ! なんで、俺が『勇者』なんだよ! 俺よりずっと強いやつがいるのにっ!!」


 蒼井くんの本音に、大野くんが「やめろよ」と諌めるように言う。

 他の皆は黙って私たちのやり取りを見てる。


「蒼井くんが見てるのは、私の表面だけだよ」

「……どういうことだよ?」

「私が持ってる剣の特性――覚えてる? 『敵とみなした相手をすべて斬る剣』だよ」


 さっきのも、私がやったんじゃない。剣にやってもらったんだよ、と付け足す。

 自分の意思を出さないで、剣に力を委ねれば、さっきみたいに次々と『敵』を倒していく。それはすごいと思う。でも、私だけの力なら、あんな風に戦えない。

 そう話すと、蒼井くんの表情が複雑なものになった。


「でも、蒼井くんと大野くんは、自分の意思で戦わなきゃいけないの。だから、すぐにできるようになるよ、なんて言わない。私たちって、こんな状況にすぐ慣れるような危ないところで生きてこなかったじゃない?」

「そりゃそうだけど……」

「逆にすぐに慣れて、笑いながら魔族を殺していくほうが怖いと思うけど?」


 本当に、戦闘狂のような人が召喚されれば楽なのに……なんでごく普通の一般人――しかも、まだ未成年で、しっかりと自分というものができてないような、あとで人格というか人生に影響を与えてしまうような。

 ……っていうと、大人のような言い方になってしまうけど、実際、一度体験した『勇者』は、少なからず私にそういった影響を与えているからだ。

 戻ってから、『勇者』としてのことを話して相談できる相手もいなく、自分の心の中だけで留めておく。そのために、友だちを作るというのが苦手になった。うっかりここでのことを話してしまったら、変な人と思われてしまうと思って。

 それは、同じようにここに召喚された蒼井くんたちにもまだ話せない。

 暗くなり始めた思考をすみに追いやって、蒼井くんに向き直った。


「ねえ、悲観的に考えるより、もう少しやってきたことにも目を向けてあげようよ」

「は?」

「この世界では、獣型の魔族だって、普通の人は怯えるんだよ。そうでしょ? レーレン」


 旅をしていてあちこち知っているレーレンに尋ねると、「そうだよ」と簡潔な答えが返ってくる。


「そんな魔族を倒してここまできたんだよ。そして、魔王のところまでたどり着くのに、まだ時間がある。その間に、殺すことに慣れるんじゃない、自分の命を守ることを最優先に考えられるようになればいいんじゃないかな?」


 気休めにしかならないのは分かってる。

 それでも、『殺す』ことより、自分の命を守るために戦うのだと考え方を改めれば、少しは気が楽になるんじゃないかなと思った。

 私自身がそうだったように。

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