30 オーバーヒート
結局、魔王退治のおさらいをしました――といったところだろうか。
特に役立つ情報もなく、でも、魔王やそのそばに居る魔族について、改めて認識した――といった感じ。
みんな、ここでの足止めに文句を言わず、魔王退治についてそれぞれ考え始めたようだった。表情も口数も減っている。そのため、この話はここでお開きになった。
部屋に戻ってから、ディリアさんに尋ねられる。本当に、名前の主を知らないのか――と。
さて、なんて答えようか。名前の主を知ってはいる。けど……正確には人ではない。ましてや、もうすでにその存在をなくしたもの――かつての精霊王たち……
どこまで踏み込んで答えればいいのか分からなかった。
ちょっとしたことから、いろいろなことがばれてしまうかもしれないと思うと、口にするのに躊躇う。
ましてや、その知識は、今の魔王討伐に役立つかどうかも分からない。
それなら……
「ディリアさんこそ、どうして私に内緒でそのようなことを調べたの?」
「それは……」
言いよどんだディリアさんに、私はいったい、自分がどんな状況で彼らの名を口にしたのだろう、と考えてしまう。
だって、普通の状態なら、私に隠して調べようとしない。普通にこうして聞いてくるだろう。なのに、それをしないのは、明らかにいつもの私の状態ではなかったからに違いない。
「ま、それはいいとして……この村にある、クリスタルのことですけど……」
「分かったのですか?」
「うん、まあ、なんとなく……」
「では、説明してください!」
身を乗り出すようにして質問してくるディリアさんに、本当のことを話したら卒倒しそうだよね、どうしよう……などと考えてしまう。
「カリンさん!」
「落ち着いて、ディリアさん」
「それなら早く答えてください」
「いや、かなり衝撃的ですよ?」
「はい?」
ディリアさんは何が衝撃的なのか、と眉を顰めた。
私はひとつため息をついた後。
「あのクリスタルの力の源は、魔王の力です」
と、簡潔に答えた。
その答えを聞いて、ディリアさんは絶句した。そしてそのまま待っていても、驚いて声がでないのか、ディリアさんは口を動かすものの、意味を持った言葉にはならないまま。
「あのクリスタルは、私が前に使っていたもの。それをいくつかの村に置いてきたというのは話しましたよね?」
と言うと、ディリアさんはこくり、と頷いた。
「で、魔王を封印したのも、私が持っていたクリスタルで封印したんです」
「……え?」
「だって、持たされたのは、あの剣だけですもん。浄化、封印なんかをできるのは、自分が身につけていた水晶のブレスレットくらいだったから」
以前、左右の両手にしていたものを、ばらして少しずつ村において、残った水晶すべてを使って、魔王を水晶の中に封印した。
たぶん、ずっと身につけていたため、ブレスレット一つで、こちらでいうアイテム一つ分なのだろう。
魔王は死んでいるわけではない。だから、きっと魔王が持っていた力が、一つのアイテムであるクリスタルを通して、遠くのクリスタルまで届いたに違いない。
そして、その力は、私が最初願ったこと――守ることに使われているようだった。
「そんな……魔王の力が守る力になるなんて……」
「別におかしなことじゃない。力は力。ただ、魔王、魔族は、それに瘴気を纏うっておまけ付きなだけ。でも、それをクリスタルで浄化したら、残るのは……」
「……力だけ……ということですか?」
「たぶん」
ディリアさんにしてみれば信じられないだろう。
この世界を滅ぼしかねない力を秘めた前の魔王。
その魔王の力が、今は村を守る力として使われているなんて。
「まあ、ディリアさんもこうして驚くくらいだから、あまり言わないほうがいいかな……とは、思ったんだけど」
「そ、そうですね。他の方には言わないほうが……」
「うん」
でも、たぶん……その守護の力ももうすぐなくなる。
なんてことは、さらに言えないんだろうな。
これは憶測だから。そう、まだ、分からない。でもたぶん、もうすぐ……
「どうしたんですか?」
「え?」
「何か考えこんでいるようなので」
「う……ん、まあ……。ただ、ディリアさんも驚いたように、クリスタルの力が魔王の力だってことは、あまり当てにしないほうがいいんじゃないかな……って」
考えついたのは、封印した魔王の寿命が尽きかけようとしているんじゃないかということだった。
魔王は、魔族の中でその力が他の魔族より抜きん出て強いこと。
そして、魔族を指揮しなければならない存在ではないこと。ただ、その力により、魔族は活性化するけど。
最後に、魔王は常に一人しか現れない。
それらから、封印した魔王の寿命が尽きようとしているから、新たな魔王が誕生したのだろうと。
「そうですね。でも、今はそのおかげで助かっているのは事実ですし、真実を告げて混乱を招くのは……」
「うん、だから少しずつ、クリスタルに守ってもらえるって思い込みは、なくしてもらったほうがいいかもね」
どちらかというと、依存しているといったほうが正しいかもしれない。
人が入れないように厳重に安置して、盗られないように見張りを置いて。他の村では魔族に襲われるのに、この村では大丈夫――と誇示してる。
あそこには入れたのは、あくまでディリアさんが最高位の巫女であるからだ。でなければ、鼻で笑われて追い出されるに違いない。もしくは、大事なクリスタルを盗みにきた罪人扱いになるか。
あーもう、あれこれ考えていたら頭が痛くなってきた。これ以上考えるのはよくないみたい。
そう判断すると、ベッドの上においてある、寝巻きを手に取った。
「まあ、今すぐどうにかできることでもないし、今は少し休もう。ヴァイスさんも戻ってきたから、また魔王のところを目指すんでしょ?」
「ええ、まあ」
「なら、少し寝て、体力戻さないとね」
「そうですね」
上着を脱いでから、そういえば体を拭いてなかったことを思い出した。
部屋にある水差しから、顔を洗うための陶器の器にその水を全部流し込む。上着は脱いじゃったから、あとで替えの水をもらってこないと。
同性同士なので、改まって隠すこともなく、そのまま布に水を含ませてから適度に絞ると、体を拭き始めた。
本当はお風呂に入りたいんだけどなぁ。
この辺では、毎日お風呂に入る習慣がないので仕方ないと諦めても、それでも温かい湯船につかりたいと思う。ただ、冷たい水は、少しオーバーヒートしかけた頭を冷やすのには役立った。
そうして、体を拭き終えた後、寝巻きに着替えた。
ディリアさんは、使ってしまった水を足すよう、貰いにいってくれた。うーん、最高位の巫女さんを使いっ走りのようにしてごめんなさい。
まあ、さっきの話を聞いて、ディリアさんも頭の中を整理させたいのもあるのだろう。もしかしたら、ヴァイスさん辺りに相談しに行ったのかもしれない。
どちらか分からなかったけど、なかなか戻ってこないディリアさんを待つより先に、眠気が襲う。我慢することができなくて、私はそのまま寝入ってしまった。