29 ひとでないもの
結局、なにを知りたかったのか分からないけど、それ以外には、編成されたメンバーの人数および勇者の側近だった者の名前がつらつらとディリアさんの口から語られた。
「最後に、魔族の力が弱まり瘴気が薄れていったのに、一向に戻らない勇者を探しに、数ケ月後に数人が派遣されたそうです。ですが、魔王の居城には魔族の骸ばかりで、最上階には魔王と思われる人物が封印されていたそうです。ですが、勇者と思しき人物は見つからず、勇者は死亡と断定されたようですね。けれど、これで、ようやく平和が戻ったと――」
一応、返還陣はばれないように目くらましみたいなものをかけて戻ったんだけど……この国では、そんなことになっていたのか。
とにかく、これで平和になったと喜んだらしい。
「そして、こちらの事情で亡くなってしまった勇者には、遺体はないものの、王族と同じ扱いで埋葬されたそうです」
……い、生きてますが……
でも、突っ込むべきじゃないよね。うん。
それにしても、なんとも微妙な気分だ。
「あの……」
「はい?」
私が微妙な気持ちでいると、堤さんが緊張した表情でディリアさんに問いかけていた。
「あの……さっき、魔王と思しき人物って言いましたよね?」
「ええ、言いましたが」
「魔王って人の姿をしているんですか?」
「そう……ですが。それが?」
なにを今さら――というような、不思議そうな顔で答えるディリアさん。
「えと……まあ、そう……ですよね。うん。……すみません」
しどろもどろになりつつ、答える堤さんに、ディリアさんはやっと、今まで出会った?魔族のことを思い出したようだった。
「すみません。説明不足ですね。今までの魔族は獣型といいます。そして、魔王の居城に近づけば、人型の魔族も多くなります。人、動物と同じように、人に近いほうが知性がある――といえば分かってもらえますか?」
「な、なんとなく……」
「人型に、完全に人に近い姿をしているものほど、知性と力を持っています。今までの獣型みたいな、肉体的な力ではなく、私たちが使う力と同じようなものを使うようになります」
「マジで?」
「ですから、魔王を討つのは難しいのです。知性と他よりも強い力を持つ魔王は――」
深刻な表情でやり取りをしているのを、私はなにを今さら……という気持ちでみていた。
まあ、ディリアさんが言うように、今までの魔族といっても、どちらかというと動物を凶暴化させたようなもばかりだったし、人の姿をしているのは今のところ見てはいない。
でも、人の姿が想像できないって……堤さんの中で、魔王ってどんなイメージだったんだろうか、などと馬鹿なことを考えてしまう。
「本来でしたら、なるべく早く魔王を討ちたかったので、その辺りの説明をわざと省かせてもらいました。なるべくそういったものには出会わないよう、最先端の道を探して……」
「でも、それだと経験値が積めないまま、蒼井くんは魔王と対峙することになる……ってことでしょ?」
前にディリアさんと話したことだけど、あえて口に出した。
「はい、そうです」
「相沢?」
蒼井くんから、どういうことだ、というニュアンスを含んだ、上ずった声で問いかけられる。
「最初の忌み地のこと……覚えてる?」
「あ、ああ」
「ディリアさんは最初、早く魔王のところに行こうとしたでしょ?」
「そういえば、あの時って、相沢さんがディリアさん挑発したような感じで、結局、忌み地の浄化をしたのよね?」
蒼井くんに向かって答えていると、私が言いたかったことを堤さんが続ける。
私は堤さんのほうを向いて、「うん」といいながら頷いた。
「で、だからどういうことなんだ?」
「だから……そうやって、周りのことをほうっておいて、最短で魔王のところに行っても、力を使いこなせなければどうなるか分からないでしょ? 魔王の近くに行けば行くほど、強いのがいるのは想像つくじゃない?」
「なるほど。要するに、ゲームで言うならレベルアップってところか」
「そいういうこと。時間はかかるけど、慣れるためには必要だと思って」
勝手ながら、ディリアさんに会う人たちの願いを叶えるように仕向けた――と、答えた。
それに対して、なんとも微妙な表情を浮かべる蒼井くんたち。
そして、数秒後。
「……やっぱり、敵わねぇな、相沢には。俺にはそんな風に先を見越すことなんてできなかったよ……」
ちょっと自嘲気味の蒼井くん。それに続いて、皆も同意したような言葉がこぼれる。
……う……、ちょっと罪悪感が……。
本当に、私は一度経験してるから、それを踏まえて行動しているだけで、最初のときはみんなと対して変わらない。どちらかというと、還せとしか言わない私のほうが往生際が悪いだろう。
それはさておき。
「先を見越しているかどうかは分からないけど、私には急いで魔王のところにいかなくてもいいと思っただけ。それに、移動中に頼んでくる人たちを拒むのって、急ぐ必要があっても断りにくくない?」
「それはそうだね。魔王なんてどんな存在か分からないし、それより今困ってますって顔をしてる人たちのほうが気になってしまうかな」
同意したのは大野くんだった。
「でも、そう思ってもなかなか行動にでることができないもの。自分にできることってすごく少ないって、私……戦ってるみんなを見てそう思ったもの」
少なからずそう思っても、行動に移すことは難しいと言葉を濁す篠原さん。
「うん。私もそう思う。だからこそ、魔王のところにたどり着くまで、そのできることを少しでも増やしたほうがいいかなって思っただけ」
ゲームもあまりやったことがないけど、いきなりLv.0の状態で魔王なんて倒せるわけがない。いくら勇者といわれる存在であっても。私自身も、そうして戦うことになれていった。
だから、予定より時間はかかるけど、魔王のところにたどり着くまでしていくことは、まったく無駄になるとは思わない。
「私には焦りがあって……そのため、皆さんに不利益な情報を伝えず、なるべく早く魔王のところまで行こうとしたのは確かです」
「ディリアさん……」
「ですが、カリンさんのおかげで、時間をかけても地道に行ったほうがいいと思ったんです」
「じゃあ、ヴァイスさんに頼んだのも、それのため?」
「ええ」
反省しているディリアさんに、大野くんが尋ねる。
ん? ヴァイスさんに頼んだの?
そういえば、私はどうしてヴァイスさんが城まで戻ったのかよく分かっていない。一応、今までの魔王討伐について――だったはずだけど、なんで今さら……
「あの……どうしてヴァ」
「ディリアさんが考えを変えたのは分かったけど、でも、俺たちだって早く戻らないと! 元の世界でどうなっているか……想像すると怖いぞ」
私の言葉をさえぎるように騒いだのは、蒼井くんだった。
ああ、人数が多いと、話があちこちに飛んで進まない……
というのは置いといて、時間云々で思考から戻ると、ディリアさんはどうしようと困ったような表情で、ちらっと私のほうを見た。
助け舟を出したほうがいい……んだろうね。うん。時間に関しては分かっているけど、うーん、どうやって説明を……と、そうだ。
「そういえば、城にある返還陣って、召喚したときと同じ状態に戻すって言っていましたよね?」
「え? 私……」
返還陣についてはまったくの嘘。
だからディリアさんも返答に困っているようだ。
「前に話してくれたじゃないですか。――あ、そういえば、みんなはいなかったんだよね。私、気になってディリアさんに確認したの、みんなに伝えるの忘れてたみたい」
「おい、相沢……」
「知ってたなら教えてほしかったわね」
「ごめん。本当に忘れてたんだって。ディリアさんだって話したの忘れてるくらいだから仕方ないじゃない」
「すみませんでした。そういえば、すっかり忘れて――」
「それじゃあ、仕方ないんじゃない?」
「…ったく、早く言ってほしかったぜ」
なんとなく納得してくれたほうで、文句を言いながらも、みんなほっとした表情になった。
まあ、同じときじゃなくても、比較的近い時間に戻れると思うから、それで良しとしてもらおう。なんたって、一年いても、向こうでは数時間の差しかなかったくらいだから。
と、そうだ。脱線していた話を自分のほうに戻さなきゃ。
「で、結局のところ、こんなに時間かけて何をしたかったんですか? ディリアさん」
やっと私にとって本題に持っていく。
ほんとに、なんで今になって昔のことを調べだしたんだろう。歴史としての情報くらいなら残ってるだろうし、その辺りはディリアさんだって調べるだろうに。
「それが、その……」
「そういや、相沢がなんか視たからだろ?」
「はい?」
「いや、この村に来てすぐにクリスタルを見せてもらったとき、倒れたって聞いたんだけど、俺たち」
「そうそう、で、相沢さんが何か呟いたから、それに関して調べてほしいって言ったんだよね?」
はい? 私が視た“なにか”を調べるために、ヴァイスさんを城まで戻したの? ディリさん、どういうことですか? という風な表情をしてディリアさんのほうを向いた。
「……その、カリンさんが倒れたときに、人の名前らしきものを口にしていたので……」
「で、気になって調べてもらったのよね?」
「ええ、あのクリスタルは前の勇者が置いていったものだと言っていましたから、カリンさんはその勇者の知り合いの人物の名を口にしたのかと思いまして……」
うわぉ、そういうヤバイ話はしないでください、ディリアさん!
一応、前の勇者が持っていたクリスタルから、当時の何かを視たと言っているけど、こちらとしてはかなり心臓に悪い。
とはいえ、気を失っていたときに何か呟いていたなんて。
いったい、何を言ったのだろう?
「私、何を言ったんですか?」
ディリアさんに確認を取ろうとすると、その前に篠原さんが横から口を挟んだ。
「覚えてないの?」
「うん。たぶん、無意識だと思うから……なんていうか、もう記憶が曖昧で」
「なんか、人の名前みたいって言っていたわ」
「そうそう、なんとかョルって人、あと、リートとエルデ……だっけ?」
……いきなり核心言ったんですか、私。かなり冷や汗物だ。
でも、とりあえず……
「覚えてないよ。そんな人がでてきたのかな?」
と、そらとぼける。
それに、本当は人じゃないしね。あくまでも、ディリアさんは魔王討伐に関わった人物に、そういった名前の人がいて、私とかなり親しかったんじゃないかと推測したんだろう。
クリスタルの持ち主が私だということを前提にして、あくまで監視と言っていたのに、誰かの名前が出れば、少しは親しい人がいて、その人たちが城に戻って何かを残していたら――という、期待を込めて、ヴァイスさんに調べてもらったんだろう。
「おいおい、もうちょっと覚えとけよ」
「無理。いきなりどーんといろんな記憶を見せられて、そのときは驚いたけど、時間経ったら夢みたいに内容覚えてないもの」
「それじゃあ、倒れ損じゃない」
「はは……そだね。ヴァイスさんも城まで往復する羽目になっちゃったし。でも、人の名前っぽくたって、誰が誰だか分からないよ。本当に断片的にしか覚えてないもの」
そっか。人の名前が出たから、それを調べにヴァイスさんが城まで戻ったのか。
でも、残念ながら、調べても何も出なかった。
当然だ。彼らは人ではなかったのだから。
遠い昔を懐かしむように、目を閉じて彼らの姿を思い浮かべた。