03 旅にでるまで
勇者として呼び出された私たち五人。
勇者は蒼井くん、それをサポートする大野くん、篠原さん、堤さん、そして私。
けど、私のせいで、早くもその足並みは見事にそろっていなかった。
それでも話はどんどん進んでいく。
蒼井くんは『勇者』としてツヴェルフ国王と謁見。勇者の剣を直接譲渡される。
蒼井くんが得意げに見せているので見ると、少し大きめの、でも装飾ゴテゴテの飾りモノ?と疑うようなデザインだった。でも、一応力の増幅と、蒼井くんは風の属性が強いとかで、その辺の力を使えるようになっているらしい。
本格的に魔王討伐の旅に出る前に、ある程度腕試しというか体を鍛えるとかで、その剣を使ってみたらしいけど、装飾ゴテゴテの鞘と柄はともかく、剣はかなりの力を加えても刃こぼれしないほどしっかりしていた。
蒼井くんに合わせて、大野くんも剣の特訓。蒼井くんと違って剣なんて扱ったことがないようなので(蒼井くんは剣道部)、この城の隊長さんに一から鍛えられている。
堤さんは主に力の発動について、篠原さんは実地も兼ねて救護室(?)にて怪我人とかを治療中。
それで、私はというと。
「じゃあ、次はカリンもやってみようか?」
と声をかけたのは、大野くんにレクチャーしている隊長さん――ヴァイスさんだった。若いのにいくつかある隊の隊長を務めている。
ヴァイスさんは割と爽やか青年といった感じで、赤みの強い癖のある金髪に空色の瞳、なにより目がいくのは、日に焼けた筋肉のしっかりした体だった。あ、あとにこやかな笑みはポイントが高いかな。
「はい?」
「いや、カリンも剣を使うんだろ? なら見てないでやったほうがいいよ」
「そうだね、一緒にがんばろう」
大野くんはさすがに疲れたのか、仲間がほしいようでヴァイスさんに同意している。
だからいやだっての。
「ヴァイスさん、済みませんがお断りします」
なけなしの笑みをなんとか浮かべて、一言で拒否すると、大野くんは「えー?」と不満そうだし、ヴァイスさんも残念そうな顔をした。
「相沢さん、本当にやる気ないのね」
近くでイメージトレーニング(?)をしていた堤さんにまで言われてしまった。でも即答。
「ない」
それに対して割と大きなリアクションをする堤さん。あれ、結構面白い人?
「でも、私たちと行くなら、少しは使えないと足手まといだなんだけど」
いや、間違い。基本的なところは変わってない。
「別に何も考えてないわけじゃないけど。私が持たされたのは“敵とみなしたものを勝手に斬る剣”でしょ」
「そうだったっけ」
「そう」
ちゃんと聞いていてよ、堤さん。と思っていると、ヴァイスさんのほうが「へえ、あの剣か…」と呟いた。
なんだ、知っているんだ。あの剣。まあ、力を使うためのアイテムだからある程度の人なら知ってそう。
「まあ、たぶんヴァイスさんの思っているとおりのものだと思います」
「ああ、なるほど。だからか」
「ええ」
ヴァイスさんは割りと簡単に理解したのか、頭を上下に振って「うんうん、なら必要ないかー」と呟いている。すぐに理解してくれる人は楽でいい。
堤さんはそれが気に入らないのか、少し怒ったような口調で「だから、なんで『なるほど』になるの!?」と問う。それに対して返そうとしたところ。
「いや、あれは力さえあれば、どちらかというと剣を知らないほうがいいモノなんだよ」
と代わりに答えてくれた。
「どうしても自分のやり方を覚えちゃうと、勝手に動く剣との差異が出る。使っている間に自分の動きと剣の動きが一致しないと、短い間だけど、それが“隙”になる。だから、剣に任せておくなら知らないほうがいいんだ。よく分かったね、カリン」
懇切丁寧な説明に、私は素直に頷いた。
「知り合いにそういったのをやっている人がいて。太刀筋とかそういったのって、流派ごとにあるけど、ある程度は自分がやりやすいように自己流になっちゃうって聞いていたから」
「なるほどね」
ヴァイスさんは納得。大野くんも堤さんもそれなりに納得したようだった。
「おかげで楽ですよ。そんなわけで、私はちょっと書庫とか拝見したいんですけど。ヴァイスさん、いいですかね?」
「いいと思うけど……なにするの?」
「一応、この世界について自分なりに調べてみたいですし、前に召喚された勇者のことも知りたいと思ったから」
人から聞くだけじゃ情報が偏りそうだものね。
文献とからかでも偏りは出るけど、それでも今いる人たちのように利権を考えなくて済む点では楽だと思うから。
なんせ、蒼井くん。勇者で一番がんばって剣を使えるようにならなきゃいけないのに、あちこちの人に擦り寄られてここまで来られないくらいだし。
「普通の書庫なら閲覧できると思うよ。禁書の類は許可が必要だと思うけど」
「それだけでも十分です。最初から難しいのを見ても分からないだろうから」
「なら、あっちの塔のほうにあるよ」
「ありがとうございます」
ヴァイスさんからして右側のほうを指差して簡単な説明。
これだけじゃ分からないから、後は会った人に適当に聞けばいいか。勇者ご一行様は城の中では有名なので、腰を低くして教えてくれるし。今もすれ違った人に会釈されたので、軽く頭を下げておいた。
歩いてヴァイスさんの言った塔までたどり着いたけど、この中のどこなのか分からないので、誰かに聞かなきゃいけないかな、と思っていると、「どうしたんですか?」と後ろから声をかけれた。
振り向くと、背の高い男の人。その人を見て少しほっとした。
だって、この人、着ている服がこう…一般庶民が着るような簡素なものだったから。城のあちこちにいる人、特に擦り寄ってくる人は豪華な服を着ていて気後れしそうな感じだったけど、この人は普通って感じだった。
蜂蜜のような明るい――この場合金色というのだろうか――瞳は好奇心はあっても、そこに利権がらみはなさそうだった。
「書庫に行きたいんですけど、分かりますか?」
普通に話ができそうな人だったので、スルーしないで尋ねてみる。
「書庫?」
「ええ、ちょっと調べ物をしたいんで」
「書庫なら分かるから案内するよ。ちょっと複雑だから、一緒に行ったほうが早いし」
「じゃあ、お願いします」
話しかけてくれた人はレーレンと名乗った。名前を教えてくれた以上、私も名乗らなくて、ってことで、「花梨です」と答えた。
すると、レーレンさんはちょっと考えてから、「ああ!」となんか納得した声を上げた。
「どうしたんですか?」
階段をちまちま上がりながら、レーレンさんを見ると、私を指差して。
「勇者様ご一行の中の変わり者」
ええ、確かにそうだけどね。それ、本人前にいうことじゃないから。
ということで、ついこちらも同じようなことを返してしまう。
「その勇者様ご一行の変わり者にケンカでも売るなんて、あなたのほうが勇者ですね」
「いやいや、違うって。普通なら嫌がるのは当然だと思うし。……って、カリンって結構この気配に敏感だったりしない?」
「はい?」
話がどんどん流れている気がするけど、レーレンは(もうさん付けはやめた)空を指差して。
「なんていうかなー、ほら、魔王誕生でここでも瘴気が濃くなってるんだよね。嫌な感じ…しない?」
「まあ、多少は。皆さんピリピリしてますし」
「そうだね」
うんうん、やっぱり――などと勝手に納得しているレーレン。
ヴァイスさんといいレーレンといい、結構私たちのこと見てるんだな、って思う。
とりあえずどうしてそう思ったのか聞いてみると、レーレンは。
「えーと、王様との謁見あったじゃない?」
「ええ」
「あのときさ、みんな緊張してたけど、カリンだけなんか別の緊張――じゃないな、警戒しているっぽかったから」
「それがどうして?」
「元の世界では普通の人だったって聞いていたし、だからああいう大勢のところで、王様とか大臣とかいかにも偉そうな感じのがいれば、緊張するなってほうが無理だよね。みんなまだ子どもだし」
「まあ、元の世界でも私たちはまだ未成年ですから」
確かにあれだけ大勢の中に立って、期待とか利用しようかとか考えている人たち相手に緊張するなというのは無理だ。私だって多少は緊張していた。そう答えると、レーレンはちょっと意外そうな顔で。
「でも、カリンはそういった緊張より警戒しているほうが強かった感じがしたんだよね。実際、魔族も人の姿になれるのなんかが人の中に入り込んだりして、時たま揉め事引き起こしてるし。もしかしてそういうのを感じてるのかと思って」
ああ、なるほど。そういう警戒にとったのか。
でもあそこには瘴気は感じなかった。今、外から感じているの瘴気だとすれば。元の世界でたとえるなら、あまり良くない霊が近くにいて、鳥肌がたつような感じに似ている。
「私はどちらかというと、あそこに出る前に嫌味言っちゃったんで、警戒していた――って感じなんですけどね。あそこに瘴気は感じなかったし」
嘘は言っていない。あの場に瘴気は感じられなかった。
それを言うとレーレンは私の顔をじっと見つめた。
「うん、やっぱり。力がないわけじゃないんだね」
「はあ、まあ、属性が分からないとは言われましたけどね」
なんで、あの剣を持たされる羽目になったし――と心の中で毒づいていると、レーレンはあっさりと爆弾的発言をしてくれた。
「もしかして、属性が分からないんじゃなくて、全部の属性持ってるんじゃない?」
えー…全部の属性ってなんですか?
実は強かったんですよー、な展開で。