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23 感情と責任と

今回はディリア一人称で進みます。

 ~ディリア~


「誰か! 誰かいませんか!?」


 倒れたカリンさんを起こしながら、外にいるであろう人たちに声をかけました。思ったとおり、すぐ外に人がいて、どうしたのかと尋ねてきます。


「連れが……突然倒れたのです」


 突然というのは違うけれど、と思うものの、説明できないためそれは省きました。

 彼らは倒れたカリンさんより、クリスタルのほうが心配だったようで、「それよりもクリスタルは……?」と心配そうな顔で尋ねてきます。少しムッとしたものの、少し前の自分もこのようだったのか、と思い知らされたようでした。

 とりあえず、心のもやもやしているものはおいておいて、気づいてカリンさんの体を仰向けにさせると、クリスタルを抱えたまま涙を流して気を失っているカリンさんが目に入りました。


「クリスタルは!?」


 カリンさんが抱えているクリスタルに傷がないか確認しようとする人たちにのけられて、倒れそうになったので手をついて体を支えました。

 人よりも村を守る大事なクリスタルを――それは分かります。それにカリンさんの過去を知っても、まだ魔王討伐の一員として使おうとしている私に、それを言う権利もないことも。

 それでも……


「クリスタルはカリンさんが抱えていたから大丈夫です。それよりも、彼女を部屋まで運んでください」


 倒れたままのカリンさんを放っておくことはできません。彼らにそっと運ぶように指示して、なんとか借りた部屋の寝台へと寝かせました。

 そっと上掛けをかけようとすると、いまだにカリンさんの目から涙が伝わってくるのが見えました。


「カリンさん……」

「……る………めん………りー……で……」


 ちいさな呟きは掠れていてすべてが聞こえたわけではありませんでした。けれど、誰かの名前だということは分かりました。

 昔の……仲間、でしょうか?

 でも、カリンさんが言うには、一緒に旅をしていた人たちは見張りだといっていたはずです。なのに、なぜこのようなときに思い出すのでしょうか?

 考えてみれば、私はカリンさんの本心をあまり知らないということに気づきました。

 前に召喚された勇者であり、いやいやながら魔族を倒していたのは聞いています。そのときに、多少なりとも彼女の気持ちも聞きました。

 けれど、それだけではないように見えてきました。

 今思うと、あのときでさえ彼女は一段高い場所から――というより、他人事のように話をしていました。あれが嘘とは言い切れないけれど、でも、あのときの気持ちがカリンさんのすべてじゃない、と思えました。

 今になって、なぜそう思ったのかは分かりませんが……


 思案していると、戸がたたかれる音がしました。

 私は静かに椅子から立ち上がり、カリンさんから離れて戸をゆっくりと開けると、目の前には、ハヤト様はじめ、ヴァイス隊長にレーレンさんまでいました。


「相沢が倒れたって聞いたけど……大丈夫なのか?」


 ハヤト様が心配そうに尋ねます。

 それに対して、私は今は眠っているとだけ伝えました。泣いているということを話すと、どうしてか尋ねられると思ったからです。

 でも、カリンさんはどちらかというと嫌われようとしていたので、揃って様子を見に来たのが不思議でした。


「どうしてこちらへ?」


 気になって尋ねると、村の人から聞いたといいます。

 でも、皆揃ってというのが不思議なのです。ヴァイス隊長は性格から分かります。レーレンさんはカリンさんと親しげに話をしていたので、仲がいいのでしょう。この人も分かります。

 分からないのは、勇者として召喚した方々のことです。


「そりゃ、倒れたって聞けば、心配するじゃないか」

 と、ハヤト様。


「そうだね、それでなくても相沢さんは前に大怪我してるみたいだし」

 と、言ったのはヨーイチさんでした。


「怪我ならわたし、治せるし」

 小さな声でそういったのは、マナミさんでした。


「私は別に……みんな来るから来ただけ」

 そっけなくぼやいたのは、エリさん。


 そういえば、この人はあからさまにカリンさんへの感情を出していました。

 まあ、エリさんのほうが普通の反応かもしれません。敵意を向けてくる人に対して、大丈夫だからと手を伸ばしてくれる人のほうが少ないのですから。


「そうですか。とりあえず、今は眠って――」


「どうしたの?」


 私の言葉を遮るように後ろからカリンさんの声が聞こえました。顔色はまだ悪いものの、意識はしっかりしているようです。

 皆が心配して見に来てくれたことを伝えると、カリンさんは一言だけ「そう」と答えました。

 ふとした違和感を感じて、何か言おうとしたところ、カリンさんのほうが先に。


「悪いけど、一人にしてくれる? まだちょっとめまいが残ってるみたい」


 抑揚のない声に、いつものカリンさんに戻っていることに気づきました。

 こうなると、カリンさんのほうから何か話してくれることはありません。「分かりました」と答えて、ハヤト様たちを促して部屋の扉を閉めました。



 その様子を見ていたエリさんから、「なにあの態度」という文句が出ます。それを宥めつつ、カリンさんには聞こえない場所まで移動しました。


「で、なにがどうしたんだ?」

「倒れたって聞いたけど、やっぱり過労? 魔族退治と浄化の両方やっているからきつかったのかな?」


 と、ハヤト様とヨーイチさんが心配して尋ねます。

 カリンさんが前の勇者だったということは、本人も隠したがっていましたし、ハヤト様をはじめ、他の方からやる気がなくなってしまうと困ります。

 前回勇者だったカリンさんがやればいいだろう、という流れになってしまっては私たちが困るのです。召喚陣を使って呼び出された人は、他の人より強いのです。その人たちが戦線離脱というのは、私たちにとって痛手――ここまで考えて、一方でカリンさんを気遣いながら、一方で都合よく利用しているのだと改めて気付かされます。


 分かっては、いるのです。

 ですが、皆と接触していると、この国の、この世界のためという気持ちが薄らぎ、個人を心配してしまう。でも、その心配も結局は魔王を討つために必要な人材だから、という理由がつきます。

 そんな矛盾を、カリンさんは知っているのかもれない。

 だから、彼女は自分の本心を明かさないのでしょう。それでなくても、彼女は前回のときの同行者たちは“見張り”だったと言っていました。そこから、私たちを信用していないのは明らかなのに。

 彼ら個人に対する気持ちと、この世界――自分たちの命とを常に天秤にかけて、釣り合いの取れるようにどっちつかずの状態でいる私を、信用してほしいと思うのが無理なのでしょう。

 ここまでくると、自分の傲慢さや愚かさを受けとめるしかありませんでした。


「ディリアさん、ディリアさんまで……いったいどうしたんですか?」


 マナミさんの高い声で現実に戻り、「すみませんでした」と答えた。


「本当にどうしたんですか?」


 ヨーイチさんがもう一度尋ねます。

 とりあえず、あった事実だけを話しました。


「それが、村全体を浄化してくれるようなクリスタルがあったので、それをみさせてもらったのです。そのとき、浄化の力の強いカリンさんにも一緒に見てもらって……そうしたら、突然、カリンさんが倒れてしまったのです」

「どうしてですか? 浄化って、そんな誰かを倒したりするような力じゃないですよね?」

「分かりません。本当に、分からないのです」


 浄化の力は人に作用しません。瘴気に蝕まれている場合は、それが消え正常な状態に戻ります。そのとき、長い間瘴気に当たっていた場合は疲労で倒れる人がいます。でも、カリンさんは瘴気に蝕まれてはいませんでした。


「やっぱり疲れが溜まっていたんじゃないか?」

「そうだなあ、カリンは戦闘と浄化の両方をしていたし」


 と、ヨーイチさんが心配そうに言うのに、ヴァイス隊長が付け加えるように言います。

 確かにそれに対しては申し訳ないと思うのです。戦って疲れているところに、さらに浄化の力まで使わせるのは、体に負担をかけるでしょう。

 ですが、浄化できるのはこの中ではカリンさんと私だけです。マナミさんも少しはできますが、魔族を退治した後の強い瘴気を浄化できるまでの力はありません。


「とりあえず……ここでニ、三日休ませてもらいましょう」

「そうだな」

「ですね」


 気休めにしかなりませんが、休息は必要です。それに、ここには村全体を浄化できるクリスタルがあるため、魔族の襲撃もないでしょう。


「皆さんも、少し休んでください。馬車もなくなってしまったので、徒歩による移動になるか、もしくは馬車を調達する必要がありますから――」


 と、ここで、いったん言葉を切った。


「ヴァイス隊長」

「はい?」

「あなたなら、ここから城まで一人で戻れますか?」

「え、まあ、一応。ここまでは道も浄化されてますからね」

「なら……」


 カリンさんが呟いた言葉は、誰かの名前のはずです。

 誰か――それは、前回の魔王討伐のときにいた、誰かではないでしょうか? なら、その人たちには多少なりとも心を許していたはずです。そこから、何か分かるかもしれない。


「戻ったら、前回の魔王討伐に加わった人たちのことを調べてください」


 魔王討伐に加わるのは、腕に自信がある者にとっては名誉なこと。そして、その名は後世まで記録されます。


「いきなりなにを……」

「いえ、カリンさんが、もしかしたらクリスタルを通して何かを“視た”のかもしれないのです」


 そう、カリンさんはきっと、心に触れる何かを視て、そしていつもどおりでいられなかった。でも、気がついて意識がはっきりしてきたら、それを取り繕うことをはじめた――と、とっていいでしょう。

 なら、あのとき呟いた“誰か”は、彼女にとって、それなりに大事な人たちでしょう。


「名前は……よく聞き取れなかったのですが、語尾に“ョル”がつく者、そして、“リート”、“エルデ”、……“クヴェ”か“クヴェー”という名の者を」


 今のままの私たちではあまりにも力が足りません。

 でも、経験のあるカリンさんの協力が得られれば、かなり変わるでしょう。なにより、このギクシャクした関係が少しは変わるかもしれません。

 その手がかりが、彼女の口から出た者たちのような気がするのです。


「お願いします、ヴァイス隊長。あと、皆さんはこのことはカリンさんには内密に――」

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