22 水晶の幻影
ここからちょっと暗めな話になります。
歩きなれていない人たちと歩くと、どうしても歩く速度がゆっくりになっていく気がする。
かといって慣れない歩きとドラゴンの登場でみんな疲れきっていて、他愛無い会話などする気力もないようだった。
そのためひたすら黙々と歩く。
沈黙の中、ただ歩くという行為は、鬱々とした気持ちになってきて、ここに来てからの暴言に対しての罪悪感がぐるぐると頭の中を回り始める。
それは考えれば考えるほど、どんどん暗い思考になっていく。
確かに言い過ぎていることも認める。でも、必要なこともあったはず。知らない世界。知らない生活。知らない力――未知なるものに対して警戒心を持つのは当然だ。だから、みんなに対する忠告も至極当然。
……違う。
自分が知っているから忠告を、なんて、他の人を下に見ている証拠だ。
蒼井くんはじめ、みんなでなんとか乗り切ろうとしているのに、水を差すような発言をして、場合には実行して。そうして注意を促すふりをしながら、みんなより上にいるのだと誇示している。
頭の片隅でそれを理解しながら、それでもその態度を崩さない。
そうしなければ、私は――
考え始めたら止まらなくて、歩いている間あれこれ考えてしまい、精神的に疲れてしまった。
駄目だ、考えては駄目。どんな目で見られようが、嫌われようがそれでいい。そう思ったのは私自身だ。
元の世界に戻ってから、こんなことに巻き込まれたわけじゃないと。怪我をして遅れて入った学校に友だちに馴染めない――そんな私でなければいけない。ここであったことをこれ以上、話すわけにはいかない。知られてはいけない、と。
深呼吸してもう一度頭にそれを叩き込んだ。
***
どれだけ歩いたのか分からないけど、とりあえず村に着いた。みんな疲れていて、早々に休めるところを探す。体力のあるヴァイスさんが探しにいって、それからディリアさんが話をつける。泊る場所は早々に決まった。
ふ、と気づくと、この村からは瘴気が感じられず、澄んだ空気だということに気づく。
…………まさか……ね。あるわけない。
「カリンさん」
頭をよぎった可能性と同時にディリアさんに声をかけられてびくりとした。
「は、はい」
「あの、例の……クリスタルがまたあるそうなんです」
「……やっぱり」
しかも話によれば前と同じくらい大きさだという。
確かに前にお守り代わりにおいてきた覚えはある。でも、あくまで『お守り』程度のものだ。使うには『力』のある人から常に力を送り続けてもらうしかない。
加えて一センチ程度の玉だった水晶を占い師が使うような大きさに成長させるなんて普通じゃない。
やっぱり私がおいてきたものじゃなくて、この世界の七不思議のひとつだったりして……。
なんとなく気になって、ディリアさんにもう一度見てみたいんだけど、と言ってみると、荷物を置いてからゆっくり見に行きましょうと答えられた。
ディリアさんもあの水晶が気になるらしい。もう一度じっくり見てみたいと言われた。
部屋割りは前と同じくディリアさんと一緒。もともと篠原さんと堤さんは仲がいいから、二人部屋だと自然とこの組み合わせになる。野宿のときには馬車で雑魚寝状態だけど。
馬車が駄目になったせいで増えた荷物を部屋へと入れて適当に置くと、ディリアさんと一緒に水晶を祀ってある部屋へと向かう。
そう、あの水晶はその威力から大事に祀られているのだ。そのため普段は人が触れられないよう大事に保管されている。持ち去られないために、外から来る人には口外しないという暗黙の了解があるらしい。
どんな力か分からないけど、魔族を寄せ付けず浄化してくれる水晶は彼らにとって貴重だろう。そんな村を守る水晶を見ることができるのは、ディリアさんの巫女という立場のおかげだった。
普通より厚い木でできている扉を村の人が開けると、水晶は中央に厚手の布の上に置かれていた。
本当に、水晶のためだけの部屋。でも、中はこまめに掃除されているのか、埃っぽさはなかった。
「これが……」
ディリアさんが近づいて、それから案内してくれた村の人に触れてもいいか尋ねる。
村人は少し考えたものの、「どうぞ」と答えた。うーん、地位があると便利だねぇ、などとそのやり取りを見ていたけど、ディリアさんが触ってあちこちから見た後、呼ばれた。
「はい?」
「カリンさんはこれを見てどう思いますか?」
と、水晶を目の前に出された。
水晶は傷や内包物がほとんどなく、澄んだ気を発している。これなら十分魔族避けになるだろうと思われるほどの、透明感のある『力』。
やっぱりおかしい。
あのとき置いてきたのは、お守りで売っているブレスレットをばらしたものだ。それも気休め程度にしか力をこめていない。こんなに長く続くはずもないし、大きくなることもない。
「カリンさん、どうですか?」
「どう、と言われても……やっぱり分かりませんよ。…………って、あれ? ちょっといいですか?」
ディリアさんが持っている水晶を眺めていると、きれいな曲線を描いているはずなのに、一部だけ小さくへこんだところを見つける。
そのへこみが気になって、ディリアさんから水晶を受け取った。
水晶の重みを感じた途端、ぐらりと視界が揺れる。
なに?
思わず落としそうになる水晶に力をこめる。
すると、目の前が真っ暗になった。それから浮かんでくる光景。
ブレスレットを見て買ったところ。そして身につけてからの日常生活。
ああ、これは私が置いていったものの一つだったんだ。
目の前の光景は、水晶に残った記憶なんだろう。
それからも次から次へと目の前の光景は変わっていく。
変わらない日常生活。
なのに、突然、呼ばれて、そして、剣を持たされ魔族と戦うことになった。
最初の頃は自分の意思で戦うというより、剣に主導権を握られていて、目の前にいて自分に敵意を持っているものは、すべて剣に敵とみなされ倒された。
そうだ。私は、ただ剣を持っているだけだった。剣に組み込まれたプログラムのようなものに逆らえず、ただ目の前の敵を倒し続けて――
そして、目の前に赤い血が飛び散った。
「いやあああぁっ!!」
目の前の光景に思わず悲鳴を上げる。
ディリアさんの声が聞こえた気がしたけど、自分の悲鳴に消されてしまってよく分からない。
たぶん、水晶を抱えながら膝を突いたんだと思う。足に軽く衝撃を感じる。
それよりも、もう何も見たくない、と目を瞑った。
もう嫌だ、もう見たくない。変えられない過去などこれ以上見たくない。
これ以上、思い出させないで――!
目を瞑って暗闇の中、そう願った。
その願いが届いたのか分からない。けど、目の前の光景は消えて、何もない静かな状態になる。
あれ、ディリアさんは? さすがにいきなり叫び声を聞いて何もしないわけがないし、外には村の人だっている。
それなのにやけに静かで、それが気になって少しずつ目を開ける。
すると、真っ暗だった周囲はある程度明るくなっていて、その中で夜を連想させる紫黒の双眸が私を見下ろしていた。
「あ……」
待って――そう言いかけた途端、前から突風が吹いて腕でとっさに顔を隠して目を守る。
その風が収まると、今度は眩しいほどの光が溢れた。目の前には薄い青緑の髪を揺らしながら優しげに見つめる美女がいた。
「り、リート……?」
本物、の『リート』だ。
風の精霊王――リート。前のときに、最初に会った精霊王。
風の精霊たちに『リート』と名づけたのは、彼女の名前だったから。そして、彼女とそっくりだったから。
「でも、どうして……」
ここには精霊王などがいなくて、みんな同じだと『リート』たちから聞いたのに。
私の疑問に答えることなく、風の精霊王リートはわずかに笑みを浮かべながら、その形を崩していく。彼女から離れたものはちいさな光になって、あちこちへと飛んでいった。
ああ、そうか。なぜこの世界に『精霊王』がいないのか、やっと分かった。
それは、二百年前に魔族の瘴気で傷ついたから。
人もそうだったように、精霊たちもその数を減らした。特に、風、土、水が。だから、その数を補うために、精霊王たちは消えたのだ。王という圧倒的な力を捨てて、精霊を生み出す源になるために。
「好意的だったのは、なんとなくでも覚えていてくれたせいなのかな……?」
自由気ままな風の精霊王は、異世界から呼ばれた私に興味を持って、彼女のほうから近づいてきた。私も人でなく、ただの好奇心で来る彼女には言葉の裏を探るような必要もなく、普通に会話ができた。
懐かしい存在を目にして、そしてどうして同じ世界なら『精霊王』と呼べるべきものがいなかったのか、やっと分かった。
そして、紛れもなく、ここは前にもきた世界なのだと改めて思い知る。それがいいのか悪いのか分からない。知っているから先が分かっていいこともあり、知っているから嫌なことも突きつけられる。
「どちらにしろ、魔王を倒さないと戻れないんだろうね」
それでも、前の魔王より力はないのは少しばかりの幸運なのか。
それとも、好戦的なために近づくまで厄介になるか。
でもそれをするのは……
「私じゃない」
召喚陣の真ん中にいたのは蒼井くんだった。今回必要なのは、きっと蒼井くんのほう。
「とりあえず……サポートに回ればいいのかな?」
魔王と対峙するのが自分じゃないと分かって、少しばかりほっとした。
僅かに気が緩んだ瞬間、雪崩のように押し寄せてきた光景に意識が押しつぶされて、今度こそ暗闇に包まれた。
1/18 加筆修正。