20 割り切れないもの
ヨレヨレになってしまった蒼井くんを見て、さすがにやりすぎたかなと後悔する。
それにこのままだと借りた部屋にも戻れないので、体力はともかく傷だけは治療した。
「相沢、ちょっと反則過ぎねぇ?」
「は?」
「あんなに力使いこなした挙句、治療もできるのかよ」
治療が終わってから蒼井くんの最初の一言は、「ありがとう」じゃなくて、ふてくされたぼやきだった。
まあ分かるよ、いいたいことは。
「うん。私、みんなみたいに属性に縛られてないからね。みんなみたいにガッチリ属性決められちゃうと、他のを使ってみようって思わないでしょ?」
「そりゃ……でも、分からないのと使えないのと違うのか?」
「違うみたい。分からないって言われたのに力はあるっておかしいよね。だから、何が使えるかなって思っていろいろ試したら、いろいろ使えるようになったよ」
人にはこの属性しか使えないっていう決まりなんてないし、アイテムには確かにそれぞれの属性(本当は精霊)が好む色があるけど、だからといってそれ以外の属性が使えないわけじゃないこと。
ついでにお守りに持たされたクリスタルは浄化だけでなく増幅もできるから、それと上手く使い合わせれば、風だけでなくほかのものも使えるはずだということも。
「うわっひでぇ。お前、それ知ってて教えなかったな!?」
「だってディリアさんだって知らないくらいだったし」
「え?」
「私の場合、属性ないってことで放っておかれたから、書庫で結構古い文献とか調べてて知ったんだよ」
さすがに前にも召喚されました、なんてことはいえないので、それらしい言い訳をした。書庫に入り浸っていたのは本当だから、蒼井くんはそれ以上追及してこなかった。
いまだと、こういうすぐに人を信じちゃうところなんか、本当にかわいいと思っちゃうんだよね。弟にして遊び倒したくなる。
でもそこまで言っちゃうとかわいそうなんで、「早く戻ろう」とだけ言って、部屋を貸してくれた村長さんのところまで戻った。
***
戻ると大野くんが待っていて、力を使う練習なら自分も一緒にやりたかったと主張する。
でもあまり知られたくもないので、たまたま蒼井くんが練習相手を探していたら私が目の前を通ったからと答えた。それを端のほうで聞いていた蒼井くんは。
「相沢」
「ん?」
「なあ、さっきの……あまり知られたくないのか?」
「力のこと? 確かにあまり知られたくないけど」
「なら黙ってる」
「ありがと」
「俺こそ、使い方教えてもらったり、怪我治してもらったり……ありがとな」
「どういたしまして」
コソコソと蒼井くんとやり取りすると、蒼井くんも話をあわせて、属性が分からないからどんな手で来るか分からなくていい練習相手になった、と大野くんに力の練習をしていたことを話してる。
だからあまり知られたくないのに、そんなに細かく説明するなっての。新しいオモチャを手に入れた子どものようにはしゃぐ蒼井くんに心の中でツッコミを入れた。
それから夕食を貰ってお腹を満たした後、お風呂には入れないので、沸かした湯で体をきれいにする。そして貸してもらった部屋に戻った。今日はディリアさんと相部屋だった。
まだしっかり乾いていない髪の毛を櫛ですいて整えていると、ディリアさんも戻ってきた。
「もう戻っていたんですね」
「あ、はい。ディリアさんはどこへ行っていたんですか?」
ディリアさんのほうが年上なので、それなりに話をするようになったものの敬語は抜けていない。ディリアさんもそれを指摘することもなかったので、互いに敬語で話していた。
「例のクリスタルをもう一度見せていただいていたんです」
「ああ、あの。で、どうでした?」
「詳しいことは分かりませんでした。でも、あのクリスタルは力に満ちていて、当分の間この村を守ってくれるでしょう」
いまだに力に満ちたクリスタル。だとしたら、やっぱり私が置いてきたものとは違う気がする。
前の私は、水晶のブレスレットを左右の手首にしていた。霊などから身を守るためにはもっと高価な石のほうがいい。
でも中学生の私には、修学旅行で買った神社のお守りぐらいしか買うことはできなかった。だから二つ買って左右の手首にしていた。
その片方をばらし、いくつかをこの世界の人に渡したことも覚えている。
でも、気休め程度のものでしかなかったはずだし、昼間も言ったけど、あんな大きいものではなかったとディリアさんに話した。
「……そうですか。あれがカリンさんのものなら、ある程度納得できたのですが」
「納得されても……ね。ずっと力を保ち続ける――なんて、自分の力を疑いますよ。そんなことまでできたら人間じゃないみたいで」
霊感などなければもっと穏やかな生活ができただろう。それに、それ以外に強いからと呼び出されるような要素などどこにもない。きっと、何も知らず幸せに高校入学し、普通に学校生活を送っていただろう――と思わずにいられない。
「でも、今までにない強力な魔王を封印できたというだけでも、十分すごいことですけど」
「あれは……偶然に偶然が重なって、奇跡といってもいいことだったから。その奇跡がなかったら、きっと私は死んでたと思います。あまり当てにしないほうがいいですよ」
あのとき、ただ一人、味方もなく圧倒的な力を誇る魔王を前にして死を覚悟した。
奇跡的にもそれは免れたけど――と、窓から空を見上げると、ちょうど満ちた月が見えた。
ここも地球と同じで夜には月がある。それが夜はわずかな明かりをもたらしてくれる。それは、二百年前も変わらない。
「なら、皆で力を合わせたほうが言いということですね」
「たぶん」
それに新しい魔王は好戦的だ。勇者が来るのを待ち構えているだろう。遅くなれば遅くなるほど、魔王に時間を与えることになる。魔王を撃つチャンスが少なくなるに違いない。
「少し……お聞きしてもよろしいですか?」
「なにを?」
「カリンさんの気持ちです」
月から視線を戻すと、真面目な表情をしたディリアさんが立っている。
私の気持ち?
いったい何をというんだろう。今は多少薄らいだものの、心の中の複雑な感情は消え去ることはない。
「カリンさんは最初、他の方と違ってすごく嫌そうでした。いえ、今なら分かります。知らない世界のために戦ってほしいなど言われて、簡単に頷けることではありません」
「うん。私、前のときもずっと嫌だって言ってた。そしたら――」
「そしたら?」
「魔王の居城まで勇者を守るって言う名目で、裏では私が逃げ出さないようにって監視になった」
ここまで知ったディリアさんには、もう話しておこうと思って、当時のことを語りだした。とはいえ、ディリアさんの目を正面から受け止める勇気もなく、月夜にまた視線を戻して。
召喚されて嫌がった私は、元の世界に戻してほしいなら、魔王と倒してくれと言われた。それでは取引といえない。一方的に連れてきて、願いをかなえたら還すなど、どこが交渉なのかと文句を言ったこともある。
どちらにしろ、私用の剣を仕上げるまでは城から出れないので、そんなやり取りを何度もした。信じられないから、その返還陣を見せろとも言った。
当時の神官、巫女たちは自分達の力がなければ還れまいと高を括り、子どもを宥めるような感じで何度か見せた。あれを使えば、すぐにもとの世界に戻れるから――と。
だからといって、素直に信じられるわけもなく、私は見るたびにひたすら返還陣を記憶しながら、当時持っていた紙に返還陣を書き足して覚えた。
彼らに期待しても駄目なら、自力で還ってやると思いながら。
「私の考えはばれてはいなかったけど、彼らは還れなくてももう一つの可能性を危惧して、魔王のところに行くのに私の護衛と称して数人を監視に付けた――」
「そんな、ことが……」
当時も瘴気でみんなおかしくなっていたから――と苦笑する。
もう一つの可能性とは、還れなくても、魔王と戦うという恐怖から逃れ、この世界でひっそりと暮らすことだった。
自分ひとりなら、魔族の手から身を守ることも可能だろう。もっと遠くの国へ逃げて、なるべく静かに暮らせば、怖い思いをすることも、命を失う可能性もほとんどない。
でも彼らにすれば、魔王を倒せるような強いものをと望んででてきた存在。それをむざむざ野放しにする気はなかったのだ。
たとえ本当に魔王を倒すことができなくても、勇者がいる間は魔族の、魔王の意識は勇者に向くであろうから。
「魔王を倒せたら還すという言葉も、私を護衛するといった周りの人も信じられなかった。でも――」
こんな勝手な世界なんか知らないと思いつつも、外に出れば見方も変わる。
国の中枢ではなく、末端にいる村人は本当に死の恐怖に怯えていた。目の前で必死に助けてと縋る姿を見れば、それを見てみぬふりはできなかった。
「助けてほしいと願うのに、その裏では逃げださないよう見張っている――最初の頃はこの世界と人を身勝手だと、そして憎いと思った」
月夜を見ながら呟けば、ディリアさんが動揺して身じろぐのが雰囲気で分かった。同じような気持ちで召喚陣を使ったディリアさんは、罪悪感を感じてるだろう。
それに気づきながらも「でも」と、話を続けた。
「でも、その気持ちをずっと保ち続けられるわけじゃない。最初に見た以外のものを見れば、それ以外の感情だって芽生える。全体を見れば憎い。でも個人を見ればそうでもない。憎いと思っても見捨てられるほど冷酷にもなれない。――はっきり割り切れるほど、人の心は簡単じゃないんです」
長く語ると、深いため息をついて、ディリアさんを見た。
ディリアさんもなんともいえない表情で、どう答えていいのかしばらくの間迷っていた。
そして。
「そう……ですね。そして、そういった感情は一人で制御できないほど、人の心は複雑なものですね」
そう答えると、ディリアさんも夜空に浮かぶ月を見つめた。
しばらくすると、ディリアさんは眠りについた。規則的な寝息を聞きながら、完全に眠っていることを確認する。それから。
「こんばんは、闇の精霊さん」
窓から闇夜に向かって話しかけた。
“わかるの?”
闇の精霊はリートたちみたいにはっきりと見えないけど、それでも存在は感じる。声をかけると、案の定、自分たちの存在が分かるのかという問いが返ってきた。
「分かるよ。しっかり見ることはできないけどね。あなたたちの力を借りたいんだけど、いいかな?」
今の私は、風、土、火、そして少し前に水の精霊に力を借りることと名を付けることで繋がった。後は光と闇のみ。
前に初めて魔王の前に立ったときのことはいまだに鮮明に覚えている。あの力を前にして、私はまったく勝てる気がしなかった。
今回の魔王は前より弱いと聞くけど、魔王は魔王。今相手にしている魔族なんてものじゃないだろう。三回目の異界の壁越えで付けた力を知られたくないからと、出し惜しみをしているわけにはいかない。
闇の精霊が“いいよ”と答えるのと同時に。
「ありがとう。あなたたちのことを、“アーベント”って呼ぶね」
名前をつけた。
話には出てこなかったけど、蒼井くん一人称のときに水の精霊とは約束してます。
名前は“クヴェル”
次は番外編で、あまり出ていなかった堤さんの話。