18.5 勇者の苦悩
番外編っぽいので、今回は勇者にされた蒼井一人称な話です。
俺は蒼井隼人、高校一年生だ。
親友の洋一と一緒に、クラスの中では割と中心にいたと思う。友だちも結構いたし、女子ともよく話をした。成績は中の上くらいか。容姿端麗・頭脳明晰――なんて嘘でも言えないが、それでも学校生活は充実してたほうだ。
けど、ずっと休学していた隣の席の相沢花梨が復学したとき、衝撃を受けた。
高校に入る前に怪我で入院していたとかで、一学期の終わりになって初めて登校した彼女を、担任はまるで転入生のように紹介した。
病院にいて日に焼けていないせいか色白の肌、同じ高校一年生とは思えない落ち着いた態度、顔立ちは素直にきれいだといえるくらい整っている。が、何よりも印象的なのは、髪の色より明るい茶色い目だった。
なぜそう思ったのか、よく分からないが。
そして一学期の終わり、期末テストで上位に入ったことにも驚いた。だって今まで怪我して病院にいたやつだぞ。どうしてそんないい点取れるんだよ?
きれいで頭も良くて――できすぎてないか、と思っていると、案の定というか、クラスの女子の中から浮き始めていた。
相沢のそっけない態度も一役買っているだろう。休み時間はたいてい一人で本を読んでいて、話しかけてもニ、三回のやり取りで会話を終わらせる。そんなことをしていれば、みんなよく思わないだろう。俺も気になっては話しかけるものの、返ってくるのはそっけない言葉だけ。
それが、ここに来るまでの相沢との関係だった。
***
城からでて二日で魔族と会い、そこからは坂から一気に転げ落ちるように(ん、この表現はいまいちか?)魔族と遭遇する数が増えた。多い日には四回というのもあったしな。
俺は日本では剣道を中学のときからやっていて、一緒に来た中でも一番上手く剣が使えると思っていた。
でもそれは自惚れだった。いくら剣が勝手に動いてくれるといっても、相沢の流れるような動きと、その後に倒れていく魔族を見て俺の自信は見事に砕けた。
頭に続いて剣までかよ、と心の中で毒づく。
いくら剣のおかげだといっても、結果を見れば明らかだろ。俺が魔族一匹を何とかしとめている間に、相沢は身近にいる魔族のほとんどを片付けてるんだぜ?
どっちが『勇者』だか分かったものじゃない。ってか、あいつが選ばれれば良かったんだ。でなければ、形だけの勇者にならなくても済んだのに――
旅に同行している巫女であるディリアさんにどうして俺を選んだのか問い詰めたこともある。
でも、五人の中で一番力を感じたから――という曖昧な答えしか返ってこなかった。確かにこの世界では力がモノをいう。力といっても魔法とも、腕力とも違うがな。
で、ディリアさんに言わせると、今の俺は剣の腕を磨くのに精一杯で、力を使ってないという。力を使うということを身につけてください、と言われた。
でも風の力なんてどうやって使うんだよ? 俺はただの高校生だったんだぞ。せめて魔法で呪文なんかがあれば、まだイメージしやすいのに……今の俺は、成果を目に見えて出すことができず、焦りしかなかった。
今も相沢との力の違いを見せつけられて、近くにあった樹に八つ当たりで殴りつけた。
「蒼井くん、大丈夫?」
そんな俺を心配して尋ねてきたのは、前からよく話をしている篠原だった。
「いや、怪我はしてない」
「でも疲れてそうだよ。何か食べる?」
癒しを得意とする篠原に、怪我はないからというと、じゃあ食べ物をという。でも、放っておいてほしかった。だから、俺は伸ばされた手を振り払うように。
「喉が渇いたから水飲んでくる」
とだけ言って、近くに川があるといったのでそこへと向かった。
後ろで、「水ならあるのに…」とぼやく篠原に、慌てて「冷たい清水がほしいんだ」といって手を振った。これ以上心配かけさせたら、俺がいる意味なんかねえってことに気づいたから。
草を踏み倒しながら乱暴に進んでいくと、川幅がおよそ一メートルくらい(こっちでの計測単位は面倒だから割愛する)の澄んだ水が流れる川にたどり着いた。
川のすぐ側で膝をついて水に触れようとした瞬間、ビリッとまるで感電したような感覚にあう。なんだ、と思って、目を凝らすと、ところどころ瘴気が混ざっていた。
あまり力を使いこなせない俺でも、ディリアさんの指導のおかげか、瘴気の把握くらいは多少できるようになった。瘴気が分かれば魔族がいるとかそういったのが分かるといって、旅に出てからまず最初に教えてもらったことだ。
まあ教えてもらったとかは別にしても、こんな瘴気混じりの水じゃ飲む気になれない。もう少し上流に行けばきれいな水があるだろうと思って立ち上がった。
川の流れに沿って歩く間、目は川の流れを追う。だんだん瘴気が少なくなり、そろそろ飲めるところがありそうだな、と思って視線を上げると、上流には相沢がいた。
川のすぐ近くにある樹に寄りかかりながら、片方の手を水につけて、もう片方は地につけて体を支えているようだ。
……疲れてるのかな? ……まあ、当然か。俺たちと一緒に戦って、その後はディリアさんの浄化の手伝いだし……相沢のしていることを考えると、自分の八つ当たりがすごく醜く見えるよな。
なんともいえない気持ちになって手で頭をくしゃくしゃというか、ガリガリというかそんな行動をしてしまう。
それから、篠原のところへ連れていって回復してもらうようにしようと思って相沢にもう一度視線を戻す。
すると――
「マジかよ……」
相沢は疲れて寝ているんじゃなくて、川と地面を同時に浄化していた。
ディリアさんに言われて瘴気を見る癖をつけたから分かる。辺りに漂う瘴気の中、相沢の周りの地面はきれいになっていて、しかも枯れたはずの草も勢いを取り戻している。川も、手を入れている先から瘴気が消えて元通りの清水になっていっているのだ。
――最高位と呼ばれる私でさえ、『忌み地』ひとつ浄化するのは難しいのです。
最初、『忌み地』を浄化して戻ってきたとき、ディリアさんが恥ずかしそうに告げた。そして、そのために相沢に手伝ってもらったとも。
ディリアさんでさえ大変だという『浄化』をこんな自然な状態でできるコイツはなんなんだよ!?
信じられない目で見てると、ゆっくりと目を開けた相沢とバッチリ目が合ってしまう。すげぇ、気まずい。
「蒼井くん? どうしたの」
だけど、相沢はそんなことを気にせずに普通に話しかけた。
しかもさっきまで浄化していたことなど微塵にも感じさせないような普通の口調で。
「水飲みにきたら、瘴気で汚れていたからここまで来ただけだ」
「そう? この辺なら大丈夫だよ」
立ち上がって何もなかったかのような顔をして立ち去ろうとしている相沢。
思わずその手をとって。
「蒼井くん?」
「どうして平気な顔してられるんだよ!?」
「……は?」
きょとんとした顔をしている相沢に、いろんな思いが混じりあって溢れた。
「どうしてそんなに力を使えるんだよ!? それにみんなから仲間はずれにされているような感じなのにぜんぜん気にしてなくてっ……お前を見てると自分がすっげぇ小さく思えて惨めになる!!」
半分以上は愚痴だった。こんなこと、相沢だって言われても困るだろう。でも、それでも情けないことに口から溢れ出てしまった。
「どうしてそう思うの?」
「だって、相沢は一人でも平気で、魔族だってほとんどやっつけてでも平気な顔して、その後だってのに浄化までっ……」
俺が頑張っているところを、相沢は飄々とした顔でどんどん先に行く。
それがなんかとても悔しくて――
「そうかな。でも、蒼井くんは『勇者』の肩書きに負けないように頑張ってると思うよ?」
「え…?」
「勇者っていえば、みんなが見るじゃない。大変なのに頑張ってるなーって思うけど。それに蒼井くんはこういうのを見るの、初めてでしょ?」
さらりと『頑張ってる』と言った相沢の言葉に嬉しくなり、その後、『こういうのを見るの初めて』といったのが気になった。
「こういうの、って?」
「いや、えっと…死体とかそういうの?」
「相沢はよく見てたのか?」
「さすがに死体はないけど、血みどろの霊とか結構見てるから、たぶん、その辺は蒼井くんより慣れてると思うよ」
ち、血みどろの霊!?
「あれ、言ってなかったっけ? 私、霊感ってのがあって、霊とかよく見るの。怪我して入院してたときもよく出てきたし、治ってやっと学校に行ったのに、ああいうところって人が集まるせいかな、気を抜くと見ちゃうんだよね」
……も、もしかして、最初からその辺の耐性というか、レベルが違っていたのか? だとしたら、俺が悩んでいたことは無駄なのかよっ!?
「あ、ちなみに油断していると霊に近寄られて無駄に怖い思いをするから、跳ね除けるくらいはできるようになってたんだけど、それがこっちでは『浄化』に近いみたい」
……決定。俺の悩みは全部無駄だった。
「ば…」
「ば?」
「馬鹿みてぇ。俺、力使いこなしてる相沢に嫉妬してたんだ」
「うーん……確かにそれは馬鹿みたいだね」
「おい」
「だって力がぜんぜん違うもの。なんに使いたいかで変わるんだよ? 魔法とより超能力に近いものだもん」
「そうか、超能力か!」
魔法より超能力という言葉が、なんとなく引っかかっていた心にすとんと落ちた。
そっか、イメージとか想像するとか、曖昧なことを言われてよく理解できなかったけど、なんか、超能力のようだといわれたら納得できた気がする。
「蒼井くん、あまり本見ないでしょ?」
「なんで分かる!?」
「だって力の使い方とか、想像するって言われてもピンとこなかったみたいだし」
「わ、悪かったな。還ったらちゃんと見るよ」
「うん、還るために頑張ろう」
「当たり前だ!」
さっきまでの心のもやもやは晴れて、気づくと相沢の言葉に思い切り答えていた。
それぞれ抱えているものはある…んだと思う。
ということで、今回は別の人での一人称、心情だだ漏れ話でした。